鵺の啼く夜〜夜話三集〜

第3夜 ――――そして、未来の物語


 

 

月のない夜、飛来する想い出は、ふたりの出逢いの時。

切なく、どこか哀しく、でも甘やかに。

様々な想いと記憶を

その静かな闇の中に滲ませて…

 

 

 

 

 

「何を、考えているの?」

隣で、眠っていたと思っていたアンジェリークが、そっと囁く

「べつに…ただ…置いて行く想い出が、たくさんあるな。と…。」

しばらくの沈黙のあと

「髪、ずいぶん伸びたわね。」

そう言って長い髪に触れる。

ふたりが共に生きることを決めたとき、一度は背中まで切り揃えられた髪。

再び長いときが流れ、髪は出逢ったころの長さに、そして少女は大人になった。

そして、今日は聖地最後の夜。

明日、聖地を去るクラヴィスと共にもちろんアンジェリークもついて行く。

補佐官の役職の辞任に関しても、当然のことと、聖地の仲間たちは快く応じてくれた。

彼らと過ごした長い年月。

――――幼いころからここで過ごしたクラヴィスなら、なおのこと

たしかに、この地には想い出が多すぎる。

そして、たとえ、悲しい想い出でさえも今は懐かしく思えるのだ―――

 

でもそれは

幸せな、証拠ね。

 

と、ひとり微笑むとアンジェリークは言った。

「置いていかなくても、いいじゃないですか。一緒に、ゆきましょう?」

 

想い出もなにもかも共にいだいてゆけばいい。

 

昔、その言葉をはじめに言ったのはクラヴィスの方であった。

「そうか…。」

それを思い出したかどうか、クラヴィスはやさしく微笑むとそっとアンジェリークを抱き寄せた。

アンジェリークもその温かく広い胸に頬を寄せる。

 

こうして、ふと夜目覚めたとき、このひとの胸に体を寄せるのがとてもすき。

 

そう、思いながら。

こうすると、このひとの内側に流れる生命の音を感じる。

くりかえし、くりかえし

脈打つ鼓動は

今、自分達がここに在る証

 

「愛している…」

クラヴィスはそっと耳元に囁く。

 

自分を、闇のなかから救い出す手を差し伸べた訳でなく

闇の中を共に光に向かい歩くことを選んでくれたひと

わたしもよ、と、森の緑をうつし込んだ瞳で応えるひと

 

そのひとの唇にやさしく唇を重ねた。

これからも、ずっと、共にあるように、願いながら。

 

 

 

これは、未来の物語

共に歩き、そしてこれからも共にある、ふたりの未来の物語。

これから先も

幾つもの夜を

幾つもの昼を

くりかえし、くりかえし…

 

いつか

めぐる星々のことわりのままに

どこまでもすきとおった

果てしない闇にいだかれる

その時まで…

 

 

 

唇を重ね

瞳を重ね

そしてまた唇を重ねる。

ふれあう肌から、つたわる体温と

しずかに切なくこぼれる吐息。

体をなぞる陶器の如く繊細な指はいつしか白い肌を薄紅に染めて

黒髪が乱れ流れる広い背にまわされる細い腕。

うっとりと閉じられた瞼にかかる金の髪をかきやりながら

ふたたび囁く。

あいしている…

と。

 

whoooo――――

 

遠くの森で今日も鵺がやさしく啼いた。

 

―――――fin.

 

 

 

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