手紙

(5)――結末


静かに更けゆく飛空都市の夜。
誰かが、星は流れるとき哀しい叫びをあげるのだと言っていた。
この夜は
そんな叫びが聞こえるような
それをみる木々も草も花も
すべて涙を流しているような
哀しい
哀しい夜だった。

アンジェリークが永遠に尽きないと思われる切ない恋の涙を流していた頃。
ジュリアスもまた
けして表に出してはいけない激しい心の痛みを抱え、ゆらめく蝋燭の元ノートに最後の手紙をかいていた。
それは、もう彼女のもとには届かない、
―――届かない、手紙である。


ジュリアスは静かに筆を置くと
しばし瞳を閉じる。
その脳裏に浮ぶのは
愛しい天使の笑顔……
この激しい心の痛みは。
いつしか消えるときがあるのだろうか?
この狂おしいまでの愛しさを
忘れる時が来ると言うのか?

アンジェリーク……!

そのとき
己の頬を伝うひとすじの涙。
けれど、もう後戻りはできない。
すべては、もう幻となるのだ。
真実を知るのは唯。
唯。
一冊の恋の記録のみ―――


ジュリアスは瞳をあげて前を見据え、己の運命、そして愛しいひとの運命を定める為向かうべきところへ向かう。
そう。
エリューシオンへ。
光り輝く誇りを……!

どうかこの先彼女の生きる道が、明るい光で満たされているように……
いつか遠い遠い未来。
この命が透明な永遠の闇に抱かれる時
我らはふたたび澄んだ青い心のままで
この宇宙の遼彼方で回り逢うだろう
その時こそ、私は告げよう。
いつの日もそなたを愛していたと……


                                               
今、ここに綴られる言葉をそなたが読むことはもうないだろう。
このしめやかに落ちる夜の帳が 鮮やかな朝の光にかき消され姿を消す明日には
そなたはこの宇宙の女王としてそれからの人生を歩んでいくことになるのだろうから。
そしてその後、我らの人生が相見えることも、おそらくは永遠にない。
幾度、そなたをこの腕に抱き、永遠に私のものにしてしまいたいと望んだかわからぬ。
そなたの細い指に、つややかな髪に、やわらかなくちびるに
幾度も
幾度でもくちづけて、その身も、魂も、たとえ傷つけてでさえ奪ってしまいたいと願ったことか。
だが、それは叶わぬ願いにすぎない。
今、私はここに在って、そなたは独り高みを目指すだろう。
そのゆく末を、私はあらん限りの己の力で照らし続けることにしよう。
この力が費えるその時まで。
それが私の選んだ結末であり、そしてそなたへの……
そなたへの、愛の証だ。

私は、
夜空の星同じ数の祈りをそなたに捧げよう。
願わくは、この先そなたの歩む道が誇り高き光にあふれ、
人々に向ける、そして向けられる笑顔が明るく、輝いているように。
そして、どうか、いつかすべての使命を終え、違った道をゆくその時も
そなたの未来が幸せであらんことを。
愛しい人。
どうか
どうか、幸せであれ


◇◆◇◆◇◆◇◆◇
宇宙史による後日談
◇◆◇◆◇◆◇◆◇


新宇宙の初代女王
名はアンジェリーク
その類希な資質で
長きにわたり宇宙を納め
その繁栄に満ちた時代は
「光の時代」
そう呼ばれるようになったがその詳しい理由は伝わっていない。
―――宇宙年代記345より抜粋


真実を知る一冊の恋の記録は
ジュリアスの死後
長き時を経て
唯人(ただびと)となったアンジェリークの元に渡り
今静かに。
ただ、静かに
彼女に(いだ)かれ永遠の眠りに就いている―――

~fin

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時の精霊に頼み……時間を戻してやってもよい……
ふ……お前は気付かなかっただろうが……
お前の笑顔をみたいと想ったのは
あの男だけではないのだ……
さあ、お前のいちばんいいと思う結末へ……
「ありがとうございます!クラヴィス様!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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