直球で行こう!〜喧嘩編

その2)再び、ユーイ様の、馬鹿ぁぁぁぁ!



その数分後。
当たり前のようにここは水の守護聖の執務室。
おまえら仕事してんのか、という突っ込みは、話が進まないからとりあえずしないでおこう。

お茶を入れて友人に勧めつつ。
事情を聞いたティムカはひとつ深いため息をつく。
「ここは、折れるのが得策ではないですか?」
「なんだか納得いかない」
ティムカはしかたないなあ、といった感じで溜息をもうひとつ。
この頑固な友人の、その性格を決してティムカは嫌いじゃない。
真っ直ぐな故の頑なさ、融通のきかなさは、何処かティムカ自身に通じることろがあって。
だから、自分との対話の中でや仕事上のやり取りの中で彼のその性格が垣間見えても、いままで(散々)困ったりてこずったりすることはあったものの、それを不快に思ったことは実はない。
でも、さ。

「これが例えば友人同士の間のことだったり、職務上で自分の信念をかけてどうこうというようなことだったら、ユーイ、自分の信条を高く掲げるというのはある意味大切なことだとはおもうんです。でも ……」

とかいいつつ、内心、もうちょっと融通がきくようになると困らされることも少ないのにな、とか思ってるでしょ。
それはさておき、ティムカが続ける。
「ことが恋愛となると。たまには無条件で、彼女の希望を聞くことも、円満に行く秘訣ではないでしょうか」
若い割に悟ってるね。それは、経験に基づく結論なのか一般論なのか。
どちらにしろ、流石といっておこう。
ティムカに冷静に諭されて、うーん、と腕を組んで考え込んでいるユーイ。

「理屈はよくわからないが、彼女の願いをかなえてやりたいのはやまやまだ。でも、オレにだって、向き不向きがある」

そんな友人ににこりと微笑みかけて、彼は言う。
「練習すればいいじゃないですか。努力するまえに諦めてしまうなんて、ユーイ、あなたらしくないです。ダンスのステップなら、私でも教えることができますよ?」
ユーイはしばらくの沈黙の後、心を決めたらしく。
友人に真っ直ぐな眼差しを返してよし、と頷いた。
かくして、執務後のダンス特訓の日々が始まる。


  ワルツの音楽は三拍子。
  一、二、三、にあわせて、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
  コントラチェックは女性を支えながらも、なるべく彼女を美しく見せるように。
  誰かとぶつかりそうになったらフォールアウェイ・スープでよけてまたシャッセ。
  二度目のコントラチェックはダブルロンデからはいってロンデに戻る。
  見せ場はスタンディングスピンでドレスをふんわりひろげてあげて。


さーて、ここで実は些細であるが後に重大な問題を引き起こす種がまかれちゃった。
それはね、流石というべきかどうか、ティムカ、ここはやはり元王様。
社交場でダンスを踊る機会が山とあっただろうから、ダンスのステップも堂にいってる。
で、さ。
そのステップの種類も豊富なわけよ。
以前エンジュがユーイに教えようとしてたベーシックの難易度を遥かに越えちゃってる足の運びの数々。
更に社交ダンスって優雅なようでけっこうハードなスポーツだから。
本当は初心者はそうそうすぐに踊れるようにならないんだけれど、ここは野生少年ユーイ。足腰の強さは人並みをはずれてて。
んで、一旦やる気になったらもう無敵。
一週間くらいの練習である程度シャドウ(註:女性と組まずにひとりで踊る練習方法)では踊れるようになっちゃった。

これは教えた側のティムカも意外、且つ嬉しかったようで、問題に気付かないままにっこり笑って考える。

「そろそろ、次の段階の練習をしてもいい頃ですね。ふふっ」


◇◆◇◆◇


そしてふたりが雁首そろえて訪れたのが、何故か闇の守護聖の執務室。
いちおう、断っておくけど、聖獣だからね。いくらなんでも、ここで神鳥の闇はありえないから(それはそれで見物ではあるが)。

「ああ 、ようこそ。今日は二人そろってなんのご用向きでしょう?」

密やかな声と人当たりの良い笑顔で迎えるフランシスに、こちらも人当たりの良い笑顔で、お忙しいところ失礼します、と応じるティムカ。
これこれこういうわけで、と一連の事情を話す。
ところでさ、このふたり。
ティムカとフランシスって、お互いのことは決して悪く言わないんだけれど、初期親密度が48で実は仲が悪い。
そんな彼らが、笑顔で話しているその様は、水面下で何考えてるかわかったもんじゃなくてなかなか面白いものがある。

「と、いうわけで、ある程度のステップは踊れるようになったのですが、肝心の女性と組んで踊る練習をしていないんです。
私は残念ながら女性側のステップまでは踊れなくて」

説明するティムカに、流石にフランシス怪訝顔。
「そこで私を思い出してくれたのは光栄ですが、ああ、申し訳ない。流石に私も女性側のステップまでは …… 」
そりゃ、そうだ。
でもティムカは全く動じない。
「いえ、あなたなら、ワルツを踊れる個人的なお友達の女性のひとりやふたりお持ちじゃないかと」
一つ間違うと刺を含んでるような内容をさらりといって、にっこりと微笑むティムカ。
フランシスもさるもの、にこりと笑顔を返す。
「…… ああそういうことでしたか。それなら …… 何人か候補が ……v」

で。
その『何人』かの候補の中で白羽の矢が当たったのが、なんと恐れ多くも神鳥の聖地の青い宝石ロザリア様。
なんでも、守護聖になったときに開かれたお茶会で話した折に、ダンスの話題になって。
彼女も相当踊れることをフランシスは知ったらしい。
フランシスの『個人的なお友達の女性』よりは、ユーイともティムカとも当然面識のある彼女が一番適任だろうと考えた結果だ。
更にはロザリアも暇なのかなんなのか、よろしいですわよ、と優雅に微笑んでくれて。
このちょっぴり阿保らしいけれど、当人はひどく真剣なダンスレッスンに、付き合ってくれることが決定したのだ。

執務がはけた夕方に、ユーイの執務室で密かに(?)行われるダンスレッスン。
ロザリアは、流石女王となるべくして育てられたお嬢様。
難しいステップも難無くこなし、まだまだぎこちないユーイのリードもものともせずパートナーの勤めとばかりフォローすらしつつ優雅に踊る。


  ワルツの音楽は三拍子。
  一、二、三、にあわせて、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
  コントラチェックは笑顔でありながら、決して男性に体重をかけずに。
  誰かとぶつかりそうになったら微笑んで会釈をしましょう。
  ロンデでの首の動きは、軸をずらさず、あくまでもゆっくりと。
  広げたデコルテラインは誇示しすぎず、でも美しい鎖骨を見せるように。
  スピンでドレスをふんわりひろげて、音楽が終わったら膝を曲げて優雅にお辞儀。


その様子に、レッスンをみてるティムカも成り行きで見物しているフランシスも感心してる。
ダンスの上達のコツって、実は自分よりも上手な人と組んで踊ることだったりするので、おかげでユーイもめきめき上達して、数日後にはこれなら今度のダンスパーティーもきっと問題なし、ってロザリアからもお墨付きをもらった。
よかったね!ユーイ!

◇◆◇◆◇


ダンスの特訓も花丸をもらって卒業して、あとはエンジュと仲直りするばかり。
こうと決めたら即実行のユーイ、その日のうちにアウローラ号まで彼女を訪ねてこう言った。

「ダンス、特訓して踊れるようになったぞ!この間は悪かった。よかったら、ダンスパーティ一緒にいってくれないか」

ああ、もう。直球だよ。可愛いよねえ。
こんなふうに言われちゃったら、エンジュだって喧嘩を持続するのが難しい。
私こそこの間はごめんなさい、と殊勝に謝ったりしてる。
そして、にっこり笑って仲直り。
もともとふたりともさっぱりした性格しているから、こうした喧嘩も後をひかない。
すぐに楽しそうに話しながら、じゃあ、ちょっとここで踊って見ようか、なんてことになる。
本当は、エンジュも気付いていた。
ここ数日、ユーイが一生懸命練習して、執務室の窓辺に踊る影がゆれるのを彼女はしっかりみてたのだ。
少しだけ、不安だった、というのも実はある。
だって、あんなに綺麗なロザリア様と一緒に練習してる姿。
ちょっとだけ焼餅を焼きたくもなる。けれどもそれもみんな、自分の希望を聞いてくれるためだとわかってたし、こうして誘いに来てくれたなら、そんな些細なもやもやも吹き飛んでしまうってなもんだ。
そして、ちょっとどきどきしながら手を握り、踊り出すふたり。
しばらくは踊ってみたけれど。

ここにきて、問題発生。

だめだよ、ユーイ、そんなに難しいステップ、まだエンジュわかんないってば。
なのに無理にリードして振り回すから、エンジュも躓いたり、転びそうになったりで、上手く自分で体重を支えながら踊れない。
その結果、ユーイの支えの手に体重がかかる。
すぐに何かがおかしいことに気付いて、でも何がおかしいのかわからないままユーイが言う。
「おかしいな、ロザリア様と踊った時は、もっと踊りやすかった。なんだか、エンジュ重いな」
まて、それは禁句だ。
ひくりとひきつって足を止めたエンジュに更に追い討ち。

「動きもロザリア様はもっと優雅で、綺麗だったぞ」

あー、やっちゃったよ。
恋人の前で他の女褒めちゃったよ。
ユーイはさらりと口説き文句口にするようでいて、実は思ったことを考えなく口にしてるだけだから、褒めようと思ったら素直に他の人のことも褒めちゃうんだよね。
それが、たとえ、エンジュの前であろうとなかろうと。
そして、悪気があろうとなかろうと。
俯いて握り締めた拳を震わせて、エンジュはさっき吹き飛んだはずのもやもやが復活していることに気付く。
なのにユーイは全然気がつかず、どうしたんだ?いきなり不機嫌になって。
とかいっちゃったもんだから。
エンジュ、再び爆発。

「ユーイ様の、馬鹿ぁぁぁぁっ!」

更には握り拳でみぞおちへのパンチつき。
ああ、なんか、今回は長引きそうだよ。
走り去っていくエンジュの背中をみぞおちを抱えて膝をつきながら呆然と眺めるユーイ。
アウローラ号の部屋にひとり残されて、ひゅーと窓から入った聖地の風はやっぱりなんだか冷たかったかもしれない。

◇◆◇◆◇



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