故国へ還る日

後日談) 賢者の石




それからのわたくし達のことやその時代の出来事を、少し話そうと思う。

まずは当時、懸念されていたミルキー・ウェイの経年劣化による不具合だが。
匿名の何処かの誰かさん(・・・・・・)から気前良く寄付された大量の藍方石(アウイン)のおかげで、無事危機を乗り越えた。
ミルキー・ウェイは今でも、多くの人々の快適な足となり、時に必要な物資と人材を運ぶ命の道として利用されている。
莫大な価値のある石の出所はいったい何処であるのか、当時かなり騒がれたりもしたが、結局謎のままだ。
なおこの事件がきっかけで、過去の初期敷設時に同様にしてあった匿名の寄付が、当時の白亜の国王からなされたものでないかという説が一気に全宇宙へと広まり。今回の寄付の主は『白亜の革命王の血族』などと、誰からともなく呼ばれているらしい。

ただ、この時点で一応の解決は見たものの、数百年の未来にふたたび、藍方石が劣化することも、簡単に予測できることだった。
そうでなくとも、聖獣の宇宙では宇宙領域拡大に伴い、新規のミルキー・ウェイ敷設計画が頭をもたげている。
いまだ藍方石が埋蔵する白亜は、そういう意味でも、注目されつつあった。

さて。そんな事件が世間を騒がせていた頃。
白亜の惑星で、わたくしたちの間にひとりの娘が誕生した。
私に似た、その瞳の色にちなんで。アウイナと、そう名づけた。
夫がこっそり、娘が成人した暁にでも渡そうとしているであろう、藍方石の小さなひとかけらを持っているのを知っている。
いつだったか、お嫁に行く時にでも渡すのかと聞いたら。
「お嫁になんかだしません」
と、何処まで本気だかわからない真剣な表情で言っていた。
自分のことは棚に上げて、男性とはつくづく勝手で ―― 可愛い、生き物である。

◇◆◇◆◇

夫は一市民として積極的に国政に関わる活動を行い、数年後に、あのくちづけ小道のある街の知事に違例の若さで就任した。
この街の鉱脈は過去に尽きたといわれているが、現代の技術を持ってより深くまで掘り進めれば、新たな鉱脈が存在するのは既にわかっていることだった。
数年前からふたたび需要の高まった藍方石。その開発の如何を、彼はふたたび決議しなければいけない立場となったのだ。
しかも、今回は、独断で裁決はすることはできず、あくまでも民主的に決定しなければならない。
しかしその説得材料を、彼は既にあの日から ―― この国へ還って来たあの日から、用意し始めていた。

あの日彼は、こともなげに笑って言っていた。

「お忘れですか?私たちの知り合いに、クリス・サカキ博士に勝るとも劣らない、稀代の発明家がいることを」

白羽の矢の立ったゼフェルは、しぶしぶといった態度をとりながらも、内心はノリノリなのであろう、この依頼を承諾してくれた。


「頼まれてたヤツ、できたぜ」
アンジェリークとふたりの息子とを連れて、ゼフェルが私たちの家に姿を見せたのは、丁度鉱山の開発の可否を採択する議会の一週間前だった。
彼が手にした赤い、合成石。
藍方石と同じ役割を果たし、しかも非常に高い硬度を誇るという。

「今度は、そう簡単に壊れたりしねーぜ。仮に壊れてもつくりゃいい。材料は簡単に手に入る」

誇らしげに石を紹介する傍ら、アンジェリークは昔と変わらぬ無邪気さで言う。
「ね、ね、綺麗でしょう?ペンダント、作って貰っちゃった」
そう言った彼女の胸元には、確かに赤く光る石のペンダント。
「ゼフェルの瞳と同じ色なの。まるで紅玉(ルビー)みたいで」
「ばかやろ、別にそんなつもりでその色にしたわけじゃねーよ、偶然なっただけだ」
赤くなって目をそらし言った彼。しかし、すぐにふたりの彼の息子たちから。
「とうちゃん嘘つきー。かーちゃんによろこんでもらうために綺麗な色にしたっていってたじゃん」
そんなツッコミを受けて、慌てふためいていた。

夫が石の名はなんというのか、と聞いた。
ゼフェルはそっけなく『ZS−αR』とかなんとか呟いた。
そして、呟いてから、周囲の不満の声を受けて、もういちど、小さく呟いた。

「『賢者の石』」
「え?」
「『賢者の石』!それで、文句ねぇだろ」

賢者の石。それは、物語の中に出てくる伝説の石。
錬金術によって作られ、その石を溶かして飲めば、多くの人の命を救う、秘薬にもなるという。

「素敵な、名です。きっと、この石に相応しい」

夫はそれだけ言って、ゼフェルに丁寧に一礼した。


藍方石のかわりとなる、賢者の石の発明のニュースは、瞬く間に全宇宙へと広まった。
結果、藍方石は。
昔のように、ただ美しい宝石へとその立場を戻し、鉱山開発の決議も否決された。
夫は言った。
「価値が、下がりすぎても困るのです。少ないとはいえその鉱山での発掘を生業として生活している人々もいるので。 かといって、需要が高すぎるのも問題で。結果、丁度いいところに落ち着いたと、そう思いますよ」

◇◆◇◆◇

「来年遊びに来る時には大統領になっとけ!」

そんな叫びを残して。
赤い瞳の発明家は、家族と共に己が家へと帰っていった。

「大統領に、ですって」
言った私に。
「来年は無理ですね。そうだなぁ、四年後くらいなら」

彼はにこりとわらって。
こともなげに、そう言った。

◇◆◇◆◇


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