故国へ還る日

10) 家族




太陽が沈んだ後、夜が世界を完全に包み込むまでの僅かな時間。
すべてが青く染まるこの時間のことを。
青い幻想と呼ぶのだと。
聞いたのはいつだったろう。誰にだったろう。

あなたはずいぶんと長い間黙ったまま佇んでいたが、ゆっくりとひきだしの中のふたつの写真立てを手にとる。
ご覧になりますか、と手渡されたそれは。

博物館に飾られていた絵とほぼ同じ構図の家族の写真と。
昔、アルカディアでの最後の日に皆で行ったピクニックで親友にいきなり撮られた記憶のある、 わたくしたちふたりの写真だった。

「手放したこと、どうか怒らないでください。
あの時点では、あなたとこうして共にあれる日が来るとは思っていなかった。
この写真も、聖地に持っていくのは憚られることだと、そう思っていたのです。
でも、こうしてふたたび戻ってきた。
両方とも、私の大切な家族の写真です」

静かにそう言って、あなたは深いほほえみを見せる。
黙って差し出された手に、わたくしがそっと手を添えると、あなたはそのまま窓際の扉をあけて王宮の庭へと私を促した。
夕闇に青く染まる花々。
涼しい風に吹かれてゆれる、可憐な花びらはきっと鳳仙花。

星々がかすかに瞬きはじめた空を振り仰いで、私は。
世界はこんなにも美しい、そう思った。
あなたも言う。

「ああ、世界はこんなにも美しい。何故でしょう、私はずっとそれを忘れていた気がする」

声がかすれて、ただ静かに、幾しずくもの涙があなたの頬を伝った。
そのままのあなたを抱きしめて、私は告白する。

「あなたに、伝えなければいけないことがありますの」

ずっと言えずにいた秘密。

「赤ちゃんを、授かりました」

驚きのうちに、まっすぐ私をみつめるあなたの瞳。
泣かないように私は微笑んだ。
望んでいないようであればこのまま、あなたに伝えず、と。
そう考えていた時もあった。
でも、この惑星に来て、それがひどく愚かなことであることを私は教えられた。
ただ、それでもすべての恐さは拭い切れぬまま、あなたの反応を待つ時間が、ありえないほどに長く感じられる。
あなたは感情を抑えきれぬといった様子でいったん目を閉じ、天を仰ぎ、それから私を抱きしめた。
強く、強く。
そして。

「ありがとう」

耐えていた涙があふれ出て。
私はただ頷くのが精一杯だった。
強く、抱きしめてくれるあたたかな腕の中で、私はあなたの声を聞く。

「この星で、暮らしましょう。あなたと、私と、生まれてくる私たちの子供と三人で」

ええ、そうしましょう。
三人などといわずに、もっともっとにぎやかにしましょう。
そして、にぎやかを通り越して騒がしいくらいの家族で、ときおり遊びに来てくれるやっぱり騒がしい友人たちをもてなしながら。

幸せに、暮らしましょう。
あなたの愛する、この星で。

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■選択肢「挿話) 小道に名も無き頃」
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