ユーイのみぞおちにゲンコで一発お見舞いして、脱兎の如く駆け出してきちゃったエンジュ。
頭に来たのは本当だけれど、拳で殴ったのはやりすぎだったと、反省しつつ。
謝りに戻ろうと思うと、さっきの『重い』発言が脳裏にちらついて再び頭が沸騰する。
仕方なくぼとぼと歩くうち、なんだか宮殿の方まで来ちゃいました。
そこにかけられた、すごく意外そうな声。
「エンジュ、どうしたんですか?ユーイと一緒じゃないんですか?」
半べそ状態の顔をあげると、心配そうな表情のティムカの姿。
ティムカは、さっきユーイが嬉々としてエンジュの元に謝りに行ったのを知っているからこの彼女の様子をみて、こりゃなにやらひと悶着あったな、と察して穏やかに微笑んでみる。
「何か、あったみたいですね。落ち着くまで私の執務室でお茶でもどうですか」
そこで情けをかけて誘っちゃうあたり、あんたも迂闊なんだよ、と突っ込みいれてあげたいけれど、当人としては下心がないから本当に友人に対する善意なんだろうなあ、とも思う。
なんていうか、神鳥も聖獣も、水の守護聖ってそんなかんじ?
(いや、本当に下心がないかどうかは知らないけれど)
あったかいお茶を差し出されて。
エンジュも落ち着いてきたのかぽつぽつと事情を話す。
ロザリア様に焼餅やいたとか、『重い』発言だとかは適当にオブラートにつつんで説明して、要は自分のステップが、彼のステップと合わなくて喧嘩になったと訴えたわけだ。
これにはティムカも責任感じちゃったらしい。
まあ、そうだよね、最初に難易度高いステップをユーイに教えたのは彼なんだもん。
「いきなり飛び出しちゃったのは悪いと思ってるんです。でもなんだかこのまま自分から謝りに行くのも悔しいような、かといって向こうが謝りに来るのを待つのは芸がないような」
芸を求めてどうする、とも思うけれど、こっちから謝るのはちょっと悔しいというその辺の乙女心は察して余りある。
ティムカもそれはなんとなく察したらしくて、こう提案する。
「では、今度はエンジュがステップをこっそり練習するのはどうでしょう?ふたりであわせて踊れるように」
その提案に、エンジュもよっしゃと決意して頷く。
こういうところが、やっぱりエンジュとユーイ、似たものカップルという気がする。
ガッツと根性があるのもやっぱり似ていて。
ティムカに丁寧に教えられた足の運びを、彼女はどんどん吸収していく。
ワルツの音楽は三拍子。
一、二、三、にあわせて、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
コントラチェックが難しいようなら無理に体を反らそうとせずに。
誰かとぶつかりそうになったら一回止まってしまっても大丈夫。
得意なスピンは自信を持って華やかに。
あとは、彼と楽しく踊ることを考えて。
特に女性のパートは、男性のリードが上手なら技術に難があってもある程度綺麗に踊れたりしてしまうから、この場合覚えるのも早い。
エンジュのもともとの運動神経のよさも手伝って、しばらく練習して足型さえ覚えたら、なんとなーくは形になってきちゃった。
できの良い生徒にティムカはにっこり微笑んで。
「じゃあ、最後に一回おさらいして、練習はおしまいにしましょう」
◇◆◇◆◇
ちょっとだけ視点をかえてみよう。
一番初めにレイチェルによって振られた賽だけれど。
実はここに来て、ころころと転がって、聖獣の女王、アンジェリーク・コレットの足元で止まってたりする。
さあ、きたよきたよ、賽が転がってここまできちゃったよ。
覚悟しておけ、ティムカ(合掌)
彼女は彼女で、レイチェルの策により、やはり今度のダンスパーティーにティムカと一緒に出席しようと考えていて、
そして、そのお誘いをすべく、まさに今水の守護聖の執務室の扉を開けたところなのだ。
で、目撃しちゃった。
仲良く手を組んで、ダンスの練習をしているティムカとエンジュ、ふたりの姿を。
扉のところで立ったまま無言でこっちをみているアンジェリークにはたと気がついて。
足を止めたティムカ。
べつに当人としてはやましくもなんともなかったんだけれど、アンジェリークの表情がなんだかそんな言い訳を許さないような雰囲気をかもし出してて、つい、固まっちゃった。
で、固まっちゃってるティムカに、アンジェリークが静かに一言。
「
言い訳か何か、ないわけ?」
声が恐いです。
「ア、アン …… じゃなかった、陛下!」
石化が解けたように我に返って、ようやくティムカがそう言ったけれど、これが悪かった。
余計火に油注いじゃった。
「なによっ、こんなときまで馬鹿丁寧に陛下なんて呼ばないでよっ!」
アンジェリーク、完全に混乱状態。
落ち好かせようと彼女の肩にかけられた手を振り払うと。
「ティムカ様の、馬鹿ぁぁぁぁっ!」
そう叫んで、走って行っちゃった。
アンジェリーク・コレット。
どうやら彼女は混乱すると言葉遣いが昔に戻って様付けになる傾向があるらしい。
んで。
走り去っていくアンジェリークの背中を呆然と眺めて佇む、抜け殻ティムカが残された。
エンジュが心配そうに覗き込む。
「…… 大丈夫、ですか?」
いや、たぶん大丈夫じゃない。
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