月さえも眠る夜〜闇を見つめる天使〜

14.明けぬ夜と散らぬ花


ルヴァは、夢の守護聖の館を訪ねていた。
結局は何もできないでいた自分を不甲斐なく思い、最年長であり、クラヴィスとも親しい彼と話すことで、何か、このやるせなさをどうにかできないか、と思ってのことである。
メイファンは彼の館の庭園の東屋で、飲み友達のカティスとともに酒盛りをしていた。
昨日までとはうって変わって風のない夜。
それでも散りゆく名残の梨花をみる夢の守護聖が、どこか悲しげにみえたが、その理由をルヴァが知ることはなかった。
「クラヴィスのところに、行ってらっしゃるかなー、とも、思ったんですけどねー」
「今宵は、ひとりの方が良かろうと思ってな」
カティスは黙って、ルヴァに盃を薦める。今日は珍しくワインでなく、メイファンの故郷の酒だった。
それを受けとりながら、そうですかー。とつぶやいた。
三人は暫らく無言で酒を酌み交わす。
東屋から見るメイファンの館の庭は、夜ともなると一層にその幻想さを増していた。

「立派な、女王だったな」
カティスが言うのは、今日の即位の儀のことだろう。ルヴァは黙って頷いた。
そして、必然的に思い出す。
誓いの言葉をひとことも言わず、ただ女王となったアンジェリークをじっとみつめたあと、一礼した闇の守護聖の姿を。
その心の内がどんなものなのか、誰にもわからない。おそらく、アンジェリークを除いては。
ルヴァの考えをみすかしたように、再びカティスが言う。
「ジュリアスは、何も言わなかったな」
その闇の守護聖の態度を、彼は咎めなかった。
ちなみに彼等は森の湖の一件を知らない。
アレスはたまたま噂話をしていた女官の会話を聞きとがめ、その一件を聞き出したのである。
女官ははじめ、なかなか口を割らなかったが、アレスの幻想的なまでの微笑みに最後まで知らぬ存ぜぬを通しきれるものは、まずいない。(女性に限る)

「あー。ディアあたりが、うまくとりなしてくれたのでは、ないですかねー」
彼女も、立派な女王補佐官となるだろう。
正装した少女の姿は、もう、少女とは呼べないほどに、気品に満ちていた。
「彼女は、ダグラスと幸せになれるといいな」
聖地の中間たちの思いは同じである。
そうですねーと頷くルヴァ。
悲しい思いをする人はたくさんはいらない。
彼女達には幸せになれる可能性があるのだから。何もできなかった自分。
だからせめて。
せめてあのふたりは。
そう、自分の友人を想う。

「ルヴァ、明けぬ夜も、止まぬ雨も、この世にはないと思わぬか?時が来れば自ずと朝が訪れ、天は晴れる。しかし、時が来ぬうちは、誰が何をしようと、夜は夜で、雨は降りつづけるもの。そうであろう?」
黙っていたメイファンが突然そう言う。
ルヴァは彼の言わんとすることを察した。
そして、この夢の守護聖には、自分が何故ここへ来たのか、全てお見通しであったということも。

静かな風が吹いて、名残の梨花の花弁がメイファンの盃に入る。
「ひとたび咲いて、散らぬ華もこの世にはあるまいな」

「あー、でも、春になれば、また、咲きますねえ」
それを聞きカティスが破顔一笑する。
メイファンも、そうか、そうであったな。と言い、嬉しそうにルヴァの盃に酒を注いだ。

◇◆◇◆◇

新しき女王は新しき世界を創るとは思わぬか。
かつてメイファンはそう言っていた。
新しき世界の、今日は第一夜である。
昨日新月であった月は今日、僅かにその姿を見せている。

まるで鋭い猫の爪だ、と、クラヴィスは思った。
見る者の心を無遠慮にかきむしる。

ここは森の湖
新しき女王のサクリアに満ち、生命達はこの闇の中でも生き生きとその息吹を感じさせていた。

独り天を仰ぎ目を閉じた彼の心の中に、光をまとい笑う少女の声が響いた気がした。
もう、それははるか遠い過去のような錯覚に陥る。つい、先日まで手を伸ばせばそこにあった確かな、光。

アンジェリークよ、おまえはいま、何を想っている?
おまえはこの宇宙に供にあると言った。

だが、今はまだ。
今の私にはまだ

―― 私ひとりにこの闇は、あまりに、深い ――

そして、物語は未来へと――
 


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