故国へ還る日

5) 伝説の賢君と青い宝玉




首都への移動はレール・カーで行った。
シャトルを利用するよりも多少時間はかかるが数時間程度の差に過ぎず、折角旅行に来たのだから旅情を楽しむのもいいではないかと思ったのだ。
車窓の外を流れてゆく美しい風景。
私の向かいに座り、それを黙って目で追う彼の表情は穏やかで、私は思わず嬉しくなり口元がほころんだ。

「どうか、しましたか?」
「いいえ、ただ風景が綺麗だと、そう思っただけ」

ちょっと不審そうに首を傾げたものの、そうですね、綺麗ですね、と彼は頷いた。
こうしてしばらくは窓の外を眺めていたが、ふいに彼が私に訊いた。

「変なことを訊きますが」
「何?」
「昔両宇宙の『ミルキー・ウェイ』の初期敷設の時に、幾方面かから藍方石の寄付があったはずです。その寄付を行った人物が誰だか、あなたは覚えていますか?」

確かに変な質問だとは思ったが、私は深く考えず、当時のことを思い出そうと頭をひねる。
「流石に全部は、覚えていないわ。それに、匿名の寄付もあったもの。そうね、はっきりしているのはウォン商会からと、セティンバー財閥からの寄付くらいかしら。まあ、名前に馴染みがあったからたまたま覚えてただけ。それに、寄付は神鳥だけではなく聖獣に対しても行われているはずよ。流石にそちらまでは把握していないわ」
曖昧な私の回答に、さした失望をした風でもなく、かといって有効な回答を得られたという風情でもなく、そうですか、とだけ彼は言い、ふたたび窓の外の風景へと視線を移した。
引っかかるものがないでもなかったが、昨日までの張り詰めたようすを知っていた私にとって、いまの落ち着いている彼の様子を見れば深く追求する必要性もないだろうと。
そう考えて、やはり美しい外の風景へと視線を戻した。

◇◆◇◆◇

そして数時間後、私たちはこの惑星の呼び名の元となった白亜の王宮へとたどり着いていた。
かつて王が公的な執務を行った外宮殿と呼ばれる幾つかの建物が開放され、その一画は宝物殿の中のものを展示した博物館となっている。

「広い、ですわね」

正門を潜り抜けて、広がる空間と、真正面向うに建つ正殿を眺めやって一番初めに言った言葉がこれだった。あとは感嘆の溜息しか出てこない。
彼はといえば、
「そう、でしょうか」
と曖昧に微笑んで一言発したまま、あとは黙っている。
神鳥の聖地の宮殿より遥かに広い敷地。いま見えているのが外宮殿のみだから、その向うにある内宮殿を含めたらいったいどれだけの広さなのか。
もちろん聖地の宮殿だってある程度体裁というものがあるから立派なつくりにはなっている。けれども聖地と言う場所柄一般人の一目につくわけでもなく、俗世の政治と関わるわけでもないから権威を見せ付ける必要も無く、結果必要以上の豪勢さはない。
どちらかといえば、神殿や寺院に近い静謐さが求められると言ってもいいだろう。
それでも友人の元補佐官などは、自分に与えられた居住空間が広すぎる、豪華すぎると不満すら零した。
挙句、維持費や光熱費がもったいないなどと彼女らしい言い分ののちに、台所周辺を恋人に改造させ、女王候補の頃の寮とさして変わらぬ広さの空間をコンパクトで快適な居住空間へと変貌させてしまった。
勢いで思い出してしまったそんな話をすると、彼はくすくすと笑って。
「いかにも、あの方らしい。まあ、聖獣の方の陛下と補佐官殿も、似たようなところはありました。ご健勝でいらっしゃるでしょうか。懐かしいです」
私も頷いた。
「懐かしいわ。ほんとうに」

こんな会話をしながら敷地を歩き、宮殿内に作られたの博物館へと入る。
多くの観光客が訪れているようだ。
彼らの中を分け入って、彼は何処かへ向いまっすぐと歩いてゆく。
ゆっくりみて回りたい気もしたが、今は彼に任せようと後を追った。
途中一瞬だけ、過去の王族達の肖像画が幾つか並ぶ場所 ―― 丁度、彼の父君を中心とした家族四人の肖像の前だった ―― で足を止めかけたけれど、それ以外はわき目もふらずに。
彼が行き着いた場所は博物館の中心。
展示物の中で一番の目玉である、代々王家に伝わる宝冠の前だった。
昨日、彼が離してくれたように、宝冠の中心には子供の拳ほどの青い宝石がはめられ、輝きを放っている。
あれが、藍方石なのだろうか。

美しさに見とれながらも、彼が家族の肖像の前さえ素通りして最初に足を向けたのが宝冠であることに違和感を感じた。
彼はこういったものに執着するような性格ではないはずだから。
こんなことを考えている私の影に隠れるようにしてサングラスをそっと外し、しばらく王冠を眺めていたかと思うと、彼はサングラスをかけなおしてから、近くにいた館内の案内の老人に声をかけた。

「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが」
「はいよ、なんだね?」
「この展示されている王冠は、レプリカ、ですか?」
「いや、正真正銘の本物さ。レプリカを作って展示するなんざぁ、せこいことはせん」

頷く彼。
さらに、続けて訊く。

「けれども、この中心にある宝石は昔 …… ええと、昔読んだ本には藍方石だとありました。けれど、この石は違いますね?」

合点がいったとばかり老人は頷く。
「あんちゃん、ずいぶん古い本を読んだんだな。それに大層な目利きだ。確かにこの石は昔藍方石だった。だが、大政が国民に譲位されてこの王冠が国宝としてここに展示された時点で、既に石は藍方石じゃなかったんだよ。そのことについちゃ、当時いろいろ憶測が飛んだらしい。いろんな記録が残ってる」

「―― 詳しく、教えていただけますか?」
「そんなに詳しくは知りはしないがね。かまわんよ。一番考えやすいのは歴代の王のどこかで、国庫が苦しくなってこっそり売却した可能性だ。特に最後の王の二代前か三代前の王の時代に、けっこう大きな災害があったらしい。伝説の宇宙大移動の直前の時期だな。そのあおりを食らった」
僅かに動じた私の肩に、彼の腕があたたかく回された。
「そのときの災害復興の資金に充てたっていう説さね」
「その資金は …… 国庫の備蓄金と、とある人物からの寄付でまかなわれたはずです、じゃなくて、という説も …… ありませんか?」
「あんちゃん、やっぱ詳しいね」
老人は楽しそうに呵呵と笑った。
「そういう説もあるし、確かにその復興資金に充てるには、藍方石の価値のほうが大きすぎる。それに、証言もあったらしい。最後の国王のカムラン王の即位式ではまだ、藍方石だった、とね」
彼は真剣な眼差しで老人の言葉に耳を傾けている。

「結局、一番有力なのは、カムラン王が匿名で寄付しちまったって説さ」

寄付。
私が呟くのと同時に彼が言った。

「―― 『ミルキー・ウェイ』」

「その通り。ふたつと無い国宝を勝手に、と批判する声も当時はあったろうけど、今じゃそんな人間はひとりもいない。伝説の賢君の豪気で粋なはからいってんで語り継がれてるよ」
「ありがとうございます」
彼は老人に一礼する。
「いんや、久々に語らせてもらって楽しかった。観光客に、そこまで知りたがる人は少ないからね。ちなみに、今はまっている石は鋼玉石(コランダム)さ。国庫は当時も十分に潤ってたんだから、価値でいうなら青金剛石(ブルー・ダイヤモンド)に何でしなかったのかとも思うけど、ま、鋼玉石(コランダム)でも十分に豪勢だわなぁ」
老人はふたたび呵呵と笑って、もといた場所へと戻って行った。
再度丁寧に礼をして見送ってから、彼は私に向かい呟いた。

「…… これだけでは、弟の意思を量る根拠にはなりませんね」

確かに、そうだろう。
王家の象徴となる宝玉。
彼が王家と言うものを心のどこかでを疎んじていたのなら、確かにそれは寄付でもして遠くへやってしまいたいものだったかもしれない。
けれど。老人の話からはむしろ、豪快であるけれども、あたたかな優しさにみちたカムラン王の人柄が偲ばれた。
私はもう一度、王冠を眺めやる。
先ほど老人は鋼玉石(コランダム)と言っていた。
そして、何故、青金剛石にしなかったのか、とも。
値段で言えば藍方石には及ばないまでも、やはり宝石の頂点と言えば金剛石だろう。彼の言い分は容易に納得できた。
この時私は気がついた。鋼玉石(コランダム)。赤ければ、紅玉(ルビー)と呼ばれる。
そして、青ければ。

青玉(サファイア)

声に出した私を、不思議そうに彼が見たので、今度は彼に向って、はっきりと言った。

「九月の、誕生石だわ」

◇◆◇◆◇


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ひとりごと。
藍方石どころか、そんなにでかいブルーダイアモンドもサファイアもねえだろうよ、と思うけど、まあ、地球よりも宇宙は広いということで。