永遠の約束



佳月作


「もし良かったら、こんど、デートしてください!」

昔、美しい聖地で、僕はあなたにそう言いました。
学習が終わった後に共に時を過ごしたり、あなたの部屋に招いていただいたり、それまでも同じ時を共有することはあったけれど。
僕から誘うのははじめてで、心臓が激しく鳴ってどうにかなってしまうんじゃないかと思った記憶があります。
僕の言葉に、あなたははにかんで頷いて。
まっすぐな髪が流れて、少し染まった頬にかかりました。
その時僕がどんなに嬉しかったか、きっとあなたにはわからない。
嬉しくて、幸せで、心が震えて、どうしようもなくて。
本当はあの時、そのままあなたを抱きしめてしまいたかった。

同じくらいの背だった僕たち。
向かい合うと同じ位置にあるあなたの目が、あまりにまっすぐに僕をみつめて。
僕はどきどきして、あなたにこれからもずっと一緒に、この先もずっと一緒に在りたいと。
そう気持ちを伝えました。
目の前のあなたは、少しだけうつむいて。
青い瞳が、けぶるような睫毛の下で一瞬だけ哀しそうに見えたのをはっきりと覚えています。
つぎに僕たちの瞳がかさなった時、どちらからともなく、唇をもかさねました。
そっとふれるだけの、くすぐったいような幼いくちづけ。
―― キスがレモンの味なんて、絶対嘘です。
それは、すこしだけ切なくて。
いずれ訪れる別れを予感させるような、そんな味でした。
わかっていたのです。
僕も、あなたも。
その約束は、果たされぬままに終わるかもしれないことを。

そして、その予感のとおり。
僕たちは今別々の宇宙に、それぞれ在るべき姿で在るべき日々を過ごしている。


でも僕は思うのです。
その約束は果たされなかったからこそ、いつか叶うかもしれないという永遠の可能性を秘めたまま、僕たちの間にあるの ではないでしょうか。
だから、きっと『果たされなかった』という表現は相応しくないんです。
この命ある限り。
ふたたび出会う可能性がある限り。

あの約束は、永遠に僕たちをつなげる優しい絆。

三年の時が経って。
僕は背が伸びて、きっとあなたを追い越しました。
声もなんだか、変わってしまって、少し戸惑っていたのですが最近ようやく慣れました。
髪も、ずいぶん伸びたんですよ。
あなたがもしも、僕を思い出してくれるときがあるのなら。
それは、あのときの姿なのでしょうか。
そう思うと、ちょっと照れくさくなります。
あなたは、あれから変わったのでしょうか?
それとも時の流れの違う場所で、やはりあなたは、あの頃のままなのでしょうか?

晴れた日の夕暮れ前の空のような深く青い瞳。
楽しそうに、はしゃいで僕の名を呼んでくれた声。
ときおり薔薇色に染まるなめらかな白い頬。
まぶしいけれど、目をそらすことのできない笑顔。

王としての立場と、忙しさにまぎれて、考えないように日々を送っているつもりでも。
たとえば、ふと香る華の馨や、見上げた空の何気ない青さや、夜窓の外にかかる月を見て、あなたを想わずにいられない。
すべてが懐かしくて、そして愛おしくて、切なくて。

今あなたに逢えたなら、僕はきっと言葉より先にあなたを抱きしめてしまうかもしれない。
逢いたい。
あなたに逢いたい。
時が経っていつか忘れることができるかもしれないと、本当は少し思っていました。
いいえ、そうなることを望んでいたと言ったほうがきっと正しい。
でもどうしても。
忘れることが出来ない。
狂おしいほどにあなたに逢いたい、どうしようもなく苦しい。
だけど僕は。
ただ。
ただ、空を見上げてあなたがいるであろう遠い宇宙がせめて、幸福に満ち溢れているよう、そしてあなた自身もどうか幸せであるよう祈るしかできない。

そう、思っていました。

◇◆◇◆◇

「約束を、果たしに来ました。アンジェリーク」

アルカディアの雪祈祭の日。
あなたの部屋を訪ねて僕はそう言いました。
僕はあなたをみつめ、あなたも僕をみつめ返して微笑んでくれました。
そして、こう言ってくれたのです。

「ティムカ様、覚えていてくださったんですね」

アンジェリーク、それは僕の台詞です。
―― こんど、デートしてください。
あの日の約束を、覚えていてくれたんですね。
僕はあなたの手を取って、外へと促しました。
ひんやりと冷たい空気。
曇天の空はいつもなら憂鬱な気分になるような色ですが、これから降るましろな破片と、つないだままの手のぬくもりを思うと、その灰色は美しいとさえ感じるから不思議です。
天使の広場へ向う道、吐く息は白く風も冷たいのに、僕は少しも寒いとは思いませんでした。
「寒いのは、苦手ではないですか?」
あなたが、そう気遣ってくれました。
「いいえ、大丈夫です。ああ、でも」
ちょっとした悪戯心が浮かびます。

「僕が寒いといったら、あなたが暖めてくれますか?」

「―― !」
あなたが真っ赤になって立ち止まってしまったので僕も歩みをとめて、微笑みかけました。
「冗談ですよ。でも ―― 」
あいかわらず、つないだままの手を引き寄せて、倒れてくるあなたを受け止めます。
「あなたのその表情をみたら、冗談にする気がなくなってしまいました」
本当は力いっぱい抱きしめたかったのですがかろうじてこらえて、壊れやすい硝子を扱うようにそっと腕をまわしました。
あなたは額を僕の肩に当てるようにもたれかかり、そして呟きます。
「背が」
「え?」
「ずいぶん、背が伸びたんですね。以前は、向かい合うと私の目の前に、ティムカ様の目がきていたのに」
ええ、そうです。
まだ大人になったと言い切る自信は無いけれど、少なくともあの頃ほど子供でもないつもりです。
背はあなたを越して、きっと、力もずっと強くなった。
このままいだく腕に力を込めれば、あなたを壊してしまうほどに。

―― 僕が、怖くありませんか。

そう、聞きそうになりました。
僕にとっての三年も、あなたにとっては短い時間だったに違いありません。
かつておさないくちづけをした子供が、いきなり時を飛び越えて、あなたの前に現れたのです。
戸惑ったとしても仕方が無い。
最悪、別の人のように思われても仕方が無い。
そんなことを考えている僕にあなたがあまりに唐突なことを言いました。

「不便です」

なにが不便なのか、さっぱりわからなくて、僕は明らかに動揺してしまいました。
あなたはその動揺をしっかり予測していて、そしてそれを楽しんでいるようでした。

「だって、ほら」

あなたが背伸びをして、僕にくちづけします。
そのただ、ふれるだけのくちづけ。でもそれはひどく甘くて。
―― やっぱり、キスがレモンの味だというのは絶対嘘です。

「ね、くちづけするのに、私が背伸びをしなければいけないんです」
あなたの瞳は笑っていました。
僕も思わず声をだして笑ってしまって。
しばらく、そうやって笑っていたでしょうか。
そうするうち、僕たちふたりは、同時に気付きました。

空から舞い降りる、美しい白い破片に。
潸々と音もなく、つぎからつぎへと舞う、その白い花びらのような。
故郷には、この破片を表す言葉は無くて。
すると、あなたが教えてくれました。

―― 雪は、六花(りっか)。雪は、雪華(せっか)。
―― 春に降る大きな雪は綿雪、もっと大きな雪は牡丹雪。
―― 春に降る細かな雪は淡雪、消えそうな雪は細雪(ささめゆき)。
―― 粉雪、風花、雪時雨(ゆきしぐれ)。
―― 霙(みぞれ)に、氷雨(ひさめ)に、雪霰(ゆきあられ)。

呪文のように、詠うように、紡がれるあなたの言葉。
その旋律にあわせて降るような雪。
そんなに沢山の表現があるなんて。

「すごいですね」

あなたの言葉と、目の前の幻想的な風景に僕は思わず感嘆しました。
「雪を見るのは、はじめてですか?」
「ええ、故郷では決して見ることのない風景です。
この風景を ―― アンジェリーク、あなたと見ることができてよかった」

「私もです。雪を見るのははじめてではないですけど、ティムカ様と一緒に見れてよかった」

そう言われて。
一瞬過ぎる想いを、つい呟いていました。
「ああ、でも残念です」
怪訝な顔をして、あなたが言います。
「どうしたのですか?」
「あ、いいえ、なんでもないんです。気にしないでください」

―― 故郷に戻ったあとも、雪を見れたなら。
そうしたら、今こうして腕の中にあるあなたのぬくもりを思い出すことができるかもしれないのに。
そう思ってしまったことは、黙っていたほうがいい。
また別たれる運命であるからこそ、今は、そのことは忘れてしまいたい。
あなたは、もしかしたらその事に気付いてしまったのかもしれません。
それ以上深くは聞こうとせずに、黙って空を見上げます。

そして。
僕たちはふたり佇んで、ただ、舞い散る雪を眺めていました。

◇◆◇◆◇

どんな祭りであっても。
終わった後には何故か独特の寂寥感が漂うものです。
そして、この雪祈際も例外ではなくて。
帰り道、あなたと過ごす時間へのあまりの名残惜しさに僕は自分の館へあなたを誘いました。

部屋の中は静まり返って冷えていました。
明かりを灯して、暖炉に火をいれて。
暖かなお茶を煎れ、部屋へ戻ると先ほど灯したはずの明かりが落ちていました。
ただ、暖炉から零れる橙色のひかりに照らされて、窓辺に佇み静かに外の雪をみつめるひと。

「どうしたのですか、明かりが消えてしまったのですか?」
「いえ、雪を眺めていたくて。明るくすると窓の外がよく見えないから」
「そうですか。―― お茶、ここに置きますね」

テーブルにお茶を置く音が、静かな部屋に響きました。
雪は、あたりの音を消して静寂をもたらすのだと。
聞いたことはありましたが、実感したのはこれがはじめてでした。

「私、思ってたんです」

窓硝子に額をつけるようにして呟いたあなたの声が、静寂の中にやさしく響きます。
窓の向うには、淡く水銀灯に照らされた蒼い雪景色。
それと重なって、硝子に映ったあなたの瞳が、まっすぐ僕を捕らえていました。

「何を、ですか」
「私のこと、忘れてしまったのかなって」

胸が、締め付けられるような痛みが走りました。
それは。
今日まであなたを訪ねることができなかったその訳は。
あなたにこうして逢ってしまったら、歯止めが聞かない気がしていたんです。
ただでさえ、宇宙にも、あなたにとっても大変な時なのに。
己の感情に振り回されている自分がなんだかなさけなくて。
あなたの前でただ、教官として振舞うだけで精一杯で。
それでも我慢できずに、結局、雪祈祭を口実にあなたにこうして会いに来てしまった。

硝子越しの瞳が逸らされてあなたが言います。
「私にとっては数ヶ月前のことです。でも、あなたにとっては、もう何年も前のことだから。もう、私のこと忘れてしまっていても仕方がないって、思っていたんです」

その言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなりました。
理性とか、意思とか、そういった己で操ることのできるものとは全く違う部分に灯った何か。

「そんな ―― 」

少しだけ、声を荒げてしまった僕に、一瞬、あなたは身をすくめました。
それを無視して、窓の外を見たままのあなたのそばに歩み寄り、後ろから抱きしめます。

「忘れるなんて、できるはずありません。いいえ、本当は忘れてしまった方がどんなに楽か、そう思ったことだってあります。ええ、何度でも。そうです、二度と逢えないのなら、いっそ忘れてしまいたかった。でも僕に、あなたを忘れることなんてできない。こんなに愛おしくて、狂おしいほどあなたを思っているのに。そして、もう一度こうして逢ってしまったなら、手放すことさえできなくなってしまいそうで。どうしたら、この気持ちが伝わりますか?切なくて、苦しくて、胸が塞がりそうで、たとえ全てを犠牲にしたとしても、あなたのすべてを欲してしまいそうになるというのに ―― 」

一気にそう言い切って。
言葉にしてしまったら、自分を抑えられなくなるのはわかっていました。
だからこのとき、僕はわざと熱情を抑えなかったのかもしれません。

「こんなにも」

きつく、きつく抱きしめました。

「あなたを想っているのに」

胸の中に熱いものがこみ上げて、涙が零れそうになりました。
離したくない。
もうこのまま、ずっと、この腕の中にあなたをとどめておいてしまいたい。
あなたの手が僕の手に重ねられました。
はじめはそっと。
そして、あなたの心がかくあるのかと思わせるほど次第にきつく、指先に力が込めらたのがわかりました。

「私、情けないですよね、女王として、もっときちんとしなければいけないのはわかっているんです。今がどんなに大変な時かも。でも、いいえ、だからこそ。あなたとこうして再会できた喜びを抑えることができなくて。それで、あなたがあくまでも教官として私に接していたことが、仕方ないと思いながらも寂しくて。けれど。 あなたは、同じ気持ちでいてくれた」

―― 嬉しい

最後に聞こえた微かな囁き。
嬉しいと言ったあなたの言葉が、直接、心の奥にやさしくふれた気がしました。
ふたたび、別れが訪れると知っていても。
それでも。

「今夜は。せめて、今夜だけは、このままあなたを離したくないと言ったら」

あなたを欲しいと想う気持ちが全身を駆け抜けて、つぎの言葉は声が少し震えたかもしれません。

「―― あなたは僕を怖いと思いますか?」

怖がっているのは、僕自身。
何よりも、あなたの答えを恐れている。
けれど、腕の中で、あなたがはっきりと首を横に振りました。

「いいえ。怖くなんかありません。どうか、このまま私を離さないでいて。せめて、共に在れる間だけは」

手の甲に、零れた暖かな雫。
それはあなたの涙だったのでしょう。
切なさと、恋しさと、甘やかさがまじりあって。
これ以上ないほどに鼓動が、早くなっているのがわかりました。
あなたの声も微かに震えて、きっと同じ速さでその胸が鳴っているのかも知れません。
まっすぐで艶やかな髪にくちづけて、僕はあなたの顎に手をかけ、こちらに向かせました。
さっき、身長が離れて不便だとそう言った、愛しい人。

「くちづけするのに、あなたが背伸びをしなくてもいいんですよ」

背を少しかがめて、薔薇色の唇に自分の唇を這わせます。
涙が流れた後のくちづけは、しょっぱい味がしました。
―― しつこいようですが、レモンの味というのはやっぱり嘘です。

小鳥がついばむように幾度かその柔らかなくちびるをあじわって。
舌の先でなぞり、ふたたびくちびるをあわせて。
ため息のあいまに少し開かれた口からむさぼるようにあなたを求めて。
あなたの腕はいつしか、僕の首のあたりに回されて、こめかみから髪をなぜるように愛らしい指先でふれてくれました。
心が、震えるかのようなその感触。
しばらくはそうしてなぜていたその指が、僕の髪飾りをはずしたことを、自分の頬に流れてかかった己の髪で知りました。
くちづけは次第に深くなり、はじめは少しぎこちなかったあなたも、恐る恐るといったふうに、でも熱っぽく僕のくちびるや舌の動きに応じてくれます。
そのあいだにも、僕の指は心が求めるままに、あなたの白い首筋をなぞり、髪を梳いて、ふたたび首筋に戻り淡紅のリボンをほどいて。

身にまとう衣(きぬ)の、帯解く間はもどかしく。
それでも少しずつ露わになる白い肌。

肩をすべらせて、袖を下ろしてたどり着いた指先に、先ほどの僕の髪飾りがそのまま手にされていることに気付き、それを取り上げて床に落としました。
金属の部分が床にあたり、硬い音が薄明かりの部屋に響くのを聞いて。

―― 雪は、あたりの音を消して静寂をもたらすから。

何故か、その台詞が頭をよぎりました。
外は雪。
窓辺に立つだけで、外の冷気が硝子を伝ってくるのがわかります。
あなたを抱き上げ、暖炉の側の柔らかな敷布の上に横たえて。
かたわらに膝をたてて腰をおろし、体重をかけないよう、けれど包み込むよう、あなたの肩の向こう側の床に肘をつきました。

「寒くはないですか」

目の前の青い瞳に問いかけます。
頬が紅なのは、きっと暖炉の火の照り返しだけではないのでしょう。
恥ずかしそうに、目をあわせられずにいるあなたが、おもい切ったように囁きました。
「私が、寒いといったら ―― 」
けれど、そこまでが精一杯だったようで、言葉は中途半端なまま途切れました。
でも、その先は、昼間僕が言った言葉ときっと同じ。

―― 寒いといったら、あなたが暖めてくれますか?

「ええ、もちろんです。それに、冗談にする気も、ありません」

いちど解き放してしまえば、抑えることのできない熱情。かろうじて、まだ、僕はこちら側にいるにすぎません。
美しくくびれた鎖骨をくちびるでなぞると、あなたが微かに身をよじりました。
それは、恥じらいなのか、抵抗なのか。
だから、もう一度聞かせてください。
「―― 僕が、怖くありませんか」
白い手が、僕の肩にかかり、そのまま指先までなぞって、これが答えだというように手を握りました。
その白さと、褐色の自分の指の対比がひどくまめかしくて。
あなたの体を引き寄せて、じかに合わさる肌の感触を確認ながら、残っていた衣類を取り去りました。
流石に、今度は恥ずかしさから、あなたはやるせないように身をよじって。
だから。
潤むような目に手をあてて、瞼をそっとおろしました。

「目を閉じていてください。僕を、信じて」

緩やかな曲線を描くなめらかな肌。
掌の下で震える乳房のさらに奥で脈打つ鼓動。
白さ故に青く浮かぶ幾筋もの静脈さえ優雅な姿。
あなたの体を、あなたをそのものを、指で、くちびるで、時に脚や胸の肌で愛おしんで。
手が臀部のふくらみをなぞり、下肢へとたどるのと同時に、僕の脚で少しその脚をひらいて。
腿の部分にわずかに触れた、湿った感触。
まだ開ききっていない花の蕾のような場所に顔を近づけて、舌を這わせました。
それまで、切なげな吐息だけを零していたあなたがわずかな声をあげます。
それでもじっと耐えるようにするあなたは、さっきの言葉を。
信じてといった、さっきの言葉を心にとどめていてくれるのが伝わってきて、心と一緒に、いっそう体が熱くなりました。

きっと、あなたが僕を受け入れてくれるまでに伴う痛みがあるはず。
少しでも、その苦痛を減らしたいから。
だから、どうか恥ずかしがらずに。
あなたが、どう感じているのか、言葉でなくてもいいから、僕に伝えて欲しい。

表面のはなびらをなぞるごとに、あなたの零す声が熱を帯びて。
だから、十分に潤ってきたその部分に、今度は指で触れて、少しづつ道をつけていきます。
次第に奥へとまさぐっていきながら続いて舌で愛撫をすれば、だんだんと、あなたは華のように開いていって。
かとおもえば、無意識のうちにとおもわれる体の動き、それにあわせて指が時折しめつけられて。
あなたの手が、僕を探すように空をつかみかけたのでその手を握り、もう片方の手で愛撫を続けながら、あなたの白い胸に頬を寄せます。
空いているあなたの左手が、僕の体にきつく回されました。
滑らかになったあなたのなかで幾本かの指を動かすたび、甘い声の零れる感覚が短くなり。
そして波打っていた体がわずかに震えて、少しだけ力が抜けたのを、自分の胸の下で感じます。
それを合図に、下肢から手を離すと、今度は緊張でまた腕の下の体に力が入るのがわかりました。

「この先へ進むのがもし怖いのなら ―― 」

ここで、終わりにすることもできますから。
そういいかけた僕のくちびるを、あなたが塞ぎました。
情熱的に舌を絡めながらも、対照的にきつく閉じられた瞼。
それが、きっとあなたの精一杯のこたえ。

閉じられた、その瞼の向うに、あなたはどんな風景を見ているのでしょう?
そっと、壊さないようにあなたに身を沈めながら。

―― 雪は、六花(りっか)。雪は、雪華(せっか)。
―― 春に降る大きな雪は綿雪、もっと大きな雪は牡丹雪。
―― 春に降る細かな雪は淡雪、消えそうな雪は細雪(ささめゆき)。
―― 粉雪、風花、雪時雨(ゆきしぐれ)。
―― 霙(みぞれ)に、氷雨(ひさめ)に、雪霰(ゆきあられ)。

詠うような、あなたの言葉がよみがえります。
落ちては溶け、落ちては溶け、それでも舞い降りていつしか積もってゆく雪を想いました。
あなたへの想いも、そのそばにあるようで、遠いものかもしれないあなたを求める熱情も。
雪のようにいつか消えることがあるのでしょうか。

消えてしまうわけがない。
こうして、一度でもいだいてしまったなら、なおのこと。
いくら求めても足りなくて、きっと更なる想いが僕を苦しめる。
そうわかっていても、求めずにはいられない。

あなたが僕を包み込んで。
少しずつ、自分を保つのが難しくなってきたのを感じます。
それでもできるだけゆっくりと体を動かして。
痛みだけではない、感覚に応じてくれるあなたを抱きしめました。

雪が、ましろに。
ただ静かに、でも確実に、その他のすべての雑音をかき消して静寂に変えてしまうように。
いつしか心はあなたのことだけで占められて。
その甘い陶酔の中に、僕は己を解き放ちました。

◇◆◇◆◇

暖炉の前で、あなたが僕の胸に身を寄せました。
寒くないように上着をかけて、でも直接ふれる肌が嬉しくて。
―― 切なくて。
すこし力を込めて、あなたを抱き寄せました。

わかっています。
この逢瀬もひと時のもの。
また時が経てば、僕たちは別々の宇宙へ帰らなければいけない。
でも、だから。
だからこそ。
あの日の言葉を、約束を、もう一度。

「もし良かったら、こんど、デートしてください」

あなたが、腕の中でくすくす笑って頷きました。
この約束を、会うたびに繰り返し交わしましょう。
地に落ちて消え、地に落ちて消え、それでもまた降る儚い雪華のように繰り返し。
そうすれば、たとえ最後の逢瀬を向えたとしても、その約束は、それ以降も永遠に僕たちをつなげる優しい絆。

いつか、果たされる可能性を秘めた、 永遠の約束なのです。


―― 終

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◇ 「彩雲の本棚」へ ◇

「雪白幻夜」企画出品作品。
ああ、やっと。やっとこのカテゴリに、まともな(ギャグでない)ティムコレ自作品が!
でも当然のように18禁(笑)
しかし、このシリアスなティムコレの未来の姿が「お城」シリーズだと勝手に想像すると、それなりに楽しい。

以下、企画出品時あとがき
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あのメッセージから、こんな話を考える私はあいかわらずひねくれ者。
(16歳ティムカがよかっただけだろ<正直に言え、自分)
切なく終わってますが、このあと守護聖となったティムカはコレットと再会。
立場の壁を越え、周りの協力もあってゴールインv
末永くシアワセに暮らしました。
ということで、よろしく(笑)

っていうか、女慣れしすぎです。16歳王様、恐るべし。

2004.11.20 :佳月