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月の光のもとで、私は大きな扉の前に立ち、
扉の向こうにいる、あなたに呼びかけました。
「こんな時間に申し訳ありません。
ですが、どうしてもあなたに伝えたい事があるのです。」
宮殿の奥深く。
女王しか入れない、女王の為の私室。
扉は、女王を守る盾。
女王以外の全てを遮断する盾。
そこに近づくことすら許されないのに、
私がこれからしようとしているのは・・・。
最大の禁忌。
分かっていても、私は私を止められない・・・。
暫くして、私の声にこたえるように、
扉の向こうで人の動く気配がする。
あなたが私の傍にいる。
それだけで胸が高鳴る。
「守護聖拝命の日。私は幾年ぶりかにあなたに会いました。
あなたを見た瞬間・・・私の中でずっとせき止めていた想いが、
一気に溢れ出したのです。」
謁見の間で、微笑んだあなたの顔を思い出す。
あの笑顔は守護聖である私に向けたもの。
けれど、私は自惚れたい。
あなたの瞳の奥に、私と同じ愛しさが宿っていたと、自惚れたい。
「ずっと愛していました。あなたの事を・・・。」
扉の向こうで、あなたが私の名を呼びました。
言ってはいけないと咎めるような。
言って欲しいと願うような。
そんな声で、私の名前を呼ぶあなた。
「想いを口に出したくても、時は意地悪で、
私はあなたの隣にずっといる事はできないから、
この想いを諦めていました。
ずっと・・・胸に秘めていました。」
女王試験の時も。
レヴィアスと戦った時も。
アルカディアの危機の時も。
もしも、想いが通じても、
離れ離れになる運命。
互いに背負う使命。
運命と使命からは、逃げられない。
「けれど・・・
私はまたあなたの前にいる。」
私の使命が無くなったわけではないけれど、
あなたととても近い使命を負い、
その使命は、あなたの傍にいても良いと言う。
なら・・・もう、諦めない。
「あなたはこんなにも近くにいる。
私の想いを受け入れてくれませんか?」
扉の向こうで、あなたの息遣いが聞こえる。
耳に聞こえるのではなく、
心に響く息遣い。
同じリズムで呼吸するあなたを思い浮かべる。
その呼吸の乱れは、きっと私と同じ想いだからです。
「私とあなたの距離はあと、扉一枚なのです。」
私にここを開ける権利は無いから。
決めるのは、至高の存在であるあなただから。
私はこれ以上あなたに近づけないから。
「どうか、扉を開けてくれませんか?
月明かりのもとであなたに会いたいのです。」
扉に何かが触れる音がする。
ドアノブに手が伸ばされた音。
恐れや、戸惑い。
きっとそんな感情があなたの中に渦巻いている。
そんなあなたの感情を慰めたくて、癒したくて、
私は言葉を続けます。
「どうか、扉を開けてくれませんか?
アンジェリーク。私はあなたの事を愛しています。」
カチャリ。
扉が開く音がする。
月明かりの元で見るあなたは、
栗色の髪の愛らしい少女は、
私が見たあなたの中で一番美しかった。
私は目を細めて、あなたの姿を目に焼き付けた。
あなたの腕をそっと掴み、引寄せて、胸に閉じ込める。
「月の光のもとでだけは、
女王も、守護聖も関係ないと・・・決めませんか?」
あなたは小さく頷いて、私の背に腕を回す。
互いに微笑んで、くちづけて。
そして、
月の光を背に浴びて、
私たちは扉を閉めた。
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