手紙

(1)――事の起こり



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事の起こり
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そなたはもうひとりの女王候補とは違い、得に特別な教育は受けていないと聞く。
だが、試験とは言え大陸の民の命を預かり、導いていく使命がそなたには在るのだ。
生半可な覚悟ではできないことは、わかっておろうな。
ゆえにそなたが基本的な知識を身につけるまで私がこうして教育しようと思う。
このノートに書かれたことは今後試験を進めていくうえで、または、女王となった暁には間違いなく必要となる事柄だ。
心して学ぶように。
また、そなたがどの程度理解したか私が知るために、定期的に問題を解き、私に渡しなさい。
質問があれば、この様にして書いてもいい。

―――ジュリアス



                                               
ジュリアス様、お心づかいとってもうれしいです。
なんか、昔やってた赤○ン先生みたいで、楽しくなっちゃいました。
良く解らなかったところは12ページの……
(中略)
では、宜しくお願いします。
明日、このノートを受けとりに執務室に伺います。

―――アンジェリーク



                                               
そなたの言う赤ぺン○生なるものが何なのか私には良く解らぬが、これは遊びではないのだ。その辺を良く理解するように。
質問に関してだが……
(中略)
問題は、良く解けていたように思うぞ。

―――ジュリアス



                                               
ジュリアス様へ
今日は庭園へ散歩に出かけたんです。
飛空都市ってほんとに、綺麗な所ばっかりですね。
前回教えて頂いた所、とっても解りやすかったです!
今日の質問は23ページの……
(中略)
では、宜しくお願いします。

―――アンジェリーク



                                               
アンジェリークへ
そうだな、聖地も美しい所だが、この飛空都市も時折目をみはるほどの美しさを我々に見せてくれる。
執務に疲れたときなどは私も庭園に足を運んだりするものだ。
そなたも、気分転換したらまた、女王候補として勉学に励むように。
質問に関してだが……
(中略)
そなたは思ったより飲み込みが早い様だな。先を楽しみに思う。

―――ジュリアス



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数週間のやり取り割愛
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執務室の扉が元気よく叩かれる音がする。
「ジュリアス様、こんにちは」

声を聞く前に、ジュリアスにはそれがアンジェリークであると判る。
あんなふうに元気に扉を叩くものは他にはいないのだ。
彼女は毎日こうして、光の守護聖の執務室を訪れている。
それは、もともと、あまりに頼りない彼女の為にはじめた学習ノートのやり取りのためであった。
だが今、ジュリアスは本来の目的以外の理由によって、執務室へ訪れてくれる事や、彼女がノートに書く他愛もない文章を楽しみにしている自分に気付く。
「アンジェリークか。そなたは女王候補らしくなったな
私にはそう感じる」
アンジェリークは元気良く応じる。
「それは、ジュリアス様のおかげです!
だって、ご自分の執務の合間をぬって、こうして私を指導して下さるんですもの」
そう言って、ノートを差し出した。

始めの頃は、正直ノートを手渡しに、もしくは受け取りにジュリアスの執務室を訪れるのが怖かった。なぜなら、問題が良く解けなかったときなどきまってお叱りがあったのだから。

けれど、それも自分を思ってくれるが故の厳しさと気付いたのは。
いつも厳しく真っ直ぐ向けられる蒼穹の瞳が時折やさしさを帯びている事に気付いたのは。
その瞳が向けられる度、鼓動が早くなっている事に気付いたのは。
――いったい、いつ頃だったろう?

「アンジェリーク?どうかしたのか?」
自分を見つめたまま、ぼっとしていたアンジェリークに尋ねるジュリアス。
アンジェリークは我に返り
「あ、なんでもないんですっ、し、失礼します」
ぺこり、頭を下げると扉へ向かう。
が、思い出したように足を止めるとぱたぱたともう一度こちらの方へ駆けて来る。
「あ、あの、昨日作ったんです。よろしかったら、召し上がって下さいっ!
いつものお礼ですっ!」
もう一度、ぺこりと頭を下げると、アンジェリークは猛然と執務室から走り去ってしまう。
その愛らしさに、ひとり、笑みを零すジュリアスであった……



                                               
アンジェリークへ
少し問題が難しかったろうか。
幾つか勘違いしている部分もあるようだ。
もう一度詳しく書いて置くので良く復習するように。
質問に関してだが……
(中略)
最後になったがそなたの作ったフルーツケーキは美味しく頂いた。
礼を言う。
ただ、そなたも忙しかろう。あまり、無理をしないように。
そなたのその、気持ちだけで十分だ。
あ、いや、責めているわけでは、ない。本当に、美味しかった。

今度の日の曜日、そなたは時間があるだろうか?
ケーキの礼と、努力している褒美を兼ねて、そなたを連れて行きたい場所がある。
良い返事を、待っている。

―――ジュリアス


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