「ティムカ様大丈夫かな」
「大丈夫じゃ、ないかもしれない」
「戻っていらしたら、謝りに行かないと。陛下にも機会があったら一言いわなくちゃ」
「謝っても無駄かもしれないけれど、その姿勢は大切だよな。悪いことをしたと思ったら許してもらえなくても誠心誠意、謝るべきだとじいちゃんも言っていた。ティムカが戻ってきたら、一緒に謝ろう」
夕刻の聖獣の宮殿の中庭。
恋人を追っかけて去ったまま戻らない水の守護聖を待ちながら、流石に責任を感じてか、そんなことを話している人影がふたつ。
エンジュを追いかけて、宮殿まで来たユーイと、アンジェを追いかけていったティムカを見送って悪いことしちゃった、と反省していたエンジュ。
中庭でばったりあって、さっきの喧嘩は何処へやら、ふたりして友人の恋の行方を心配してます。
まあね。
おまえらが原因なようなもんだから。今回の騒ぎは。
でも、奴等なら、いまごろ超ラブラブだから気にすんな、と教えてあげたい。
ついでに、帰りも遅いだろうから、待つだけ無駄だ、と教えてあげたい。
「でも、その前に」
おもむろにユーイが、エンジュに向き直った。
「オレ達も、仲直りしよう」
ふたりで仲良く『謝りに行こう』とか言ってる時点で仲直りもへったくれもあったもんじゃないと思うけれど、まあ、その辺が彼ららしいところか。
そして、次の台詞もまたいかにもユーイらしい直球だ。
「一言ごめんと謝れば、きっと許してもらえるんだろうとは想像がつく。ただ、オレはあの時何故おまえが怒ったのかを理解していない。なのに気持ちの込もっていない謝罪で許しを乞うのは、男として誠実じゃないとオレは思う。だから、教えてくれないか。何がそんなにおまえを怒らせたのか」
エンジュも彼の誠実さを受け止めて頷いた。
「女性に『重い』は禁句。でも私もダンスの特訓してもらったからだいぶ上達したと思う。もう重いなんて言わせないんだから。ただ、ロザリア様にはまだまだ敵わない。もっと上手になるから、それまではお願い、比較なんかしないで。…… 勢い余ってゲンコで殴ったことは反省してる ……」
わかった、とユーイは頷いて右手を差し出す。
そしてエンジュも頷いて、差し出された右手を握り返した。
握手して、ああ、無事仲直り。
転がってた賽は最良の目を出したまま止まったみたい。
よかった、よかった。
ただここで、エンジュちょっと気になってたことを聞いてみる。
「殴ったとこ、平気?」
「もう痛くない。しばらく痣は残るかもしれないけれど」
「痣?!」
わたわたと、慌てるエンジュ、思わず彼の上着を引っつかみ、
「大丈夫?!見せてみて!」
と、叫んでから、ハタ、と凍りついた。
彼女の凍りついた理由に気付かぬまま、ユーイは
「大丈夫だ心配要らない。でもそんなに言うなら別に見せてもいいけど」
と、恥ずかしげも無く執務服の上着を引き上げようとする。
「まままま。まって、いい!やっぱり見せなくていいから!」
凍りつきから解凍されて、再びわたわたと慌てる彼女。そうか?と何故かちょっぴり残念そうにユーイは言って、追い討ち。
「じゃあ、今度別の機会にゆっくりみせてやる」
エンジュ、大噴火。
彼のこの台詞。深読みしていいのか悪いのか。なかなか意味深ですな。
で。
真っ赤になってしまった彼女を、ユーイはおもむろに引き寄せて、バランスを崩した体を抱きとめる。
すんごく大切そうに彼女を抱きしめて、その髪を優しく撫でた。
「本当に、気にするな。オレこそ色々悪かった。ダンスパーティ、オマエがおめかしした姿見るのすごく楽しみだ」
エンジュようやっと口が聞ける状態に戻ったのか、ぽつりと一言。
「ユーイの、ばかv」
「あ。今」
そこまで言いかけて、ユーイは口をつぐむ。
そう、エンジュ、彼のことを呼び捨てにした。
嬉しくってくすぐったくって、ユーイは笑顔のまんま、彼女をみつめて。
それから自然に顔が近づいて、どちらからともなくキスをする。
ユーイ、このとき頭の片隅で、以前教わった『自然に目と目が合って、どちらからともなく』ってこれか、と、ひとつおりこうになった様子。
さらにみつめあって幾度かキスを繰り返して。
それから落ち着いてきたところで、これも、どちらからともなく、簡単なステップを踏み出した。
ワルツの音楽は三拍子。
一、二、三、にあわせて、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
リバースターンにまたシャッセをいれて、ナチュラルターンでひとまわり。
多少ぎこちなくても大丈夫。音楽にあわせて楽しく踊ろう。
大好きなあなたとなら失敗だって恐くない ――
中庭の石畳に、ふたりの影が仲良く揺れて。
お騒がせカップル本日も、なんだかんだいって
円舞曲の如く円満でございます。
―― オシマイ
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