鵺の啼く夜〜夜話三集〜

第2夜 ――――予感


 

森の湖

月のない静かな夜

すぐそこまで来ている別れの時

しかし、想い出はただ、懐かしく時折飛来するのみ。

すべてのしがらみより出でて

ただ、どうか幸せであれと…

 

 

 

その筈であったのに

ふとこの場に現れた金の髪の女王候補

なぜ、この少女は忘れていた痛みを、切なさを思い出させるのだろう?

そう、まるで、ゆさぶり、叩き起こすように。

 

この想いはかつて愛したひとへの想いだろうか?

それとも――――――?

 

 

 

聖地の夜。

危険はないとはいっても普通人の出歩く時間帯ではない。しかも、女王候補である17歳の少女が、である。

「………・・」

なにをしている、とさえ聞かずにクラヴィスは黙って少女をみやった。

しかし、その沈黙の中に疑問の微粒子を感じ取ったのか、はたまた自分でもとんでもない時間帯の外出である

自覚があったのか、アンジェリークは屈託の無い笑顔で言う。

「こんばんは、クラヴィス様。明日はお休みだし、少しは夜更かしもいいかと思って。今夜は、なんかとても美しい

夜だと思いませんか?だから、クラヴィス様もお散歩しているんですよね。」

やさしい夜風が通り過ぎ、彼女の金の髪を微かに揺らした。

ふっ、と、つまらなそうに笑うとクラヴィスは言う。

「美しい夜か…。今宵は月もない夜というのに…。私はただ、闇に誘われたまで…。」

首をかしげ、少し考えてからアンジェリークは再び口を開いた。

「でも、ほら、月がないぶん、あんなに星がはっきりと見えるじゃないですか。」

それに、と楽しいことを思い付いたように笑い続ける。

「お月様はあるんですよ。あそこに。」

空の一点を指差す。

「ただ、見えないだけ。見えないから、無いって言ってしまうのはちょっと、可哀相。太陽に背を向けて、きっと、

今は拗ねているだけなんです。うふ。明日になったら、機嫌を直して、出てきてくれますよ。きっと…。」

「そうか…」

口の端を幽かに上げるだけの笑み。たったそれだけの反応に、それでも

「はいっ!そうです!」

とうれしそうに答えると、また、零れるように笑った。

この方も、こうやって笑うことがあるんだ…

そう少女は思っていた。そして、その笑顔をとても嬉しく感じたのである。

その笑顔に思わずクラヴィスの心が疼く。

―――月などなくとも、おまえは十分にこの闇を照らすのだな…。

そう思いながら、アンジェリークにつられて

ふっ、と、もういちど、しかしさっきより少しだけ、楽しげに笑う。

「…今日は、もう晩い。…寮まで送ろう。ゆっくり、やすめ…。」

「はい…。」

頷く少女の、少し残念そうな表情に気づいてか、気づかないでか、クラヴィスは言った。

「明日は…用事があるか?なければ…」

その言葉が終わらぬうちにアンジェリークが答える。

「何もありません!一緒に、またここへ来ませんか?」

何故かわからない。でも、このひとと、もう少し話がしてみたい。少女はそう思っていた。

 

森の中をふたり寄り沿い歩きながら

このひとは、鋭く細い月のよう。

アンジェリークは思った。

闇に鋭く冴えて

心に突き刺さるような冷たさを持ちながら、じつは見えないところに円かなる真の姿を持つ細い月に。

しかし、

「…どうか…したのか?」

と聞かれ、少女は

「クラヴィス様は月に似ていると…そう思っただけです。」

とだけ答えた。

少し眉を顰めたクラヴィスが、内心

『太陽に背を向けて、きっと、今は拗ねているだけ』と思われているのだろうか?

などと、考えているとは、知るよしもなかった。

 

 

 

並んで歩く夜の道

傍らにいるひとのぬくもりは

触れることなくとも

なぜか

伝わるようで

そのせいかどうか

この静かな月のない夜は

とてもおだやかで、やさしい夜だった。

 

屈託無く笑う傍らの少女に

何故こんなにも心が疼くのか?

 

それとわからぬほど微かに笑む傍らのひとに

何故こんなに心が疼くのかしら?

 

それは、予感

 

そう、来るべき未来への。

けれどまだふたりはお互いの想いに気づかない。

そして、その想いはまだ

恋でさえないのだ。

 

運命がふたつの道を沿わせるまでには、もうしばらく時間が必要なのである。

幾多もの哀しみの果てに

ふたりはきっとかけがえのないものを互いのうちにみいだすはず…

 

whoooo――――

 

近くの森で鵺がせつなく啼いた。

 

 

第三夜―――そして、未来の物語

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