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淑淑か或いは
蕭蕭か。
彼女の温もりを腕の中に感じながらまどろむそのなかで、私は雨音を聞いていた。
もう夜も明けた時間だろうが、雨のせいで部屋は薄暗い。
ああ、でも時間など今日はわからずともよい。
このまま彼女を抱きながら。
心地よくくりかえす雨音に耳を傾けていたい。
それからしばらくは、ただ雨音と彼女の寝息と己の心音を感じながら時間を過ごした。
まるで、ゆっくりと時間が流れているような感覚。
ともすれば、永遠にも似た至福の時間。
彼女が目覚め特有のけだるげな声をあげた。
目がさめたのだろう、しばらく自分のいる場所を把握するかのようにじっとしていたが、ふわりと私の腕の中で向きを変え、こちらをみやって微笑んだ。
「おはよう、ございます」
「ああ、おはよう」
どちらからともなくくちづけを交わし、ほほえみを交わす。
昨夜のそなたは愛らしかった、と耳元で囁くと。
ほの暗い部屋の中で彼女の頬だけが開きかけた薔薇のように染まった。
彼女が目を覚ましたのであれば。
そろそろ起床すべきか。
残念に思う私の心を見透かしたわけでもなかろうが、彼女が言った。
「―― もう少しこのまま、ふたりで雨の音を聞いていても、いい?」
窓の外の雨音は。
やはり言葉にするなら
淑淑か或いは
蕭蕭か。
けれども、それは物寂しさを僅かとも感じさせぬ、優しい音。
私は微笑み頷いて、少しだけ彼女を抱く腕に力を込めた。
夏を間近に待つ季節の変わり目に降るおだやかな雨に。
少し冷やされた朝の空気は、人肌をここちよいと感じるのに丁度いい。
大切なものは腕の中に閉じ込めたまま、目を閉じて、外の世界に思いを馳せた。
濡れた梔子の白い花びらと甘い香り。
うつり気な紫陽花の葉をゆったりと這う蝸牛。
新緑から万緑へと名を変える瞬間の木々の色と。
そこから伝う雫に映りこむ曇天と森の緑。
そして、遠くに聞こえる、これは。
―― 雷鳴。
その低く轟く音は。
雨の季節の終わりと夏の到来を告げる音。
そのとき、彼女が腕の中に身を寄せた。
まさか、雷を恐がっているのか。
いや、そんなことはあるまい。
いつだったか天に走る稲妻をみて。
―― まるで、ジュリアス様みたい。
―― 美しくて、目がそらせない。
そう微笑んだ美しい、娘。
だが、しがみつくような様子の彼女を思わずしっかり抱き寄せて、訊ねて見る。
「雷を、恐れているのか?」
答えは無く、きゅっと寄せられる体。
何か甘い思いが込み上げて先程よりも、いっそう強く彼女の体を抱きしめる。
だか。
しかし。
やはり不審に思い、彼女に問い掛ける。
「そなたは、いつだったか」
雷を、恐くはないと。
言いかけた私の言葉を遮り、彼女がこちらを向いて微笑んだ。
「嘘」
「?」
嘘、だと?どの部分が?
かつて私に似ているといった部分が、か。
それとも。
「こわくなんてありません」
私をみつめる、美しい、森の翠の瞳。
「ただ、ちょっと照れくさいこの朝に、あなたに強く抱きしめてもらうための口実にしただけ」
半ば呆れつつも、いつしかふたりから零れ出るくすくすとした笑い声。
望みどおり彼女をしっかりと抱きしめたまま。
「今後口実など、必要はない」
そう囁いて唇を強く吸った。
遠くに雷鳴が聞こえる。
そして、後には雨音とふたりの吐息だけが残った。
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天球儀の
「It's like rain 〜遠雷〜」の続きモノ。でも単発でも大丈夫、だよね?ゴメン。
そして、またアンジェに騙されてるジュリー。
05.07.11 佳月作