直球で行こう!〜喧嘩編

その1)ユーイ様の、馬鹿ぁぁぁぁ!



さて、振られた賽が転がった先は、もちろんこのシリーズのヒロイン(のわりに前回出番が少なかった)エンジュ。
ダンスパーティーの招待状を嬉々として受け取って、早速ユーイを誘ってみた。
で、誘われたユーイ、はじめは普通のお祭りかなんかだと思って誘いに乗りかけたんだけれど、話を詳しく聞くにいたって、なんだか表情が変わってくる。

「ダンス、って、踊るのか?オレが?」

そりゃそうだ。ダンスは踊るもんだ。
見ててもいいけど、少なくとも泳いだり走ったりするもんではないぞ。
エンジュも、もちろん、といって頷く。
「オレ踊れないぞ」
この言葉にも、もちろん、と言った風情で頷いてから、ユーイの手を取った。
「練習しましょ?簡単なステップでいいですから」


  ワルツの音楽は三拍子。
  一、二、三、にあわせて、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
  リバースターンにまたシャッセをいれて、ナチュラルターンでひとまわり。
  もういちどはじめから、ナチュラルターンにシャッセにスピン。
  多少ぎこちなくても大丈夫。音楽にあわせて楽しく踊ろう。


歌うようにステップを説明しながら、一通りユーイに教えようとするエンジュ。
ベーシックのステップなら、なにやら高校の体育の授業で習った様子。
で、とられた手のあったかさと、柔らかさにはじめは大人しくユーイもステップを踏もうと努力していたけれど。
やっぱり、なんか。
たどたどしい、というか、似合わないというか。
ユーイもなんだか自分には合わない所作であることがわかってきたらしく、だんだん不機嫌モード。
んで、ついに言っちゃった。

「オレ、やっぱいいや」

いや、ユーイが良くてもエンジュは良くないんだってば。
ちょっと頬を膨らませて、どうしてですか、と彼をみる。

「だってオレはオマエと一緒ならそれだけでいい。わざわざよくわかんないダンスとかする必要もない」

そう言うと、つながれた手をふいっと離して、座り込んでしまう。
でーたーよ。
頑固モードユーイ。
こうなってしまうと、彼の説得は容易ではない。

一方エンジュ。
いつもなら、粘り強く説得するか、すっぱりさっぱりあきらめるか。そういう選択をしそうなものなのだけれど、今回はちょっと違う。
だって考えてみてよ。
高校を二年で中退して。
花の十七をこうして宇宙に捧げてハードな仕事を日々こなしているわけなのよ。
これはこれで十分に充実した日々だけれども、ときおり気楽で楽しい学園生活のことを思わなくはない。
憧れのプロムだって、もうじきだったのに。
そう、プロム。
女の子なら誰もが憧れるイベント。
エンジュだって、特定の相手はいなかったけれど、中学生の頃からパートナーの顔はぼんやりとしたまま、ドレスアップしている自分の姿を思い浮かべてうっとりしちゃったことだってあるわけだ。
なのに、今の彼女にはそれに参加する機会がなくなってしまったわけで。
そりゃ、聖地で華やかなパーティーにドレスアップして参加、なんてことは沢山あるかもしれないけれど、守護聖であるユーイとは、その場合一対一の『パートナー』として参加するのは難しいかもしれないことを知っているから。
だから、今回のセレスティアのイベントにって誘ったのに、無碍もなく断られて。

そんなこんながどわーっといっぺんに彼女の脳裏に押し寄せてきたわけだ。
なんだか鼻先がつーんとして、目じりも熱くなって来る。
ここで泣いてしまえば、彼はなんだか慌てつつ、もしかしたら言うこときいてくれちゃうかもしれない、なんて、エンジュはこっそり思ったけれど、泣き落としはなんだか卑怯だし、自分の方針や性格に似合わない。
そこで、結局、滲んだ涙を誤魔化すってのも含めて、つい言っちゃった。

「ユーイ様の、馬鹿ぁぁぁぁっ!」

んで。
走り去っていくエンジュの背中を呆然と眺めて佇む、ユーイが残された。
ひゅーと吹いていく、風がちょっぴり冷たい、聖地の午後の話。

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