寒さで、目がさめた。
既に彼女は隣にいなかった。
今ここに彼女がいたのなら。
この想いをきたる別れへの未練ではなく、何かの始まりにできたのかもしれないと思ったが。
―― それこそ、未練か。
俺が眠る間にこの部屋を去った彼女は。
きっとあっさりとそれを断ち切ったのだろうに。
互いの気持ちの最たるものが寂しさだったとしても。
肌を合わせてしまえば湧き上がる情がある。
腕の中にまだ。
生々しく残る柔らかな感触。
絡めあった指と躯と脚と。
吐息のたびに、上下する白い乳房。
結局、夕べの出来事は。
自分の気持ちをいっそうわかりにくくしただけだったのか。
窓を開ける。
吐く息が、白かった。
曇った空。この次に降るのは、きっと雨ではなく霙だろう。
もう、冬なのだ。
支度をして、宿を引き払う。
行き先は決まっていなかったが、かまわない。
今までだって、そういうことは何度もあった。
だから、行き先が決まらないから旅発たないなどというのは、ただの自分への言い訳に過ぎなかったのだ。
駅に向かい歩く途中。
思ったとおり白いものが舞いはじめる。
―― 次は、緑あふれる春の季節の場所を訪れようか。
そう思った。
冬は嫌いではないが、今、雪を美しいと眺める気にはきっとならない。
しばらく歩いて、やはり煉瓦造りのこ奇麗な駅が見えて来る。
街の大きさの割に規模は小さい。
朝まだ早い時間だ、人影は、少なかった。
その中のひとり。
駅前広場に立つ、傘を差した人影がこちらを振り向く。
傘に積もったわずかな雪が、さらりと零れた。
「―― ディア」
彼女はうつむいた。けれどそのれは、愁いからではなく恥じらいのように見えた。
再び視線を上げて、今度は微笑む。
傘を差し出し、言った。
「貴方は、傘をお持ちではないの?再会した日も、濡れてらしたわ」
俺は言葉を返せずに、彼女をみつめた。
彼女の手が、優しく俺の額にかかる髪の雫を拭う。
俺はようやく、口を開く。
「何故」
ここにいるのか。
断ち切って、去ったのではなかったのか。
俺を待っていた?
まさか。
それは、ただの俺の願望だ。
「昨夜のことを、過ちだったと思っていらして?」
それは。
わからない。
だから。
「君への想いが、懐かしさなのか、寂しさなのか。それとも違う感情なのかがわからずにいる」
正直にそう言った。
「私だって、この気持ちがただの懐かしさなのか、寂しさなのかわからない。でも、あなたと離れたくないと思っているのも本当なのですよ。朝一番の電車を待つ間、それに気付いてしまったの」
でも、と彼女は続けた。
「貴方がそうお思いではないのなら、仕方ありませんわよね」
手にもった傘を、俺に押し付けるようにすると、彼女は踵を返しその場を去ろうとした。
体が、勝手に動いていた。
彼女の手をつかみ、引き寄せて強く抱きしめる。
傘が石畳の上に落ちて転がり、半円を描いて止まった。
そして、静かに舞い落ちる白い破片。
言葉の意味などに囚われる必要はなかったのだと気付く。
抱きしめた温もりを、幸せに感じて。
手放したくないと思うのなら。
それは。
懐かしさでもあり、寂しさでもあり、そして愛おしさでもある。
「俺も君を。このまま離したくないと、思っている」
秋愁の季節は去り、冬が来て。
けれどもこの温もりがあれば。
きっと、春はさほど遠くない。
―― 了
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