直球で行こう!〜喧嘩編

プロローグ ―― かくして賽は振られた



聖獣の宇宙の超有能な補佐官にして、女王のプライベートな友人でもあるレイチェルは、とある計画を立てていた。
きっかけは、先日の昼頃の出来事である。
そろそろお昼にでもしよっかと、友人であるアンジェリーク・コレットがにこりと笑って、うーんと伸びをして。
よいしょ、と立ち上がり、日のあたる窓辺に寄ったのだ。
ここまでは、別にどうってことのない風景だった。
そりゃ、宇宙を統べる女王たるものが、うーんと伸びをしたり気軽に窓辺に寄っちゃイカンとか言う人も世の中にはもしかしたらいるかもしれないけれど。
でも、幸いなことにこのまだ赤ん坊のような宇宙と聖地では、風習やら伝統やらもないわけだし、庶民出身の親しみやすい女王の人柄や、女王補佐官のさばけた物の考え方や、首座の守護聖のテキトー具合があいまってあんまりそういったことを煩く言う人もいないのだ。
で。
アンジェリークもしばらくはいつものように外の風景を気持ちよさそうに風に吹かれてみていたのだけど。
とある瞬間、彼女の可愛らしい頬がヒクリと引きつったのを、レイチェルは目撃しちゃったわけだ。
どうしたの、アンジェ、と。
声をかけたレイチェルになんでもないわ、と彼女はくるりとむきを変えて、あーおなかすいた、などと呟いて昼食の用意されている隣室へ消えていった。
なんとなく気になって、隣室へ友人を追う前にレイチェルがふいっと覗いた窓の外。
一目みて、彼女の頬のひきつりの原因を見抜いてしまった。
だって、そこにいたのはハニーブロンドのおさげ髪が愛らしい聖天使エンジュと、この聖獣の宇宙の水の守護聖にして実は女王陛下とこっそり(と当人たちは思っている)恋人同士の関係にあるティムカの姿だったから。
なんだか、脇にある大きな木を見上げて、楽しそうに仲良くお話している様子。
レイチェルも内心、あちゃーと思ったけれど、そこに突如ふたりが見上げていた木から飛び降りたもう一人の人影をみるに至ってああ、と納得する。
天然元気少年風の守護聖ユーイ。
なんだ、風で飛ばされて木にひっかかったエンジュのリボンをとってきたところなのか。
聖天使エンジュとユーイの仲は、けっこう聖地でもホットな話題だったし、ユーイとティムカが歳の近いもの同士、仲良くやってるのはレイチェルだって当然知っていた。
だから、この光景を見れば、もともとエンジュとユーイがいたところにティムカが声をかけたか、ティムカとユーイがいたところにエンジュが声をかけたかは知らないけれど、三人でいたところに、ちょっとしたきっかけでユーイが席を外しただけだったのだ。
んで、ティムカとエンジュが残されたまさにその瞬間、タイミングの悪いところをアンジェリークが目撃しちゃった、と。

「あちゃー」

レイチェルはもう一度深く溜息をついて隣室へ続く扉を眺めた。
アンジェリークだって別に本気でふたりの仲をどうこう思ったわけじゃないだろう。
でも気軽に逢って話すこともままならない日々の中で(ほんとか?)、迂闊に他の女と楽しそうに話してるところを目撃しちゃっては、複雑な気分になろうってなもんだ。
かといってアンジェリークが何も言わないでいるところを、わざわざ『さっきのは誤解だヨ』などと、解説するのもなんだか変だ。
そう考えて、その場は黙って気付かないふりをして、レイチェルはいつものようにお昼を食べて雑談して過ごしたけれど。
頭の中ではとある計画を練りつつあった。
それは、数週間後に開かれる、セレスティアでのイベント ―― ダンスパーティ。
そのイベントに、このふたつのカップルを一緒に出席させられないだろうか。
アンジェリークにとっては良い息抜きになるだろうし、楽しいデートの思い出だって作れるだろう。
それに、一緒に出席したユーイとエンジュのふたりが仲良くしている様子をみれば、アンジェだって無駄な焼餅を今後焼かずに済むかもしれない。

「ヨシ、この作戦で行こう!」

そんなわけで、土の曜日に定期報告で女王補佐官の元を訪れた聖天使エンジュは、セレスティアでのダンスパーティーの招待状を手に入れる。
「普段頑張ってくれている息抜きに、参加してみたらどうかな。お好きな守護聖、パートナーに貸し出すヨ」
ウインクしてそう言ったレイチェルの表情で、『お好きな守護聖』などと言いつつ、それがユーイを指すことがばれてることくらいエンジュだってわかったろう。

かくして、聖獣の女王補佐官レイチェルによって賽は振られた。
振られた賽は彼女の手を離れて別の人物の元へ転がっていったので、残念ながらこの補佐官どのの出番はこれでおしまいだったりする。
ごめんね、レイチェル。
謝ったところで、さあ、ここからが物語の本筋のはじまり、はじまり、である。

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