直球で行こう!〜喧嘩編

その3) ○○様の、馬鹿ぁぁぁぁ!



真っ白になっちゃったティムカを残して、アンジェリークも分けわかんない状態で走ってきて。
勢い余って次元回廊まで抜けて神鳥の聖地まできちゃいました。
まあ、こっちまで来れば流石に追ってはこれないかな。
でもいいのか?本当は、追ってきて欲しいんだよね?

くすん、と鼻を鳴らしながらとぼとぼと歩くアンジェリーク。
でも女王の正装のままだから、目立つことこの上ない。
お忍びで私服姿だったらさして問題もないだろうけれど、この格好で、連絡もせずに神鳥の方々にみつかったら、いったい何ごとだ、宇宙の危機でも起こったのかと驚かれてしまうにちがいない。
まさか、痴話喧嘩の末に飛び出してきました、なんていえるわけもなく。
結局人気の少ない場所でしばらく時間を過ごして、落ち着いたら向うの宇宙へ戻ろうと、ふいに懐かしいくなって森の湖の方へと足を向ける。
森の湖は昔のままで。
午後の光に湖面がきらきらと輝いている。
草の上に腰掛けて、膝をかかえてしょんぼりと、
女王候補の頃は、良くここにふたりで遊びにきたなぁ、なんてちょっと懐かしい思い出にひたってみる。
ついでに女王候補の常として、当然本命以外とも(以下略)

ああ、あの頃は今のこの状態を想像すらできなかったなぁ。

指でそばの草をむしりながら呟くアンジェリーク。
そりゃそうだ。
いったい誰が、あの時点で教官やら協力者やらが守護聖になると想像できたって言うんだ。
ヘタすりゃル○ーパー○ィだって想像できなかったと思うよ?
ただ、彼女は今更ながらに思う。
それは、とても幸運なことではなかったのかって。
だってそうでなければ今ごろは、時間も空間も遠く隔たれた場所で、逢うこともままならず悶々とした日々を過ごしていたにちがいないのだから。
ティムカが聖地に来たら来たで、立場だの身分だの壁がなかったわけではないけれど、なんだか今はうやむやのまま、それなりに楽しいお付き合いができちゃっている。
そうでなければ、痴話喧嘩も起こるまいに。

謝ってこようかな。

冷静になって落ち着いてきたらしい。
さっきのエンジュとの一幕だって、考えれば例のダンスパーティがらみで、練習相手を務めてたとか、そんな理由に違いないのだ。
だから、そこで「馬鹿ぁ」と叫んで飛び出してきてしまったのは、自分の些細な嫉妬であることを十分に理解している。
だって。
と、アンジェリークは溜息をつく。
焼餅を焼かずにはいられない。
エンジュがユーイと恋人同士なのは知っているけれど。
それでもやっぱり彼女の職務の都合上、普段から守護聖達と気軽に気楽に話す立場にあるわけで。
いくら執務上のこととはいえ、親しそうに話しているところをみてしまったり、ましてやダンスのレッスンの相手なんか。
エンジュに対して悪感情などまったくなく、逆に可愛い妹みたいに思っているし日々の活躍には感謝しているからこそ、いっそう辛い。

またもやもやしてきた気持ちを、頭をふって振り切って。
ふと目に入った湖の傍の滝をみて彼女は考えた。

お祈りを、してみよっかな?

そうしよっと、じゃなかった。
そうしなさい、そうしなさい。是非、お祈りしてみなさい。
誰が来るか楽しみだ。
気持ちを落ち着けて、アンジェリーク・コレット、滝にお祈りしてみる。


―― どうか、あのひとが来てくれますように。


でも、残念ながら滝は願いを聞いてくれなかったみたい。
誰も来る気配がない森の道に、コレットひっそり溜息をつく。
遠くに逃げて来すぎちゃったかなぁ、今度聖獣の聖地にも、森の湖作ろうかなぁ、などと考えつつしょんぼりと膝を抱えていると、草を踏む音。
もしかして、と期待して振り向いたら、そこにいたのは。
なんと、アンジェリーク・リモージュ。

「…… 何か、あったの?アンジェリーク?」

にこりと微笑を向けて、私服姿の神鳥の女王陛下、コレットの隣に腰掛けた。
女王の正装のままこんな場所でしょんぼりしてる彼女をみたら、そりゃあ放って置けないよね。
あきらかに一大事。しかもプライベートでの一大事だと察して、リモージュはコレットに
「相談にのるわよ」
と、話を促す。
先輩の彼女に優しく促されて、コレット、実は、とぽつぽつと事情を話してみた。
落ち着いてきた頭で話すその経緯は、冷静になれば、なんだか阿保らしいことで、彼女に相談するのが申し訳ないくらいだ。
でもリモージュはうん、うん、と頷いて、それは辛いわよね、と同調してくれる。
そして一通り聞き終わってから。

「でもね、それなら私だってあなたに言いたい事はあるの」
「え?」
リモージュがうふっ、と悪戯っぽく笑っていうことには。

「あなたが女王候補だった頃、私だって気が気じゃなかったもの。ねえ、アンジェリーク?あなたは、ワルツを誰に教わったの?」

なんだかすとん、と肩を落して、アンジェリーク・コレット、納得した様子。
思い出しちゃった。昔のことを。
実は品位の授業でワルツがあって。
彼女本当はちょっとだけ苦手だった。
でも上手になって、ティムカに上手になりましたね、って褒めてもらいたくって頑張って練習したんだけれど。
その練習相手として白羽の矢を立てたのが。
ワルツが上手で、女王候補の真剣な頼みなら断れるわけもない生真面目な ――

「ええと、じゃあ、もしかして『○○様の、馬鹿ぁぁぁぁ!』って叫んで飛び出してしまったことが?」

申し訳ない気持ちで一杯になって、コレット、リモージュに聞いてみる。

「あるある。ジュリアス様の、馬鹿ぁぁぁぁ!って。うふっ」

コレット、わざわざ伏字にしたのに、リモージュあっけらかんと言っちゃいました。
そうか、やっぱりジュリアス様、か。
コレットも、実はふたりの中に心当たりが合ったのか、驚くこともなくにっこりと笑うと、リモージュもにっこり、と微笑み返して、まるで仲のいい姉妹のよう。

「でも、その喧嘩のおかげで、彼が私をやっとプライベートで女王陛下扱いしなくなってくれたの。感謝してる、かも」
「そっか、ジュリアス様の馬鹿ぁ、ですか」
「そう、ジュリアス様の馬鹿ぁって」

くすくすと笑いを抑えきれないふたりの後ろに、一人の人影登場。
おほん、と咳払いをしてなんだか、気まずそうに口を開くことには。

「先ほどから私のことを『馬鹿ぁ』と、言っているのが聞こえるのだが、き、気のせいか」

ジュリアス様です。
リモージュを知らないところで怒らせてしまったのではないかと、内心はらはらしているご様子。
そういえば、こうタイミングよく現れたってことはもしかして、待ち合わせだったのかな?
ジュリアス様と、リモージュ。
そのことにコレットも気付いたみたいで慌てて立ち上がって失礼しようか、というところを、リモージュが引き止める。
にっこりと、ジュリアス様に向かって笑いかけるとこう言った。

「今ね、この子が女王候補の頃、あなたとデートしている姿を見て私が焼餅を焼いた時の話をしていたのよ」

それを聞いた時のジュリアス様の慌てよう、うろたえようったら。
「け、決してデートなどと!アンジェリーク、決してそのようなっ!あの時説明したではないかっ。女王陛下に誓って、アンジェリーク、私はそなたのことしか …… っ!」
って、アンジェが女王陛下なんですけど。ジュリアス様。まあ、いいか。
確かに、コレットのことは目に入ってないみたい。
彼にとっての「アンジェリーク」 とは リモージュしか指さないようだ。
コレットも、普段厳格な姿しか見たことの無かったこの首座の守護聖の様子に、唖然としちゃってます。
そして、追い討ち。
リモージュが言う。

「うふふ、ジュリアスの、ばかv」

うわー。『ばかv』ときましたか。
さっきまで様々な人から発せられた『馬鹿ぁ』とは、なんだか年季の入り方が違うような。
そもそも、この誇り高き神鳥の首座の守護聖に向かって、そんなこと言えちゃうのはやっぱり彼女しかいないんだろう。
これでもか、というラブラブっぷりを見せ付けてから、リモージュ、コレットにこっそりと耳打ちする。

―― 大丈夫。あなたの彼だって、きっとあなたしか見えてないわ。ほら。ちゃんと、滝は願いを聞いてくれたみたいよ?

と、彼女が移した視線の先、この状況に入るタイミングを見つけられずにもじもじしているティムカの姿。
ウインクするリモージュに会釈をして、コレット、ティムカの元に駆け寄った。
そして、
「お邪魔だから、失礼しましょ」
と、森の道へと彼を促し歩き出した。

◇◆◇◆◇


湖から困った表情のまま黙ってついてくるティムカの前をすたすた歩いて。
いいかげん耐え切れずに、アンジェリークはくるりと振り向いた。
一緒に足を止めて彼女を見やるティムカは相変わらず困りきった表情。
女性の扱いに慣れているようでいて、根が真面目なだけに女がらみのトラブルにはめっぽう弱いと推測する。
そりゃそうか。
女馴れしてたのは元王様という立場ゆえと考えれば、不自由はしなかったろうけど修羅場だって発生しようがない。
(ご寵愛の奪い合いとか世継ぎ争いまでいっちゃえば、すごい修羅場だろうけどさ)

「何か、言い訳の言葉はないの?」

さっきも聞いたような台詞だけど、アンジェの表情、穏やかに笑ってます。
ティムカ、深呼吸をひとつして、真剣な目でこたえた。

「言い訳は、しません。だって必要ないです。僕は、ずっとアンジェリーク、あなたしかみていない。 三年前に、あなたに恋をしたあの日から」

おや、本気モード。
だって、一人称が知らず知らず『僕』になってる。
それにアンジェも気付いたみたい。
そっと彼の胸に頬を寄せて嬉しそうにすりすりとしてから、背に手を回す。
彼の腕も、彼女に回されるのを感じてから、ちいさく呟いた。

「ティムカの、ばかv」

そして、彼の顔を見上げた彼女にティムカはキスをして。
微笑を交わしたあと、手を取ってふわりとワルツのステップを踏み始める。
女王の正装のままのアンジェリークのスカートがふわりと広がる。


  ワルツの音楽は三拍子。
  一、二、三、にあわせて、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
  コントラチェックではささえてあげるから、心配しないで。
  かわりに踊っている途中、瞳が重なった時はどうか微笑んで。
  そして、ついくちづけしたくなっても許してください。
  大好きなあなたと、こうして踊れるのが幸せすぎて。


ワルツ踊ってるんだか、なんなんだか。こいつらは。
相変わらずすごい勢いでラブラブです。
このまま帰りにセレスティアのお城寄ってっちゃいそうです。
ま、無事仲直りできて、万歳。
そういやあ、元凶のあのカップル、どうしてるかなぁ?

◇◆◇◆◇



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