月さえも眠る夜〜闇を見つめる天使〜

13.星見の間〜ジュリアスとエドゥーン


華やかに225代目女王の即位の儀が行われた日の夜、ジュリアスは星見の間に来ていた。
職務以外でここへ来ることはまずなかったが、闇の守護聖がよくここへ来ているのは知っていた。
しかし、その日、彼の姿はそこに無い。
尤も、会った所で話すことなど何も無いのだが。
相対する光と闇。
その理に導かれるのごとくいつしか疎遠となった幼馴染。
今後、理解しあうことは永遠にないのかもしれない。
そう思っているのに、なぜ、私ははここへ足を向けたのだ?
彼は天を仰ぐと星をみるでもなく、その同僚をおもわせる宇宙の闇をみつめた。
先日殴られた頬が痛んだような気がしたのは気のせいか。
それとも。
彼自身さえ気付かぬ心の痛みか。

◇◆◇◆◇

「何してんだ、こんなところでおめぇはよ」
彼に対し、こんな話し方をする人間は聖地に一人しかいない。
「エドゥーンか。いや、ただなんとなくな」
めずらしく言葉を濁す光の守護聖に対し、ふーんとつぶやくと、 ひらり。女王の象徴である、神鳥の像の台座の部分に腰掛け、足をぶらつかせる。

“エドゥーン”彼の故郷では“風”意味する名前だ。
彼の司る力そのままに。

自分と同じ、5才という幼さで守護聖になった少年。なのに何故、彼は自分とは違い、 こうも自由であり、なにものにも囚われないのか。
「エドゥーン、そなたは守護聖になった時、なにを想った?」
つい口にした言葉に自分自身が驚く。少年は気にも止めず答えた。
「オレか?べつに、覚えてねぇや。でも、ここにいんの、結構好きだぜ。 守護聖なんて、なろうと思ってなれるもんじゃねえし。 ま、外の世界、もっと見てみたいって気もすっけど、そんなんここを去ってからでも遅くねぇしよ」
今でも十分抜け出しては遊んでいるくせに悪びれない。
「おめぇはなにを考えていた?なんて、きかねーぜ。オレは。どうせ 『守護聖の首座となる光を司るものとして、恥ずかしくないように』とか、そんなトコロだろう」
図星だな、と笑うとふと真顔になった。

「クラヴィスは、なにを想ったかなあ」

6才。自分達とたいして変わらない。表情を固くした友人をちらりと見て取た。
「おめぇ、後悔してんのか?今日の即位の儀、クラヴィスの態度に何もケチつけなかっただろ」
いつもなら、考えられないことである。 しかし、ジュリアスは紺碧の瞳で友人を見据え、迷いの無い言葉で告げた。
「後悔など、していない。私は私の信じるままに行動したまで。 そして今、宇宙に満ちる陛下のサクリアはそれが正しかったと告げている」
それを聞いて、エドゥーンはにっこりと、あどけなく笑う。
「それなら、いいんだ。おめぇが、後悔してないんならさ。 でも、つくづく、ソンな性格の奴だよ。おめーは」

その厳しさ故に、周りから反感を買うことも多い。
けれど、だからこそ彼は光の守護聖たりえるのであり、その存在は聖地では必要不可欠だ。
クラヴィスとは別の意味で、彼は独りだ。孤高という言葉が、合うのかもしれない。
そんな彼を、エドゥーンはどうしても放ってはおけなかった。
常に強く、毅然と誇りに満ち、前を見据え歩んで行く。
そうでありながら、ときおり、ほんとうにときおり、感じずにはいられない、 幼子のような彼の弱さ、その危うさもすべて含めて、 人間として、友人として、エドゥーンは彼を大切に思っているのである。

エドゥーンの言葉にジュリアスはかぶりを振る。
「そうでもあるまい。解ってくれる者が、どうやら少なくとも一人はいるようだ」
優しく笑うその顔は、さきほどの人間とは別人のようであった。
少年はへへへ、と照れながら ―― 本当は、クラヴィスや他の皆だってだって解かってると思うぜ。 そう思いつつ、つい、憎まれ口をたたく。

「なーにいってやがる」

◇◆◇◆◇

後に、アレスの後任の赤毛の炎の守護聖は、まだ十代で聖地を去るエドゥーンから、こんな言葉を聞くことになる。
「おめぇじゃまだちょっとばかし役者不足だけど、ま、いっか。 子供みてーな奴だから、きちんと面倒みてやってくれや」
と。


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