家の明かり
(3)〜地に光るもの〜
アンジェリークが姿を消したのは、来週の始めにでも試験が終ろうかという、土の曜日のことである。
エリューシオンとフェリシア、供にあと一度一番望まれているサクリアを注げば中央の大陸に達する。 「いったいどういうことなのだ?」 内心はともかく、いつもの冷静な態度を崩さずジュリアスが王立研究員のパスハに尋ねる。 「それが、女王候補が大陸に降りたまま、遊星盤のみ戻ってきてしまったのです。いや、女王候補自らの手で、戻された、と言った方がいいかもしれません。いま、手を尽くして捜索していますが、未だ情報がつかめません」 「事故かなにかの可能性は?彼女の身は無事なのか?」 声が微かに震えている。 「いまは、まだ、なんとも……」 「……このこと、まだ他の守護聖達には内密にせよ。引き続き捜索を続けよ」 ジュリアスの言葉にパスハは無言で一礼すると、自分の部署へと戻って行った。 アンジェリーク! 何故、いったい、どこへ……。 「……あいかわらず……だな」 溜息ともきこえるような話し方、ジュリアスは、こんな話し方をする人間を一人しか知らない。 「何しにここへ来た。クラヴィス。まだ、連絡は行っていない筈だが」 冷静を装い言う。 「べつに。ただ、私は水晶球に導かれたまで……」 ふ、と、いつもの自嘲を含んだ笑いをうかべる。 「レクーサの岬へゆけ」 「なに?」 「金の髪の女王候補は、そこにいる」 「クラヴィス、そなた?」 何か言おうとするジュリアスの言葉を遮り闇の守護聖は続ける。 「必ず……おまえ自身で行け……あれの運命は、まだ定まってはおらぬ。まだ、な」 それだけ言うとくるりときびすを返し衣擦れの音を残し、その場を立ち去ろうとする。 「クラヴィス!」 再びかけられるジュリアスの声に、クラヴィスは振り向かず言う。 「……おまえに咎はない。あの時すでに我々の運命は決まっていた……」 しばしの沈黙。 「礼を言う。クラヴィス」 そしてジュリアスはそれだけ言うと大陸へ降りる次元通路のある間へと向かって行った。 ふっ、と、今度は本当の笑みをもらし彼はつぶやく。 「おまえのためなどでない。幸せでない女王など見たくはないだけだ……まあ、おまえには餞別、といったところか……」 『餞別』そう言った彼の言葉は、しかしジュリアスには既にとどかなかった。 ◇◆◇◆◇ エリューシオンは夜だった。季節は冬なのだろうか、乾燥した空気の風が、身を切るように痛い。ふと、ジュリアスは空を仰ぎ、目に入るその光景に驚きを隠せない。 冴え冴えと澄んだ夜空に輝く星々は、今迄見たどんな風景より美しく思える。 葉の落ちた木々の枝の間から、からから音をたてて落ちて来そうな銀の光の粒達。そして、目を奪われると同時に胸に訪れる締め付けるような痛み。 これが、そなたの言っていた ―――深い感情の疼き――― まるで、アンジェリーク、そなたを想い眠れぬ夜の心の痛みにも似ている……。 そう思った時、少し離れた所に、穏やかに光る光を見たような気がした。 まるで、あのとき少女が指差した家のあかりのように。 しかしそれは一瞬のこと。 次の瞬間には、それが月明かりに浮かび上がる少女の金の髪とわかりジュリアスは駆け寄る。 「アンジェリーク!」 叫ぶが早いか、ジュリアスは少女のその細く、冷え切った体を抱きしめた。 「ジュリアス様……」 突然の事になかなか言葉がでない。 研究員の人が探しに来るかもしれない、とは思っていた。 しかし守護聖が、しかも光の守護聖が来るとは思っていなかったのである。 そのうえ、こうして、きつく抱きしめられるとは。 次第に、互いに冷えていたからだがすこしずつ、温もりに満ちてくる。 「もしも、女王になったら、この星空を見れなくなってしまうと思って……」 聖地に、四季はない。 ごめんなさい。とあやまる少女の言葉を遮りジュリアスが言う。 「女王になど、なってくれるな……」 あふれ出る想いを押し殺しきれずかすれる声で囁く。 アンジェリークの目が見開かれた。 いま、この人は何といったのかしら? この言葉の、ほんとうの意味は…… 「ジュリアス様……?」 顔を上げジュリアスを見る。 「そなたを、愛している。許されぬこととずっと想いを打ち消してしてきた。 だが、それも、もうおしまいだ。 そなたが行方知れずと知ったとき、私がどれだけそなたを必要としているか思い知らされた。もう、そなたを失うことはできない……決して……」 いつも冷静沈着な光の守護聖の言葉とも思えぬ情熱的なささやきにアンジェリークの瞳は喜びで潤んだ。 そして小さく囁く。 「わたしも、ずっと、ジュリアス様のことを、お慕い申し上げていました。 だから、せめて、ご期待に背かぬよう立派な女王候補に……」 でも、もう、その必要はないのですね? この、ぬくもりに抱かれて、あなたと共に。 そう、瞳で語り掛ける。 聖地の緑をうつし込んだような瞳を蒼穹の瞳が捕らえる。 もう、そらせない。 そして、 くちびるが重なる。 何度も、何度も、重なり合う。 甘やかに、そしてしだいに深く、激しく。 触れる唇と だきしめる腕が 互いの体温と想いを伝えあった。 ようやくみつけた。 ジュリアスは思う。 寒い、冬の帰り道、遠くにみつけほっとする、帰るべき家の明かりのような、そんなひとを。 そして再び囁く。 おまえを、愛している おまえのいない、この宇宙なら、私は、いらない。 ◇◆◇◆◇ 「どうか、なさいましたか?」 こころなしか、いつもより楽しそうに見える闇の守護聖に、リュミエールはハープの演奏を止めて尋ねる。 「いや、なにも……」 とだけ答え、クラヴィスは静かな夜の闇へ目をうつす。 ―――この宇宙で私達は供に――― 遠い言葉がよみがえる。 ……アンジェリーク…… 目を閉じ小さくつぶやく。 「もう一曲、弾いてはくれぬか。……そう、女王候補の未来と、宇宙のために」 「はい」 やわらかな調べが、再び流れ出した。 ◇◆◇◆◇ ◇ 「( ◇ 「家の明かり」目次へ ◇ ◇ 「彩雲の本棚」へ ◇ |