それは一日の執務も終わろうかと言うとある日の夕方のこと。
退出前に一息いれるつもりで、ティムカが立ち上がり手ずからお茶の準備をし始めたその時。
隣の執務室の扉が勢い良く閉まる音がしてさらに元気な足音がこちらへと近づいて来るのが聞こえてくる。
そこで彼は僅かに微笑んで、カップをもうひとつ用意しはじめた。
この聖地でできた新しい友人の訪問に備えて、というわけだ。
果たして、執務室の扉は勢い良く開かれて、彼の予想通りユーイが入ってくる。
「いらっしゃい。今あなたの分のお茶も入れたところですよ」
笑んだティムカにユーイは、ああ、ありがとう、と。
どことなく上の空で言った後、席につく。
「 ―― ?」
その様子を少々不審に思いつつ首を傾げたものの、ティムカは特に何も聞かぬままお茶に口をつける。
先日のヴァレンタインデーがきっかけで、彼とエトワールとが晴れて恋人同士になったことはティムカにとっても記憶に新しい。
もう喧嘩でもしたのだろうか、などと。そんなことを考えていると、唐突にユーイが言った。
「なあ、キスってどんなタイミングですればいいんだ?」
ごふっ。(← 茶を噴く音)
「し、失礼しました」
いきなりな質問に思わず茶を噴いたもののここは元品位の教官。
詫びを入れつつテーブルの上を拭いて、その間に冷静さを取り戻そうとしている。
そしてしばらくたってから、ユーイの方を恐る恐る見て聞く。
「まずは、あの。何故、私に聞くのかを ―― 教えていただいても?」
もちろん、身近にいた仲のいい人物という基準なのだろう、とはティムカもわかっているのだが。
けれどキスのタイミングなどという内容を聞くならもっと百戦練磨な人々が聖地にはごろごろしていそうなものであって。
そうではなくて、ただ仲がよいという理由なら(実際に役に立つかどうかは別として)メルやランディでも良いわけで。
さらには彼等のほうがユーイより年上なわけだから、ここで何故に、わざわざ年下である自分に白羽の矢が立ったものかと、それを激しく疑問に思う。
もちろん、第三者から見れば。
メルやランディに聞くくらいならどう考えたってティムカに聞くだろう、と思うわけだけれどそのようなごく当然な見解は本人にはわからないらしい。
ちなみに内緒にしているつもりのコレット陛下との関係も、バレバレであるのだが本人にはわかっていないらしい。
そんなティムカにユーイはさらりと答える。
「いつだったかエンジュが言ってた。何だかんだいって女馴れしてそうだって。その証拠にオスカー様が唯一坊やと呼ばない十代キャラって言ってたぞ」
エンジュ、恐るべし。
というか、彼らはデートでいったいどんな会話をしているのかが激しく気になるのだが。
そもそも、そんなおおぴらな会話しているなら、キスのタイミング如き悩む必要もなさそうなものだが、そこが青少年たる所以なのか、なんなのか。
それはともかく。
ティムカは引きつった笑みを浮かべつつも、考える。
聖地に来て得た大切な友人。
こうして頼りにして来てくれたのであればなるべくなら役に立ちたいし、ここで自分が答えずに例えばオスカーに聞きにいかれて『坊や』だなんだと、友人が馬鹿にされるのもひどく悔しい気がする。
そんな健気な考えから、意を決して頷く。
「お役に立てるのなら ……」
そうつぶやいて、自分の『はじめてのちゅー体験』を思い出してみるティムカ。
お茶に口をつけつつ思いを馳せてる彼にユーイが聞く。
「いくつんときだ?」
「十三ですね」
即答。
既に想い出にうっとりなっちゃって、無意識に答えている様子。
その上、なにげに顔赤らめたり、嬉しそうに口の端が上がったりしてます。
無防備状態の彼の上に、お約束ユーイの質問爆弾投下。
「相手は陛下か」
ごふっ。(← 茶噴き二度目)
「なななな、なんでわかっ …… じゃない、違います ――」
一応無駄な否定をしてみせてるけど。
「図星だな」
ユーイ容赦なし。
「で、タイミングは?」
否定を諦めて、再度ティムカは考える。
そう、初めてのキスは ――。
―― 目が自然に合って、どちらからともなく。
(
「永遠の約束」参照)
そこまで考えて、彼はハタと気がつく。
タイミングを聞かれているのだから、『どちらともなく』という回答。これでは参考にならないのでは。
根が真面目な故に、ティムカは必至で友人の参考になりそうなシチュエーションを思い出してみる。
―― ええと、つぎのアンジェリークとのキスは ……。
ちなみにここで、アンジェリークと限定しているのは故国でいろいろ訳あって別の人とも(以下略)。
まあ、とにかく、次のキスはアルカディアでの再会でのこと。
そこで交わしたキスは確か。
―― アンジェリークから、でした。
彼女がいきなりふと伸びをしてくちづけて。
身長が高くなったから、キスがしずらいと笑った、などと。
またもや甘い想い出に浸りかけてから我にかえる。
(
やっぱり「永遠の約束」参照)
女性側からされたのでは、やはりこれも参考にならないのではないか?
故に彼はさらに記憶を掘り起こしてみる。
他にどんな状況でキスを交わしただろうか?
だんだん、甘い想い出に浸るどころではなく、僅かに眉間にしわを寄せつつ、真剣に考え出すティムカ。
―― あなたの唇はさくらんぼのようですね。
などと言って。頬染てるアンジェの様子を楽しみつつ、『食べてしまいたい』と囁いてくちづけて ――。
そこまで考えてまた彼は首を振る。
ユーイのキャラを考えるとこれも参考にならないのでは。
いや、きっとならない。(断言)
「おい、ティムカ。大丈夫か?そんなに言いずらい質問だったか?」
考え込んでしまっている友人に、いささか痺れを切らしている様子のユーイ。
言い難い質問であることぐらい、はじめから承知しておけ、と。
第三者的には突っ込みたいところだが、ティムカもティムカで、それとはぜんぜん別の次元で回答に悩んでいるのだからいいコンビなのかもしれない。
結局。
自然に目と目が合って、どちらからともなく。
とだけ。
ティムカははにかんでユーイに伝える。
「うーん、参考になったような、ならないような」
微妙に不満そうなコメントを残しつつも。
「でも、ありがとう。がんばってみるぞ」
と、にかっと笑うユーイ。
「がんばってください」
と、微笑んでエールを送りつつ友人の退室を見送ってから。
彼はがっくりと机に手をつく。
―― まだまだ未熟です。
そういう、問題か?
◇◆◇◆◇
さて場面は変わって休日アルカディア。
日の傾いた、春の野ばら牧場。
長く伸びた影の主を追ってゆけば、柵にこしかけて、楽しげに話すエンジュとユーイがいる。
何を話しているかと思えば、先日の『キスのタイミング講座』の顛末を話しているらしい。
っていうか、そこでそれ話すんだったら、タイミングもなにもないだろう、という突っ込みはさておき。
「と、いうわけだったんだ。で、結局わからないから」
エンジュの目をみつめてユーイが言う。
「から?」
微笑んでみつめ返すエンジュ。
「キスしないか?」
くすくすと、零れる笑いの合間に、ふたりのくちびるがすこしだけ触れ合って。
くすぐったそうに照れたあとに、もう一度、こんどはさっきよりもしっかりとくちびるが重なる。
結局は、直球勝負。
ティムカの苦労、報われたんだか、報われなかったんだか。
かわいそうだから、その結果報告はしても、経過報告はしないであげて欲しい、と思う、第三者的意見。
―― オシマイ
◇◆◇◆◇
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6割書き上げて放置してあったネタ、ようやく完成。
いえね、ユーエンなのに、ほとんどティムコレじゃん!とおもって、書き直そうとして進まなかったのよ。
んで、開き直った。<コラ
これでも許されるようなら、次回、次々回作のネタがあるので練ろうかな、と思っています。
2005.05.16 佳月拝