星に願いを

2.(いさか)



その日、俺はいつものように宮殿階段裏で昼寝をしていた。
溜まってた仕事は昨日一気に片付けたから、再び溜まるまで当分の間ゆっくりできるはずだった。仕事を溜めるなと小言を言う奴がいないこともなかったが、俺は今の方法が効率いいと思っているから、それを変える気もない。
まあ、ともかくその時俺は昼寝をしていて、けれども周囲が少し騒がしいことにはなんとなく気付いていた。気付いてたんだが、その騒ぎが行方知れずの首座の守護聖を探す騒ぎだと言うことまでは知らずにいたのだ。それが、どうやらヤバかったらしい。

「やっぱりここにいた! レオナード様っ! さっさと会議室へ出頭してください!」
「んあ?」

半分寝ぼけた状態で見上げると、そこには仁王立ちで腰に手を当て、射るような瞳でこちらを睨んでいるエンジュの姿があった。
「んあ、じゃありません! さっきから皆さんレオナード様を探して大変だったらしいんですから。私がたまたま宮殿に顔出して、この場所の察しがついたからいいものの」
追い立てられて階段裏から這い出ると、俺は伸びをする。
「出頭ってな、なんだよ。警察じゃあるめえし」
「現状を鑑みるに、似たようなモノです。さあ、状況がこれ以上悪くならないうちに観念してさっさと会議室へ向かってください」
彼女はしっし、と。まるで犬でも追っ払うように手をひらひらさせた。
「ツレナイねえ、エンジュちゃん。せっかく久しぶりに会えたのによ」
軽口をたたいてみたが、彼女は眉ひとつ動かさなかった。こんな小娘にと思わなくもないが、俺はこいつのこういうところも含めてけっこう気に入っている。
だが残念ながら彼女の意中の人はどうやら別にいるらしい。
別の男に惚れてる女なんざに手を出すのは趣味じゃねえから、今のところはこうしてからかう程度にしか相手にしないことにしている。
「戯言ほざいてないで、さっさと行きなさい」
やれやれ、それにしても本当にツレナイ。
これ以上しつこくすると蹴られそうな勢いだったので、俺はおとなしくその場を後にし、ひとり会議室へと向かった。

◇◆◇◆◇

扉を開けると、そこにはムサイことに野郎が八人、会議という名目でたむろしていた。
全員の目がいっせいにこちらを向き、それぞれに何かを言いたげだ。
ざっとみるに、俺の存在自体を無視している奴が一名、時間と約束は守るものだとじいちゃんが言ってた、と言いたげな奴が一名、しやーないなぁこいつはと思ってる奴が一名、興味なさそうなのが一名、どうしていいかおどおど困ってる奴が一名。そして、不真面目な首座の守護聖に対し、不満そうなやつが三名ってところだ。
で、その三名の中の誰が一番最初に口を開くだろうと思っていると、一番年少の水の守護聖が憤懣やるかたなしという風情で口火を切った。
「遅れてきて一言の謝罪もなしですか」
「なんだ、謝って欲しいのか」
「我々にではなく、民にです」
「たみぃ〜?」
思わず噴出すと、そいつは至極真面目な顔でこちらを睨み、両手を机に叩きつけて
「ふざけないでください!」
そう怒鳴った。
今までどちらかというと大人しく従順で、自己主張しない所謂『いい子ちゃん』タイプなだと思ってただけに、今日の反応は少々意外だ。俺への嫌悪が許容を超えてブチ切れたか、それとも単に今まで猫かぶってやがったか。
周囲の反応は極めて冷静。
ちゃらんぽらんな俺の代わりに、すでに裏番と化している地の守護聖などは、この際言いたいことを言わせておこう、とでも考えているのか腕組みして傍観している。
「普段の定例なら百歩 …… いえ、一万歩譲っていいとします。けれども今日は緊急にサクリアが必要になったのですよ?それが光の力でなかったから良かったものの、ひとつ間違えば、大惨事です!」
怒りの理由は私憤ではなく、義憤。やっぱり、いい子ちゃんだ。なんだかその事実で妙に白けた。
いや、俺だって奴の言いたいことも、そしてそれが正論である事はわかってた。
わかっていたんだ。
だが。

何か、違わないか?

俺の中に、わだかまる一つの想い。
守護聖ってのは指先一つで誰かを救えるほど偉いとでもいうのだろうか。
こいつの言う『民』とやらは、自分で自分を救えないほど弱いとでもいうのだろうか。
そして。
死んでいった彼らは(・・・・・・・・・)、どうあがいても己を己で救う手立てがそもそもなかったと?
ならば、あいつらが死ななければならなかったのは、サクリアのバランスのせいだったとでもいうのだろうか。
そう決め付けてしまう事、そして俺たちが左右できてしまうと考えてしまう事こそが。
どん底這いずりまわって懸命に生きてる奴ら――『民』とやら に対する、冒涜じゃねえのか。

人間生きていく上で、辛れえことなんざ山ほどあるだろう。
だがその理由を。
世の中が悪ぃ、政治が悪ぃ。女王陛下や守護聖が悪ぃ、神様が悪ぃ。
そうやって何かのせいにすりゃあ、そりゃ少しは気が楽になるかもしれないが、それじゃなんの解決にもなりはしない。

結局変わんなきゃならねえのは、自分自身だ。
自分自身なんだよ。違うのか?

周りがなんとかしてくれるなんて考えるのは ―― 卑屈だ。
そして、匙加減ひとつでそういった人を。人間を"救える"って考えるのは ―― 傲慢。
って言うんじゃねえのか?

だったら俺たちの、守護聖の役割って一体何だ。サクリアって一体何だよ。何様だよ?

目の前の少年。
彼はきっと、己が間違っているかもしれないなどと、考えたことはないに違いない。
それが、ひどく俺をイラつかせた。
だがその同僚は、まだいい足りないという風情で、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「いいですか、ひとつ間違えば大惨事になっていたんです」
やはり、奴の言っていることが間違っているようにも思えなかった。だが、自分の考えが間違っているとも思えない。
双方を包括するような回答が見えてこないのは、やっぱり俺の力量不足なのか。

―― やっぱ、ガラじゅあねぇよなぁ。守護聖なんざ。しかも、首座とくらぁ。

「今度から、サボるときゃ行き先言えってか」
「そもそもさぼるなと言っているのです」
自分の中での答えが見えぬまま、執務を行うのは筋が通らない。素直に応じる気にはなれなかった。
いや、サボりの口実にならないのは、わかってはいるのだが。

「日がな一日執務室に座ってられるか。俺に説教しようなんざ、百万年早ぇよ、このガキ。ったく小うるせぇったらありゃしねぇ。なんだ、お前ココ来る前は高校で生徒会長でもやってたか」
「おい、レオナード」

ヴィクトールが、落ち着きを持ちつつも厳しさを含んだ声で俺を制した。
確かに、ここに来た時点で出自は伏せられるしきたりだから、その前の事をああだこうだ言ってしまったのは俺の落ち度だったかもしれない。
けれども、たかだかこれしきのこと、真面目に謝る気も起きなかった。

「あーあ、ワリかったな。不肖の光の守護聖はこれで消えてやる。あとは適当にやっとけ」

実際、すでに事態は俺がいなくとも収まることろまで来ていたのだ。
俺の力が本当に必要だというのなら、別に勿体つけずにいくらでも協力してやる。だが幼稚園でもあるまいし、必要でもないのに余計な面倒を見る気はさらさらないのだ。
部屋から出る俺の背を後から追うように、水の守護聖の妙に落ち着いた、あるいは無感動な声が聞こえた。

「レオナード。残念ながら不正解です。そもそも私は学校へ通ったことがありませんから」

その意味を、確認しようと振り返りかけたのは確かだ。だがその前に、己で閉じた扉が、目の前で重く閉まった。

◇◆◇◆◇


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