ゆらめく蝋燭の元ジュリアスはノートに最後の手紙をかいていた。
それは、もう彼女のもとには届かない
手紙である―――
今、ここに綴られる言葉をそなたが読むことはもうないだろう。
このしめやかに落ちる夜の帳が 鮮やかな朝の光にかき消され姿を消す明日には、そなたはこの宇宙の女王としてそれからの人生を歩んでいくことになるのだろうから。
そしてその後、我らの人生が相見えることも、おそらくは永遠にない。
幾度、そなたをこの腕に抱き、永遠に私のものにしてしまいたいと望んだかわからぬ。
そなたの細い指に、つややかな髪に、やわらかなくちびるに
幾度も
幾度でもくちづけて、その身も、魂も、たとえ傷つけてでさえ奪ってしまいたいと願ったことか。
だが、それは叶わぬ願いにすぎない。
今、私はここに在って、そなたは独り高みを目指すだろう。
そのゆく末を、私はあらん限りの己の力で照らし続けることにしよう。
この力が費えるその時まで。
それが私の選んだ結末であり、そしてそなたへの
そなたへの愛の証だ。
私は
夜空の星と同じ数だけの祈りをそなたに捧げよう。
願わくは、この先そなたの歩む道が誇り高き光にあふれ、
人々に向ける、そして向けられる笑顔が明るく、輝いているように。
そして、どうか、いつかすべての使命を終え、違った道をゆくその時も
そなたの未来が幸せであらんことを。
愛しい人
どうか
どうか……
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手紙の途中で彼はページを引き千切り、手の内に握り締める。
心が悲鳴をあげている。
いくら言葉を綴った所でこの痛みは、この想いは。
この想いは、消えはしない……!
私はどうしたらいいというのだ?
この熱病のような情熱に、恋しさに、狂わんばかりだ。
アンジェリーク…そなたを、失いたくはない。だが……
そのとき、部屋の扉が唐突に開いた。
振り返りみえたその光景をジュリアスはにわかに信じられなかった。
森の色の瞳を潤ませて。
走ってきたのだろうか、肩で息をして、それでも強くジュリアスを見つめている天使。
彼女は言った。
「私……私、あなたが好きです!女王なんかに、なりたくない……っ!」
永遠かと思える一瞬の後。
ジュリアスはアンジェリークに駆け寄り、きつく、きつく愛しい人を抱き締めている自分に気付く。
その甘美な温もり……
もう、
離さない。
離せない。
離れられない。
言葉など、必要なかった。
互いをいだく腕の力。
その熱さ。
それが、なによりも互いの想いを伝えていた。
アンジェリークをいだいていたジュリアスの手から手紙が離れかすかな音をたてて床に落ちる。
それはもう、
必要の無い手紙である――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後日談
聖地のある静かな夜
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゆらめくランプの光の元ジュリアスは懐かしい本を見つけページを捲っている。
「なにをしているんですか?」
いまは女王補佐官をつとめる彼の妻が後ろから覗き込み尋ねた。
そして、すぐにそれがかつてやり取りしていたノートだと気付き懐かしさに微笑む。
「最後のページは私が破ってしまったのだったな」
想いを伝えあったあの日。
女王となるであろう彼女に宛てて書いたページは破られて存在していない。
アンジェリークが、あ、それは。と呟きぱたぱたと駆けてゆき、すぐに戻ってくる。
大切そうに手にしている紙切れにジュリアスは目を丸くした。
「私の宝物。うふっ。
だって、これ以上素敵なラヴレター、この宇宙の何処を探したってあるはずないわ」
そう言って、悪戯っぽく微笑む人をジュリアスは抱き寄せる。
「言葉など、いくら綴ってもなんの意味もなさぬ。ただ、そなたがこうして私の腕の中にいるという事実が……私にとってどれだけ幸せであるか、そなたは知っているのか?」
そういうひとの頬に手をあて、アンジェリークは自らやさしくくちづけする。
「あなたがいだく、この腕の温もりが、どれだけ私を幸せにしているか、あなたは知っているのかしら?」
ふたりは微笑みあい
いだきあい
くちづけを交わす
お互いがいれば
この心に
いつだって光りは満ちている
そうして聖地の夜は静かに更けてゆく……
〜fin
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なに?あの時、ああしていたらどうなったかが気になると?
私は、これで幸せなのだが……
まあ、そなたがいうならしかたあるまい。
時の精霊にたのみ、時間を戻してもらうとよい。
どんなときでも、そなたの幸せを祈っている。
ありがとうございます!ジュリアス様!
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