星に願いを

4.和解



◇◆◇◆◇

その日の昼寝は階段裏ではなく、宮殿のいくつかある中庭の長椅子で昼寝をしていた。ここなら、何かがあってもすぐ見つけることができるだろう。

さらさらと、噴水の音がして、階段裏ほどじゃねえが、なかなかいい場所だと思っている。
昼の休憩時間が終わり暫く過ぎた頃だろうか。まぶたの上に燦燦と降っていた光がいきなりさえぎられたのがわかった。
目を開けると、困ったような顔をした水の守護聖がそこにいて、俺を覗き込んでいた。

「なンか、用かよ」
「い、いえ。起すつもりではなかったのですが」
ということは、俺に説教するのはあきらめたということなのか。まあ、どうでもいいことだと思いまた目を閉じようとする。
と、奴が聞いてきた。
「いつもの場所から変えたのは ―― 何かが起こってもすぐ見つけられるように、ですか?」
そのとおりなんだが、面と向かって、しかも嬉しそうに言われるとそうだとは言えなくなった。
ましてや、昼寝してサボっているのは変わらないのだ。
「たまたまだ」
「そう、ですか …… 」
本当は、何か話したいことがあったのかもしれない。だが、これ以上の交流をあきらめたらしく彼は会釈して踵を返す。
ほんのりとしょげて、濡れた犬っころのような風情の背中に俺は思わず声を掛けてしまった。

「なあ、おまえ」

声を掛けた瞬間後悔していた。だが、引き止めてしまった以上仕方が無い。
無粋は承知で先日のエンジュから聞いた話を確認してみる。あんな風に意味深に言われてはかえって気になるというものだ。

俺の質問を聞き終えると、奴はどんな表情をすればいいのかすら迷っているようだった。そしておずおずとこう言った。
「ええと、概要は確かにその通りですが、なにか勘違いをしているようにも …… 思えます」
「そうなのか? まあ、いいか。何がどうだって、俺にはカンケーねえことだしな」
エンジュのいうとおりなのだ。生い立ちを知るか知らないかで変わる何かなんざ、クソくらえだ。
ただ。

「弟のこと、心配か」

こう言ってしまったのは、たぶん俺自身が。
生き別れになったままの妹が今、幸せでいるかどうかを気にしていたからなのだろうと思う。
言った俺に、奴は頷きかけてそして首を振った。
「あの子は、私を見送るときに泣きました。でも、泣きながらも決して、『行かないで』とは言わなかったんです」
「……」
「あの子は私が去った後の、己のすべきことをきちんと理解していた。だからこそ、私が後ろ髪引かれずに在れるよう、引き止めることはせずに、泣きながら ―― 行ってらっしゃい、と」
「そう、か」
「はい。だから、きっと僕は振り返ってはいけない。故国の事が気にならないと言ったら嘘になる。でも、それでも。僕 ―― 私は、弟や故国にいる人たちを信じ、己のできることをやっていくだけなのだろうと」

奴はそこまで言って、あとは黙った。
俺に俺なりの想いがあるように。それぞれに抱える想いがあるのだと、エンジュはそう言っていた。
その想いの一端を、今この歳若い水の守護聖に垣間見た気がした。
俺の中のにわだかまる物を、別に誰かに理解してほしいとは思っていないのと同じように、こいつもまた、その迷いや決意を他人にどうこう言われたいわけではないのだろう。
これ以上近づくことのない平行線の道の上に立ちながら、それでも何故か、これまでよりもこの同僚のことが見えてきたような気になったのだ。
荒々しく猛るようなものではない、迷いや躊躇いの中にそれでもある、こういう強さの在り方も、あるのだろう、と。

奴はそうしてしばらくは黙っていたが、何か決心をしたらしくこう言った。
「せっかくの機会です。少しお話してもよろしいですか?」
慇懃な態度をとられて邪険にするわけにも行かない。俺はベンチから起き上がり、奴の方を向いた。
「べつにかまわねえけどよ。また、説教かよ?」
彼は苦笑して首を振った。
「先日、あちらの宇宙に教えを請いに伺いました。この間のあなたとの口論のあと、色々考えてみましたが、どうしても答えが見えなかったのです」
「 ―― 答え? お前も何か引っかかることがあったのか」
奴は真剣な顔で頷いた。
「へぇ? いつも正論ぶちまけてる気がしてたが? お前、自分が間違ってるって思ったことねえンじゃねえのか」
わざと意地悪く揶揄すると、奴は煽られて怒ったりせず、馬鹿真面目に答えを返してくる。
少し肩透かしを食らった気もするが、それが奴らしさ、なんだろうと、そう思うことにした。
「まさか。いつだって、不安です。何が正しいかなんてわからない。ただこれまで、不安がっている態度をとってはいけない状況にあっただけで。 そして、こちらに。聖地に来てからも、すべてが空回りしているようで ―― 辛かった」
「……そうか、よ。で、向こうにお伺いたてたって、ダレによ。っていうか、それで何か答え教えてもらったのか」
そんな、簡単なことではないのだろう。俺だって結局未だ答えは見えないのだ。
「あなたと話し合ってみろと、そう諭されました。あなたは『己が知っている』ことを知らないだけなのだと。そして私は反対に、『己が知らない』ということを知っているのだと」
エンジュにも確か同じことを言われなかったか。だが。
「…… わけ、わかんねぇよ、それ」
奴も苦笑した。
「私もはっきりとは、わかりません。ただ『己が知らない』ことを『知らない』よりは幾分ましだろうというくらいしか」
そういえば、ダレに伺いを立てたのかの返事が無いことに気づいた。ただ、どうせ向こうのご立派な光の守護聖サマあたりだろうと推測をつけ、俺はそれ以上は追及しなかった。
「俺は、何を知っているって言うんだ」
「サクリアとは何であるか。そして、守護聖とは、どうあるべきかを」
奴の言葉に、俺はのけぞりそうになった。
「おいおい、そんなこと、俺が知っているわけ ―― 」
その時、エンジュの言葉がよみがえる。

『卑屈と傲慢なんて、何私に語らせてるんですか。レオナード様の管轄ですよ』

「レオナード? 大丈夫ですか?」
いきなり黙った俺を、奴が心配そうに呼んだ。
「いや、大丈夫だ。…… 答えかどうか、俺は知らねぇ。ただ、俺はこう思う。例えば、だ。民が苦しんでいると、するだろう?」
真摯に頷き返す奴を横目に見て、俺は続ける。
「そういうときはな、大体何かのせいにしたくなるんだ。人間って奴はさ。世の中が悪ぃ、政治が悪ぃ。女王陛下が悪ぃ、神様が悪ぃ。
ってな。
何かのせいにすりゃあ、そりゃ少しは気が楽になるかもしれないが、それじゃなんの解決にもならねぇと、そう思うわけよ。
結局かわんなきゃならねえのは、自分自身じゃねえのか、ってな。そう、自分自身なんだよ。自分を助けンのはさ。赤ン坊相手にするみたいに何でも助けっちまうのはこっちの傲慢だろ? で、民が何でも頼るようになったらそりゃ、奴らの卑屈じゃねぇかよ。だから、そこにどうサクリアっつうもんが関わるのかが、さっぱりわからねぇわけよ。
これが、俺の手ごまだ。それ以上は何もわかんねぇさ」
わかんねぇ。そういいながら、だが、何かに手が届きそうだった。まるでくしゃみが出そうで出ない時のようだ。
一方ティムカの奴は、目を見開いて何かを考えていた。猛烈に頭ン中で考えてる、そんな感じだ。
俺も出ないくしゃみを出そうとぐるぐると考えを巡らしていたが、唐突に奴が叫んだ。
「あぁ! レオナード、そうなんですよ、なんだ、もっと、貴方と早く話をしていればよかった! すみません、ちょっと貴方が苦手だったものですからじっくり話すことがなくて」
なんとも嬉しそうな表情をしている。しかも『苦手だった』などとそんなに正直に言われると、どう反応していいかわからなくなる。
「おい、俺にわかるように言えや」
「あなたの、目覚めの力です。貴方は言った、自分を助けるのは自分自身だと。でもその力こそが、貴方の司る力なのではないでしょうか。光のサクリアこそが、自分自身をその先へ導く力を生む。別の言葉で言うなら ―― 」

「誇り、か」

霧が晴れていくようだった。俺の頑固なくしゃみはとうとう出てきたのだ。
「私は今まで違う層の考え方しかできなかったんです。そう、きっとそうだ。だから、一生懸命になればなるほど齟齬が生まれた」
「層? 価値観、とかそういうのじゃねえのか」
「違います。きっと価値観は同じなのです。だから、層、です。私はあまりに国だとか、政治だとか、そういう層で物事を見がちでした。あなたと話して、ようやく気づきました。御礼を言わなければいけないのかもしれません」
言いながら、今まで散々坊やだのガキだの言われたことを思い出したらしい。ちょっと不満そうな顔をしている。
「そんな嫌そうな顔で礼って言われてもなア。俺はな、今でも正直お前のことが気にくわねぇ。こまっしゃくれたガキだと、思ってるよ」
奴は目を丸くしてから、少しだけ楽しそうに笑った。
「そうはっきりと言われると、いっそすがすがしいです」
「だからよ、それはお前の育ちがどうだとか、そういうこととは関係ねぇんだな」
「はい?」
「いや、なんでもねぇよ。俺もお前に礼を言っとくさ。あとは、エンジュにも言っとくわ。奴にも実は世話ンなった」
「私からもよろしくお伝えください。聖天使なら、今日視察先から戻ると聞いています。きっと、夜には貴方の館のある丘の中腹あたりで流れ星に ―― 」
奴が途中で言葉を止めた。俺の表情に気づいたからだろう。
「レオナード?」
「…… お前、何で知ってンだ、あの姫さんが流れ星に何かを祈ってるのをよ。まさか何を祈ってるのかも知ってるのか」
自分でも少々大人気ない剣幕だったとは思う。
奴は驚いたように二回ほど目をしばたいた。だが、その次ににこりと屈託のない笑顔を向ける。その笑顔が何だかわざとらしいと思ったのは、俺の穿ちすぎか?
「私の口から言うのもなんですが、彼女も私の生い立ちの一部を貴方に話したようなのでおあいこですよね。
エンジュは今でこそああして元気でいますが小さい頃は体が弱かったそうです。命に関わる大きな手術の前に、流れ星に祈ったそうですよ。どうか、元気になって外をかけまわれるようになれますように、とね。その願いがかなったなら、自分は大きくなったら多くの人のためになることをするのだと、決めていたのだそうです。そしてその願いは叶った。いや、正確には流れ星に祈ることで、彼女自身の生きようとする力が生まれた、ということなのでしょうけれど。
ともかく、だから今でも彼女は流れ星に祈りを捧げるんですよ。祈って誰かが救えると思っているわけではなく、あれは彼女の決意の証なんです」
「だから、なんでお前がそんな話知ってンだよ。ずいぶん詳しいじゃねぇかよ。あいつが自分で話したのか?」
奴は落ち着きをはらって、やはり、にこりと笑う。もしかして、こいつを素直で大人しいと思っていたのは俺の完全な見込み違いだったのじゃあないのか。ずいぶん腹芸が得意そうじゃねぇか。
「さあ? どうでしょう。気になるなら、ご当人にお聞きになったらいかがですか」
「気になんか、ならねぇよ」
嘘だ。何をガキのようなことを俺は言っているのか。
「そうですか」
さらりと奴は流し、会話は終わる。
もう、これから昼寝をする気分にもならなかった。俺は素直に執務室に戻ることを決める。
それにしても。
「お前、国だあ、政治だあ、普通十六のガキが言う台詞じゃねぇな。腹芸も得意そうだし、生徒会長が不正解なら、政治家か」
面白くもないことを言い捨てて、その場から去ろうとした俺の背を後から追うように、水の守護聖のこころもち楽しそうな声が聞こえた。

「レオナード。なかなか、いい勘をしていらっしゃいます」

何のことだ、そう思って俺は振り返った。だがその時既に、同僚の水の守護聖もまた背を向けて、その場を去っていくところだった。

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■ひとりごと
ユーイとジュリアスのゲーム上での相性がいい、いうネタを元に創作を書いたことがありますが、実はレオとティムも仲悪いけど相性がすっごいいいのですよ。
ウチのサイトで、レオとティムカの友情ものがちらほら存在するのは、そういう理由。
一回理解しあえれば仲良くなるんじゃないかな、と。
仲良くっていっても、べたべたした仲のよさではないけれど。
反面、神鳥のジュリとクラの関係のようには、レオとフラは書き辛いのも事実…。