家の明かり

(2)〜遠い記憶〜


私室に戻ったジュリアスは、眠ることができなかった。
始めは、頼りない女王候補だと思っていた。こんな調子で、本当に大陸を育成できるのかと。
試験とはいえ、命あるものを導くのだ、その使命は大きい。
自然と彼女に対する態度も厳しくなった。
何度となく、厳しい言葉を投げかけた。
しかし守護聖たちでさえ、しばし恐れる光の守護聖の注意や叱責にも彼女は決してくじけずに、毅然としてそれを受け、自分のものとし、いつのまにか非の打ち所の無い女王候補となっていた。
同時に、ジュリアスの想いも不安から有望な女王候補に対する期待へ、そして。
そして、もっと別の感情へと変わって行ったのである。
彼女こそ、女王にふさわしい。それは解っている。頭では。
ただ、心がそれを受け入れてはくれなかった。

屈託なく笑う笑顔。
彼を呼ぶ声。
太陽に愛撫され光の守護聖である自分でさえ眩しいと感じるほど煌く髪と、聖地の緑を写し込んだような瞳の輝き。
その全てを自分のものにしてしまいたかった。

その想いを押し殺すようにただただ守護聖として接してきた。
そして、ついに矢も楯もたまらず連れ出した遠乗り。
腕に少女のぬくもりを感じながら、このまま、全てを捨ててでも、どこかへ連れ去りたい衝動に幾度駆られたことか。
掻き抱いて、 愛しているといって、 その唇にくちずけることができたなら。
そう出来るはずがないとわかっていながら、それでも。
―― 今、これほどまでに、再びおまえに逢いたいと思っている。

幼い時からひとり、首座の守護聖として生きてきた。
自分を孤高と言った人もある。
ただ、それは当然のことであり、それによって彼の価値観が変わる事などありはしなかった。
そう、アンジェリークに出会うまでは。
寒い夜に遠くに見える明かりが好きだといった少女。
今のジュリアスにとって、彼女こそ、その温かい明かりに思える。

もし、私が守護聖でなく、彼女が女王候補でなかったなら。
そう考える自分にぎくりとする。
心の奥で声がする。
――本当に、それが、それだけが理由か?
心が、激しく痛んだ。

――我等は女王の両翼を支えるべき、光と闇の守護聖

かつて、遠いむかし自分の同僚に言った言葉。
そしてその結果、結ばれることのなかった恋人たち。
じわりと、痛みが広がった。
私は、間違った事などしていない。後悔もだ。
――ならば、当然アンジェリークは女王となるな? 彼の中の誰かが、彼自身に問い掛ける。

もちろん、彼女こそ。彼女こそ、女王にふさわしい……

強く握り締めた拳から、自らの爪で傷つけた傷口の血が、まるで涙のように滴り床を赤く染めた。

窓の外はそれでも、美しい星々の輝く夜だった。


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