ルヴァ教授の事件簿1

赤い花、白い花

(後日談)ティムカさんの出した結論



それでも僕はなんだかじっとしていられなくて。
新聞を握り締めて夏の日差しの中へ飛び出した。

昨日の雨の名残の、むっとした大気。
手入れされていない寮の庭と、たちのぼる草いきれ。
フェンスの破れ目の近道を通り抜けて、僕は考古学研究室へと向う。
途中横切ろうとおもった中庭で、大空に凛と向かうけやきの万緑が目にまぶしくて、ふと足をとめた。
その葉がアスファルトに描く木漏れ日の模様と、降る蝉時雨。

そして、そこに立つ人影。
黒い、長い髪を結わずに風に遊ばせて。
彼は、木々の葉のあいまに見える空を見上げていた。

はじめは、来期からの新入生が下見にきているのだろうと思った。
構内を回りつかれて、一休みしているのだろうと。
それとも、道に迷ったか。
それなら、と。
声をかけようとした時に彼がこちらを振り向いて、そして、ああ、とにっこりと笑った。
サングラスを ―― かなり大きめの ―― かけていたから、その表情は、口元でしかわからなかったわけだけど。
浅黒い健康そうな肌の色、ひとなつっこそうな笑い方、そしてその声。
ティムカさん、だった。
サングラスをかけてるのは、たぶん、その特徴的な黥(めさき)を隠すため。
彼はもう、こちらの宇宙ではいなくなってしまったことになっているから。
彼が生きていることを、知られてはいけないから。
思わず僕は、手にした新聞をつよく握り締めた。

彼はこちらに歩み寄ってきて、一瞬だけサングラスを外してにっこりと笑うと、もとにもどし、そして丁寧に一礼してくれた。
「このようなものをかけたままで失礼します。今日発つことになったのですが、主星に来たついでに、せめてご挨拶を、と」

僕は、もう、胸が詰まって、ろくな言葉も出せなくて。
「いや、サングラスくらい別にかまいません」
って、すごくどうでもいい返答をしてしまった。
そして、僕たちは教授の研究室に向う。
歩きながら、僕は聞いた。
「このあと、すぐに?」
聖地へ向うのだろうか。
「ええ」
彼は短く答えた。その声からは、彼の感情は読み取れなかった。
学舎内へ入る。外の明るさゆえに、薄暗い廊下に目が慣れるまで幾度か瞬きが必要だ。
人気の無いことを確認して、彼はサングラスを外した。
すこしだけひんやりした人気の無い学び舎。
二人分の靴音が、こつこつと良く響く。
研究室の前に着き、僕は扉をノックする。
「教授、クリスです。それと ―― お客様が 」
ティムカさんの名前を声に出しそうになって、流石にそれは問題だと思って、お客様とだけ言う。
返答が、無かった。
でも、なんだか、部屋の中では明らかに気配がする。
聞こえてないのかな?

「教授?」

もう一度、強めにノックして声をかけると、ちょっと慌てた感じのルヴァ教授の声が聞こえる。
「ああああっ、えっと、ちょ、ちょっとまっててくださいねー。扉、開けちゃだめですよーーー」
僕等は思わず顔を見合わせる。
いったいどうしたんだろう?
部屋の中で本が雪崩れ起こして収拾つかなくなって危険だから入れてくれないとか?
あり得そうでは、ある。
そのとき。

「あら、ルヴァはお留守?おかしいわね。そんなはずは無いんだけど」

明るい、はきはきとした声。
朗らかな笑顔で僕らに話し掛けたのは、アンジェリークさんだった。
この方も、こう、ディアさんとは違った感じの美人だよな。長い真っ直ぐの金の髪が、薄暗い廊下でもきらきらとして、とても綺麗だ。
我が妹も、あと数年育てばもう少し女らしくなるのだろうか。
僕は、彼女に教授は部屋にはいらっしゃるけど、入室を拒まれた旨を、説明する。
それを聞いた時のアンジェリークさんの表情はと言えば。
すごく嬉しそうに悪戯っぽく笑った、というか、ええと、むしろ「ニヤリ」ってかんじ?
そして、目にもとまらぬ速さで、扉に手をかけて、開け放った。

そこには。
あわてて頭にのせたのであろうターバンを手で抑えて、そのまま硬直しているルヴァ教授と。
突然のことに驚きながらもにっこりとこちらへ向って微笑むディアさん。

そして。
一瞬の間の後に。
教授の凄絶な悲鳴が、暗い廊下に木霊した …… 。

◇◆◇◆◇

僕は教授の悲鳴の理由がわからず呆然としてしまってたわけだけど、何故かティムカさんはすぐに何かを察したようで。
「失礼しました」
と、落ち着きをはらって扉を閉めた。
アンジェリークさんはくすくすと笑って。
「あら、礼儀正しい方がいらっしゃるようね。せっかく神秘のベールならぬターバンが外された現場を目撃できると思ったのに。ディアばっかりずるいわ」
ティムカさんはちょっと呆気に取られてる。
うん、アンジェリークさんって、なんていうか、こう、けっこうぶっとんだ性格なんだよ。
さて、この場をどう収拾つけようか。
しばらく教授が落ち着くまで待つしかないかなあ、などと考えていたら、向うから、もう一人、人影がやってくる。
というか、影そのものな感じだけど。
それにしても今日は千客万来だよ。

「アンジェリーク。 …… 先ほどの、悲鳴は …… ルヴァ、か?」

つい、悪戯心で、と肩をすくめたアンジェリークさんの向う。
ティムカさんが驚いた表情でクラヴィスさんを見やってた。
その視線に気付いたのだろう。クラヴィスさんは驚きもぜず、表情も変えずに一言。
「久しいな」
硬い表情でティムカさんが会釈する。
「ええ、お会いするのはアルカディア以来です」
そっか。やっぱりこっちとも知り合いか。
それを見ていた、アンジェリークさんが、ああ、と、何かに気付いた風に呟いた。
ティムカさんははっと我に返ってサングラスをかけようとしたけれど、クラヴィスさんが僅かに手で制す。

「必要あるまい」

ティムカさんは、怪訝な顔をしたけれどサングラスを素直に胸ポケットに仕舞った。
その様子を見ながら、クラヴィスさんが続けた。
彼にしては、長い台詞だったと、そう思う。

「あの少年は、無事飛空都市を去った。最後まで、私を魔法使いなどと思い込んでいたようだが。 ―― 名はフェイ・スニッガーと言ったか。
礼を …… 言っておこう」

フェイ・スニッガー。
もちろん、このとき僕はそれが誰で、いったい何の話をしているのかさっぱりわからなかったわけだけれど。
数年後、凄く意外な場所で僕はその名を目にすることになる。
そして、飛空都市に住む不思議な魔法使いの話。
まあ、これも、また別の物語だ。

さて、場面を戻す。
ティムカさんは相変わらずの硬い表情のまま、こう答えた。

「いいえ、貴方には、借りをつくったままにしておきたくなかっただけです。
―― 理想郷でのトリックを、黙っていて頂いた借りを」

このとき、僕は正直ティムカさんの反応に少し違和感を覚えた。
気のせいかな。
でも、いつもにこにこして、穏やかな感じの彼がなんだか。
クラヴィスさんにだけは、少し、そう ―― 好戦的。
でも、クラヴィスさんはそんな彼に気付かなかったの如く。
そうか、と呟いて、わずかに口の端だけで笑った。
この人も、なんていうかナゾな人というか、つかみ所が無いっていうか。
まあ、ルヴァ教授との付き合いや、以前のゼフェルのメールの感じから ―― どういう経歴の人なのかは、わかっているんだけど。

「クラヴィス。せっかくなのだから、この彼にお願いする伝言とか、ないの?ルヴァの話だと、挨拶もしてこなかったって言うじゃない」
アンジェリークさんが言いながらくすくすと笑った。
クラヴィスさんは凄く渋い顔をして。
「いまさらあやつに伝えることもあるまい」
「あら、私、誰、とも言っていないわ。『あやつ』って何方のことかしらね」

僕にはさっぱりです。

ところが、そのやり取りを聞いていたティムカさんがにこりとわらって ―― その、『にこり』がけっこう、してやったりってかんじだったんだけど。
「では、お伝えしておきます。ジュリアス様に、貴方がよろしく、と仰っていたと」
うわあ、クラヴィスさん、地獄の苦虫を噛み潰したような顔だよ。

「 ………… 好きにしろ」

と、とにかく。
聖地には、僕の知らない複雑な人間関係があるようデス。

◇◆◇◆◇

ルヴァ教授はお茶を飲み干して、ようやく落ち着いたといったふうに、ほう、とため息をついた。
考古学研の部屋の中。
教授はディアさん達と何処かへ行く約束があったみたいだけど、後から行きますよー、と見送った後、僕らを部屋に招き入れてくれたのだ。 ティムカさんは立ったまま、深々と一礼して。

「 ―― 色々とお世話になりました故、御礼申し上げたく」

と。
ルヴァ教授は穏やかな笑みをたたえたまま、彼に椅子に座るよう促した。
そして、お茶とおせんべいを差し出す。
ティムカさんがくすりと笑って、このおせんべい、大好物だったんです、と一枚を手にとった。
なんなら何袋かお持ちなさい、と教授は奥からせんべいの袋を出してくる。
そんなにストックがあったんすかっ、と驚いてる僕を尻目にティムカさんは、それでは失礼して、と、二袋手に取った。
教授はひどく嬉しそうだった。そしてにこにこ顔のまま、唐突に言う。

「今年、王宮のコットンは無事実をつけそうですか?」

彼はくすぐったそうな表情で答えた。
「ええ、きっと実を結びます。きっと」

数ヵ月後に実るであろう、ふわふわのコットンボール。
暖かな、コットンボール。
それを想像してちょっとほっこりした気分になってる僕の傍らで、ティムカさんはお手上げ、というふうに肩をすくめた。
「やはりルヴァ様はすべてお見通しなのですね」
「賭けのことはエンジュさん、クリス君経由で知りました。仕掛けはすぐにわかりましたが、まあ、動機は推測の範囲を出ません。ただ、以前の火傷の件でね。あなたが時折むちゃくちゃなことをやるのを知っていたので」
そしてティムカさんはにこりと笑って動機を語った。

「たまには羽目をはずしてみるのもいいかと思ったのです。たとえば、わざと火傷をしてみたり、勝率の低い賭けに賭けてみたり、ああ、そう ―― ときたまお城を抜け出してみたり」

もちろん、本当はそんなに簡単なものでなくて、昨日教授が推測してみせたみたいな、そこに至る色んな痛みがあってのことだったのだろうと思う。
けれど敢えてあっけらかんとそう語るその姿が、とても頼もしかった。
教授は僕が持ってきて机に置いたままになってる新聞に目をやり、しばらくためらった後に尋ねた。
「弟さんは ―― 」

ティムカさんは、手にもった湯飲みの中に視線を落とす。
そこに映った己の姿を見据えるように。
「泣きました。けれど、泣きながら、行ってらっしゃいと。
あの子ももう、己のすべきことがわかっているのです。だからこそ、泣いて引き止めることが無意味であると ―― あの子は、わかって ……」

ティムカさんが声を詰まらせた。
僕もなんだかつられて涙腺が緩んでくる。
『泣いて引き止めることが無意味』と、彼は言ったけれど、きっとそれだけじゃない。
弟さんは、知ってるんだ。自分が泣いて引き止めれば、大好きなお兄さんを、より一層苦しめることになるってことを。
だから、泣きながら、行ってらっしゃい、って。
僅か六歳。
ティムカさんだって、それをひどく不憫だと思っているだろう。
ただ、さっき『きっと実を結ぶ』そう言い切ったのは、きっとコットンのことだけじゃない。
弟さんを、彼は信じているのだと、僕は感じる。

教授が優しく言った。
「以前聖地へ行く時に、泣いて引き止めた弟がいたと、そう話しましたよね。
でも、聖地を去るときに ―― もうあんたがいなくても大丈夫だ、と。そう言ってくれた弟もいました」
そして。
すみません、ちょっと、思い出してしまいました、と。
教授は目頭を抑えた。
いいえ、といいながらティムカさんもちょっと目を赤くしてて。
んで、それをみてた僕は。

ああ、もう、もらい泣きがとまらなくて ―― 滂沱の涙。

今度の大学の長期休講の際には、やっぱり実家に帰ろう。
そんなことを思った。
妹が家を離れている今、父さんも母さんも。
やっぱりさびしい思いをしているかもしれない。
僕もなんだか少し。
父さんと母さんの顔を見たくなってしまった。


沈黙の降りた部屋の中、外の蝉時雨が聞こえる。
その中で時折響く鼻をすする音は僕のもの。修行が足りなくてすみません。
落ち着いたころに、ティムカさんが改まった表情で教授に向き直った。

「ひとつだけ、ルヴァ様にお願いしたきことが」

ひどく、真剣な声だった。
教授も、一瞬怪訝な顔をしたものの、すぐに真剣な顔でティムカさんをみつめる。
そして、ティムカさんが言った。
「今すぐにとは言いません。でもいつか、ルヴァ様をカムランの国太師としてお迎えするわけにはまいりませんか」

―― かつてタリサム王を支えた太師ラグランのように

彼は、角度によっては黒にも灰にも見える鈍い青の瞳でルヴァ教授を見据えた。
ルヴァ教授もその深い灰の瞳で彼をみつめ返す。
それから、瞳を閉じて深い呼吸をし、ああ、これが答えなのでしょうか、そう言った。

「いつか、私は言いましたね。己の満足のためだけに知識を得ようとしているのかと、知識を得た先何をするべきか迷っていると。
その答えの破片が、今目の前に提示された気がします。
もちろん、即答はできません、ただ、そう。
五年先か、十年先か。いつか、新王が、自らの意思でそうお望みになるのなら ―― 考えましょう」

ティムカさんは頷いた。
ルヴァ教授はそこで笑顔に戻り、実はですねー、と白状する。
「先日クリス君が書いてくれたレポートがどうしても気になって。調べてみようと思っているのですよー。
どのみち、白亜宮の惑星に入り浸りになりそうです」

ええっ、僕のレポートそんなに信憑性でてきたんですか?
呆気に取られてる僕に教授はにこりと笑った。それから、感慨深げに言った。

「ああ、けれど。まさか私を国太師としてお望みになるとは。やはり運命や宿命というものはあるのでしょうか。ただ、その言葉は、人間の可能性を否定しているようで私はあまりすきではありません」
そこで教授は一旦言葉を切り、お茶を飲み干した。

「ですからここはやはり、そう、先人の言葉を借りて ―― 縁(えにし) と。そう、呼ばせてください」

◇◆◇◆◇


大学の構内を正門へ向ってあるきつつ。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
また少し赤い目のままティムカさんは言う。
「い、いえ、僕の方こそ、その、もらい泣きして」
そう、たぶん、僕の方が大泣きしてたぞ。
ティムカさんは、くすりとわらって、そしてそういえば、と。
「実は即位と同時に王妃を娶る習慣は、実は私の父の代まで存在したんです」
いつか、僕が聞いた時は、今はない、とだけ言ってたけど。
そんな最近まであったのか。
「私はどうしてもその覚悟ができなくて、結局無理を言って独身のまま即位しました。
ただの、我がままであったかもしれませんが、今はそれでよかったと心から思います。
仮に婚姻していれば、その相手にもつらい思いをさせたでしょうし、六歳で即位しなければいけない弟のためにも」

僕はただ、黙って頷くしかできなかった。
決心したとはいえ、まだ、心残りなど星の数ほどあるだろう。
その心中を思えば思うほど、僕に語る言葉はない。
そんなことを考えて、きっと、ひどく硬い表情をしていたであろう僕に、彼は穏やかな声で言う。

「自分でも、意外なほど、今すがすがしい気分です。もちろん、すべてが、というわけには行きませんが。
ただあの賭けの時、やはり私はそれまで己を覆っていた器を脱ぎ捨てたのかもしれません」
そして、思い出したかのようにくすくすと楽しそうに笑った。
「あれほどはらはらしたのは生まれて初めてでした。白状します。私は、エンジュさんが赤い花を選ばなかったらどうしよう、白い花が先に落ちたらどうしよう、とそればかり気にしていたのです」
にっこりと、ひとなつっこい笑みを僕に向ける。

「そして気付いたのです。とうに己の行くべき道を受け入れている自分自身に」

僕は目を見張って彼を見た。
ああ、やっぱり器が違うというか。
いや、『君子は器ならず』か。

そして、僕らは正門にたどり着く。
聖地からの使者さんだろうか、そこに人が待っていた。
それこそ不思議なご縁でだったけれど、彼とも、これでお別れだ。
がんばってくださいとか、お気をつけて、とか、そういった台詞をこの青年に言うのは相応しくないような気がして、結局僕は無難な言葉を選ぶ。
「妹に、よろしく伝えてください。あんまり、皆さんに迷惑かけないようにって。それと、親友に ―― ゼフェルによろしく」
「ええ、わかりました。クリスさん、あなたにお会いできてよかった。心からの感謝を。
私は ―― あなたの夢が叶うのを楽しみにしています」
「え?」

夢?
僕は呆気に取られる。
それに、そんな感謝されるようなこと僕は何一つ。
教授やエンジュならともかく。
僕の戸惑いを感じてか、彼は種明かしする。

「物語の中で、流星を作ろうとした少年は夢を語ったはずです。
『僕、将来発明者になりたいんです。色んなもの発明して ―― 便利なものだけじゃなく、人が、幸せになれるようなそんな発明をする人に』
でした、よね?」
それは、確かに幼い日、銀の髪の友人に語った台詞だ。
僕は気恥ずかしくなって頭を掻いた。
ティムカさんは微笑んで続ける。

「かつてアルカディアでその話を聞いて、私はずいぶん沢山の勇気を貰いました。私も何処に在っても、民の ―― 人々を幸せをわずかなりとも支えることのできる人間でありたい、と。そのことを再確認したのです。
そして、それこそが私に今回のことを決心させた一番の要因でした。
国王という器を失った今、私の夢を具体的な言葉で語ることはまだできません。けれどいつかきっと、私はそれを見つけるでしょう。
そしてこの言葉を。
『夢は叶うものではなく叶えるもの』 ―― 物語の中の少年が語ったこの言葉を、自分のものとして語りたいと、そう思います」

このとき僕は。
先ほど器が違う、とかそういうことを考えた自分を恥じた。
人はきっと、生まれながら無限の可能性をもっている。
その可能性を我がものにできるかどうか、それはきっと、すべて自分自身にかかってくることなんだ。
だから、僕は彼に手を差し出して。
―― おう、がんばれよ
いつか、銀の髪の友人が少年だった僕に言ってくれたように。

「君も、がんばって」

十六歳の少年は、その手を握り返して。
はい、と、屈託なく微笑んだ。

◇◆◇◆◇

人間であるが故の迷いと、けれどもそれをそれを克服しようとする強い意志とを込めた笑顔を残して。
彼はこの場所を去っていった。
その行く先で、彼はいつか、彼の望む夢を見つけ、そしてきっと叶えるだろうと。
僕はそう信じている。
ところで。
最後に彼が変な頼みごとを僕にしていった。

―― あの、昔から皆が気にしている『謎』があって。クリスさんにご助力頂けないかと。
今後も、研究旅行などご一緒する可能性があるのですよね?

ためらいがちに言った内容はこう。
教授と温泉に入る機会があったら、ターバンを外すか確認してこっそりエンジュ経由でゼフェルに教えてやって欲しい、だって?
なんだそりゃ?


◇ 「(おまけ)ゼフェル危うし」へ ◇
◇ 「赤い花、白い花」目次へ ◇
◇ 「彩雲の本棚」へ ◇