It's like rain 〜遠雷〜


It's like rain ―― まどろみの中で雨音を聞いた。

ああ、今日は聖地に雨が降っている。
少し強い雨のようだ。
ときおり風の音が混じる。
だが、その音が何故か心地よかった。
くりかえす旋律が、ふたたび眠気をさそう。
休日の雨。
空を覆う雲のせいか。部屋は薄暗い。
休日とて普段と同じ時間に起きる私ではある。
だが雨音を聞きながら、珍しくふたたび目を閉じた。
―― こういう日もあるのだろう。
たまには、こういう日も ―― 悪くない。

◇◆◇◆◇


執事が来客を告げに来た時、部屋はまだ薄暗かった。
だがそれは雨のせいで、既に時は朝というには遅い時間だ。

客間に入ると彼女はソファーから立ち上がり、会釈をした。
淡いさくらいろの、補佐官の正装を纏った少女。
いや、もう少女とも呼べぬか。
かつては愛らしいという表現が似合っていた。
今は。
美しくなったと、そう思う。

「お休みのとことすみませんでした。 ―― お加減でも?」
心配そうな瞳を安心させたくて、私はできるだけ厳しくならないように言った。
「いや、雨音が心地よかったので聞いていただけだ。心配は、いらない。それよりも」
何か、火急の事態が。
「急ぎではないんです。ただ、明日から急に私が聖地の外へ視察に出ることになって。この書類を先にお渡ししておきたいと。休みの日に、ほんとうにごめんなさい」

そなたに会えたのだから。
謝る必要はないと、言うべきかどうか。
たが、そうか。
明日からしばらく、彼女の姿を見れないのだな。
長い期間ではあるまいに、それが寂しく思えた。
「視察は、どのくらいの期間なのだ?」
「たぶん、一週間くらい」

書類を渡して帰ろうとする彼女を引き止めて、私は執事に替わりの紅茶を出すように言った。
彼女は笑んで、ふと窓辺に寄る。
「たしかに、ずっと聞いていたい雨音ですね」
同じ感覚を共有した彼女の言葉を嬉しく聞いた。

会話が途切れた。
雨音だけが聞こえている。
互いの沈黙が気にならない。
―― こういう日もあるのだろう。

部屋の中はほの暗く、かといって明かりを灯すほどでもなく。
そして私は想像する。

繰り返す雨垂れを見つめる厩舎の馬の黒い瞳。
濡れた草の匂い。
森の枝に羽を休める小鳥。
褪せていく夏の終わりの薔薇。
涼やかに色づきはじめる桔梗、竜胆、 ―― 吾亦恋(われもこう)

雷光が遠くの空に走った。
その光が、ほの暗い室内を一瞬だけ蒼く染める。
沈黙を破り彼女が言った。

「―― まるで、ジュリアス様みたい」

それは。
「恐ろしいということか?」
私は苦笑した。
女王候補の頃は確かに良く叱ったものだ。
しかし、彼女も言うようになった。
真っ直ぐ視線をこちらに向けて、微笑みさえ浮かべて。
先ほどの雷光にも、動じているようには見えなかったが。

「いいえ。美しくて、目がそらせない」

もういちど遠くに雷光が走った。
反応を返せずにいる私に彼女は言う。
その悪戯な表情。
この表情は、むかしのまま ―― 愛らしい、のほうが相応しい。

「嘘」

「?」

嘘、だと?どの部分が?
私に似ているという部分がか。
それとも。
「書類の話は、嘘です」
そこまでさかのぼって嘘なのか。しかしいったい。
「本当は急ぎなのか?それとも、視察は無いということか」
彼女は首を振った。
「言ったことは本当です」
ただ、と彼女は続ける。

「雨の日の休日に、しばらく会えなくなるあなたを訪ねる口実なだけで」

遠雷が聞こえた。
―― こういう日もあるのだろう。
私は彼女の傍により、その体を抱き寄せた。
額にかかる金色の髪をそっとかきわけて、くちびるを落とす。

「そなたが戻るのを、待ち遠しく想う」

もういちど遠雷が聞こえた。
そして雨音だけが残った。


◇◆◇◆◇


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微妙にコミックネタ利用。初期3作とはやはり雰囲気ちがってしまう。
女王候補のアンジェで苦悩しないジュリアスは ―― ムリ(笑)
ルヴァもアンジェが補佐官だったのはきっと同じ理由か。
04.09.02

今回のBGM:エンヤ/Evacuee