ルヴァ教授の事件簿1

赤い花、白い花

(第三章)エンジュの手紙と僕の論文



その日僕は大学の寮でレポートを書いていた。
教授ってば、無理やり連れ出したくせに、容赦ないんだから。
研究旅行で得た情報をまとめて、考古学的見地から自分なりの考察を添え、提出しろ、だなんて。
別に単位がもらえるわけでもないし、単位に困ってるわけでもないから無視したってかまわないんだけど、結局こうして書いてる僕も物好きだよなぁ。
まあ、本業の宇宙工学のあいまの息抜きにはちょうどいいや。
何だかんだいって、結局、好きなんだろうな。
教授も、あの惑星も、惑星の人々も、そして過ぎ去った古を考察する学問 ―― 考古学、ってやつもさ。

けれど、やはり僕にとって考古学は関門外で。
研究旅行で得たデータや情報をまとめるのは簡単だけど、そこから考察、となるとさっぱり。
パソコンの画面のエディタソフトは真っ白のまんまだ。
仕方なく気分転換に僕はメーラーを立ち上げてメールを受信した。
留守にしてた間、重要度の低い奴は転送しないでサーバに溜めたまんまだったのを思い出したんだ。
技術系情報メーリングリスト、知人からのメール、そしてくだらない勧誘メール。自動判別させてるそれらをいちおうチェックしながら、今日ついたばかりのメールに目がとまった。
エンジュからだった。


お兄ちゃん、元気?
相変わらず白衣着てメガネかけて、ぼさぼさの頭でパソコンに向って論文でも書いてたんでしょ。
少しはお洒落しないと、女の子にもてないよ?
元は悪くないんだから。


うるさいな。
先日は白衣とメガネがマニア受けするって ―― ってべつにそれを本気にしてこのかっこしてるわけじゃないけど。


私は充実した日を過ごしてます。
不良バーテンや天然無敵元気少年をはじめ幾人かの説得も終了したし、また新たな候補が発見されたりして。
まあ、相変わらず忙しいけれどもね。


彼女の天敵は、無事(?)守護聖の任を拝命したらしい。


そうだ、ティムカさん(今度会う時からは様付けになるけど)の就任も決まったよ。
お会いしに行った時に、お兄ちゃんの話が出てびっくりした。
御前で何かマヌケなマネしなかったでしょうね?


いや、マヌケなのはおまえだって。
りんご飴娘よ。


お兄ちゃんも、私がしてる使命のこと知ったんだね。
これまで高校生だった小娘が大それたこと、ってそう思わなかった?
正直、私もそう思うこと、あるよ。
特にね、説得している途中それぞれの人の人生や、悲しみや、迷いを垣間見てしまった時に。
本人の努力ではかえられない、ままならない。
そんな未来を突きつけて、さあ、守護聖になりなさい、なんて。

でも。
私には、私なりの覚悟がある。

こっちの宇宙にはまだ、たくさんの未開の惑星があって。
戦争も、病も、災害も。そちらとは比べ物にならないくらい多いんだよ。
先日行った惑星は子供の成人率が凄く低くてね。
小さな子供が死んでいく姿をみて、私にできるのはなんだろうって、そう思った。
そして、
もしかしたら、あの子は私だったかもしれない。
って。
そう思った。
こちらの宇宙に生まれていたら、私はあの病を克服できず、今こうしていることもないんじゃないかって。

ねえ、お兄ちゃん。
この幾つもの宇宙のなかで、いったいどれだけの人たちが『己が望んだとおり』の人生を歩めるんだろう?
生まれてすぐに天に召される赤ん坊もいる。
家族を残して戦場に散った若者もいる。
それでも人々は、諦めず自分の未来を見据えて歩いてゆくんだね。

だから、そこでもう一度考える。
私にできることはなに?
って。
今の私は、もう、病室の窓から見える流れ星に祈るだけですべてがよくなると思っている子供じゃない。

この『説得』という行為が、彼らにとってひどく残酷なことなのはわかってる。
でも、それでも、私は彼らを説得することをきっとやめない。
タンタンはね、守護聖は宇宙が選んだ宿命だと言うのだけど。
でも。
運命とか、宿命とか、さだめとか。
そういう言葉は何処か諦めを促すようで私は好きじゃない。
弱音ついでに、実はとある方の前でそう言ってしまったの。
そしたら、その方は

「ならば ―― 縁(えにし)と考えればよい」

って。そう仰ってくれた。
「もっともこれは昔先達に言われた受け売りだが」って言いながら、いつもの厳しい表情から微笑んだ姿が、もう神々しくて!
ああ、同じ力を司りながら、どうしてこんなに違うのっ!爪の垢でもせんじて …… って話ずれたわ。


『縁』教授も、言ってた言葉だ。
やはり、同じ『先達』から?
ところで、流石は聖地。イケメンでは表現し切れなくて、神々しいときたよ。まったく。


だから、こう言わせて貰う事にする。これは、きっと縁(えにし)。
縁、なんだよ。
いろんなところで、人と人がつながって描いていく縁の、これはきっとひとつ。
もちろん、それを「偶然」って表現する人だって沢山いるだろうけどね。

そう、偶然といえばね。
ティムカさんの最後の説得の時なんだけれど。
あの方がずいぶん迷っているっていうのはずっと感じてた。迷うというか、その余地すらないから決心できないでいる、が正しいかな。
それでも最後の説得のときは何処か新しい答えをみいだしたような、そんな表情をしてて。
(もしかして、お兄ちゃん、というか、ルヴァ教授さん?あの方が、何か仰ってくれたの?)

それでね、賭けをしませんか、って言われたの。
「ここに同じ種類の赤と白の花が咲いています。この花のどちらが先に散るかをあなたが当てたら、僕は聖獣の宇宙へ行くことにしましょう」
そう言って、にっこり笑うのよ?
ティムカさん、悩みすぎて壊れちゃったのかと正直思った。

(註:花の賭けは、エトワールのゲーム中の説得イベントで実際行われる。
ゲームでは赤白どちらを選んでもエンジュの勝ち。
また、「ティムカさん壊れちゃった!」という台詞も実際に語られる)

だって、もし、彼が賭けに勝ったとしても。
彼が守護聖候補であるという事実も、そして彼があの惑星の国王であるという事実もかわりないのに。
なのに、賭けをしましょうって。

指し示された花は、綺麗な、花だったよ。
しっかりと大地に根付いて緑の葉を天に向ってそよがせてて。
大きくて柔らかな五枚くらいの花弁が蕊をつつんで。
芙蓉や槿に似たかんじの、淡いクリーム色と、うす紅との花が、並んで咲いてた。

もう、ねえ。こうなったら受けて立つしかないっしょ!
って思った。
どっちが先か、なんてさっぱりわからないもの。
もし違う種類の花でだったら季節とか、散りやすさとかである程度作戦はあったのかもしれないけど。
それで賭けに負けたとき、その時はその時だって、なんだかティムカさんの壊れ具合が乗り移っちゃったくらい、えいや!な気分だったな。


少しだけ、ひっかかった。
あの王宮の庭には、同じ種類で赤の花を咲かす株と、白の花を咲く株とを同時に植えないしきたりなんじゃなかったっけ?
でも根付いて、ってことは数日のうちに植え替えたとかそういうものでもないらしいし、 考えすぎだろうか。
けれども、彼が。
あのティムカさんが本当にただ ―― 妹の言葉を借りるなら ―― 壊れちゃってそんな賭けをするだろうか?
王宮で会った後、実は仏像盗難事件の際にも、もう一度彼に会ったけれど。
あのむちゃくちゃな、でも沢山の人の優しさに満ちた事件に、 大岡越前も真っ青な名裁きを下した彼。
いつもにこにこして、穏やかそうで。
でもその奥でものすごく冷静に物事をみすえて、時に人の心の機微を捉えつつ、判断、決断、実行する力を持ってるひとだって、そう思った。
その、彼が?

僕は先に読み進める。


私は赤い花、と答えた。
「それでは、僕は白い花を」
と、ティムカさん。
そしてふたりして、花をみつめた。
すっごくドキドキした。ティムカさんの表情はふだんとあまり変わらなかったけれど、きっとドキドキしてたんだと思う。
実際に、あとでそう白状したし。

花が散るのを待つその時間が、どのくらいだったのか正直よくわからない。
あたりをたゆとう伽羅の香のかおり。
飛翔する鳥の羽音と木々のざわめき、どこかから響く水音。
微かに王宮の外の市場の喧騒が聞こえて、そこに生きる人々の姿が脳裏に浮かんだ。
太陽は容赦なく照り付けて、額に汗が滲んで。
そのときふわりと。
熟れた果実のような甘いかおりを含んだ風が通り過ぎていってね。
そして、散らしていったの。

―― 赤い花を。

その幸運な偶然に私は思わず本気で喜んではしゃいじゃった。
でも、ティムカさんもそんな私に驚いたあとに声を出して大笑いして。
「ああ、こんなにはらはらしたのは、生まれてはじめてですよ」って。
そう言ってから、もう一回大笑いして。
そして。
守護聖拝命を了承してくれた。

運命でも、宿命でも、さだめでも。
そして、ただの偶然でも。
ひとつの縁が、新たな人と人とのつながりをえがきはじめた瞬間だったよ。


長くなったね。
今日はこの辺でおしまいにしておく。
お兄ちゃん、しつこいようだけと、たまには実家に顔出しなよ。
父さんも、母さんも、口には出さないけど予定外に早く子供ら二人とも家はなれちゃって、きっと寂しい思いしてるんだから。
それじゃあ。

from エンジュ



人と人がつながって描いていく縁、か。
僕が思っているよりも、我が妹は成長してたみたいだ。


でも、と僕は考える。
ほんとうに、偶然、なんだろうか?
偶然じゃない。
だとしたら。
それは、必然って言う。

キーワードは。
本来ないはずの、同種の赤と白の花。
エンジュが選んだのは赤い花。
ああ、だけど。
動機が。
逆ならわかる。
白い花が落ちて、エンジュが賭けに負けたのなら、そこにトリックがあったろうって、そう思う。
でも結果エンジュは勝って、ティムカさんは ――
やはり、これはただの偶然?

偶然、必然、偶然、必然。
頭の中で幾度も反芻したそのときに、僕は先日白亜宮の惑星で、調査をしてたときの教授の言葉を思い出す。

『逆さに考えるのですよ』
と。
考古学では、偶然といわれてきた事柄を必然だったのではないかと逆さに考え直すことが、新たな解釈の一歩になるのだと。

ふと、ひらめいた。
いや、エンジュのメールの紅白の花の件についてはさっぱりなんだけど。
僕は教授に言われていたレポートの方、面白いことを思いついたんだ。
そして僕はその思い付きが消えてしまわないうちに慌ててキーボードを叩く。

それは些細な共通点。
僕は、ターバン姿で白亜宮の惑星に立った教授がずいぶん違和感ないなあ、と思ったことがある。
そして、それが具体的にどんな風習かは知らないけれど ―― ここは、あとで教授に聞いて補填する必要があるな ―― ティムカさんは、自分の頭部の飾りを指差して教授の故郷と同じ風習が昔あった、と教えてくれたじゃないか。
共通点は、もうひとつ。
爪紅。
アルカディアという場所で起きた事件のことを、ティムカさんは話してくれたけれど、教授がひとつ白状した。
すぐにトリックに気付いた理由の一つに、爪紅の風習を知っていた、というのだ。
それは本で得た知識ではなく、実際に故郷の惑星で行われていた風習だったと。
結婚式に女性は爪先と、指とをその紅で美しく彩って嫁ぐのだと。
―― 素敵な偶然です。この惑星でも、ほとんど廃れてしまいましたがそういう風習は残っているのです。
と。
ティムカさんは言った。

偶然?
ここは、それを必然と考えてみたらどうだろう。考古学風にさ。
僕は、なんだかどきどきしてきた。

そう、教授が懐かしそうに語った砂の下に埋もれた古代の遺跡。
彼らは、いったい何処へ消えたんだろう?
砂に埋もれる故郷に殉じた?
まさか!
もっと前向きに考えてみようよ。

僕はディスプレイに宇宙航海のシミュレータプログラムを立ち上げた。
こっちが、本職だからね。
ちなみにこのプログラムは、今僕が研究してる全く新しい宇宙空間移動システムの検証用に作ったものだ。
今度の新しいシステム、けっこう自信あるんだけど……大学の研究室の予算だけじゃどうにもなんなくってさ。
とある企業にプレゼンして、スポンサーになってもらう約束ようやく取り付けたんだけど、なんだか、総帥がいきなり交代になって。
いい方だったんだよ、その前総帥。研究の内容に自信はあるけど、現在はどうがんばっても一介の学生の僕の話を、聞いてくれて。
いや、はじめはただの営業担当 ―― しかもかなり妖しげな部類の ―― だと思ってたんだけど、話を聞き終わるなり『よっしゃ、出資したるで!』って。まさか、総帥その人が出てくるとは思わなかったよ、流石に。
怪訝におもって聞いたら、王立研究所の知り合いが、僕の論文を誉めてたとかで、それ経由で名前を知ってたらしい。
ああ、なのに交代だなんて。なんかヘマやったのかな?それに伴う企業方針の変更とかないといいけどなあ。
やばそうだったら、ライバルのセティンバーにでも鞍替えしようか?でも、それはあまりに恩知らずだし。
って、今はその話じゃなかったな。

僕は、プログラムにパラメータを打ち込んでいく。
このプログラムも、副産物的だけど、けっこう画期的だよ。
これは本来、数時間から数ヶ月、数年程度の宇宙空間の状態変化や、各惑星の位置などをシュミレートするものだけれど、これをちょっと改造して数千年、数万年前の宇宙の状態を復元するのにも使える。
本来、宇宙空間というのは、人間の感覚の時間で言えば惑星の公転や自転を除いてほとんど変化を見せない。
何億とか、何兆とか、何京とか。さらにはもっと大きな単位の、いわゆる文字通り『天文学的数値』な時間で変化していくものなのだけど、実は ここ近年 ―― といっても、数万から数千の単位 ―― は、非常に宇宙空間の不安定な状態で、安定した安全な航路の確定が非常に難しい時代が続いた。
もちろん要所を繋ぐ『星の小道』は例外だけど、利用も特別な事情がないと使えないしね。まあ、一般市民には無理。
とにかく、その複雑な変化をした時代の宇宙をけっこうな精度でシュミレートできるってわけ。

ちなみに、その不安定な原因ってのはええと、正式には公表されてないけど。
数値を見てけば宇宙の研究をしてる人間なら大体わかる。
宇宙が、崩壊寸前だったってことと、数年前にそれが回避されたってこと。
実際、その後、宇宙は非常に安定してる。
ついでに、見計らったような新宇宙の誕生も、関係してると思ってるんだけど。

さて、そんな宇宙が不安定だった時代。
数千年違えば、航行できるルートも違う。
だから、必然的に星と星を繋ぐ路も変わってくる。
直線距離にして近い星でも、間に小惑星群や宇宙電波の集中地帯、ブラックホールなどが間に挟まって、直線では交流できない星は沢山あるんだ。
それらを迂回したり、いろいろな惑星を経由したりして、星と星を繋ぐ『路』。
まあ、ほとんどが生まれては消えていく路なんだけど、中には、古くから安定してた航行路ってのもあって。
有名なのが、辺境惑星「華」から主星へたどり着くルート。
そのルートはかつての主だった交易品から、「ザイテンシュトラーセン」とも、「絲綢之路(しちゅうのみち)」とも呼ばれる。
余談だけど「華」からさらに辺境の天原(あまつはら)の惑星ってところにもルートは続いてる。

ザイテンシュトラーセンは、起点終点は1つでもルートは幾つかあって。
ひとつは、教授の故郷の砂漠の惑星を通ってる。
んで、もうひとつは白亜宮の惑星を通ってる。
教授も、ティムカさんも「華」の故事に詳しい。それはあらゆる惑星の故事を勉強してるからでもあるだろうけれど、その中でも特に「華」のものを好んで使ってるように感じられた。
それは彼らの故郷と華の間に行き来があってなじみがあったからなんじゃないかな。
でも、「華」にも主星にも。
少なくとも、ターバン着用の習慣はないんだ。
それぞれの遠い惑星で似たような風習。
それは偶然?

ここで『遠い』って言ったけど、このふたつの惑星、実は距離的には凄く近い。
ただ先に挙げたように、物理的距離と航行距離はイコールではない。
このふたつの惑星に関しても、間に横たわる小惑星群が船の行き来を阻んでいて、現在でも直行便は出ていないし、過去もそうだったと、そう思われてる。

だけど。
僕はシュミレートの結果を見やる。
ふたつの惑星の間に、まるで天の川にかかる鷺橋の如く。
ぽっかりと航行に適した空間ができあがってる時代がある。
シュミレートの数字には、約五千から八千年前、ってあるよ。
入力データが取り急ぎ集めたものだから、三千年の開きは仕方ないとして、 それでもこの数字、教授の故郷の遺跡が、まだ遺跡でなかった時代に一致するんじゃないかな?

僕は椅子に寄りかかって、天井を見上げた。
寮の低くてこ汚い天井のその向う。
広がる宇宙空間の片隅で。
数千年前生きた彼らはどんな民族だったろう。
僕は想像する。

思慮深く、叡知に満ち、我慢強く。
そして誇り高く、勇気と、強さと、諦めず夢追う心を持った民。

彼らはあるとき気付いた。
それまで生きた土地が、痩せて枯れていくことに。
そうなってしまったのが運命なのか、宿命なのか、過ちだったのか。
流石にそれはわからない。
けれど、きっと諦めたりはしなかったんじゃないだろうか。
故郷の土地に残り、オアシスでのささやかな生活を選択した人々もいただろう。
けれどもありったけの技術を駆使して広大な宇宙空間の海に船出することを決意した人々もいた。

どのくらいの航海技術があったかはわからない。
けれど、それがまだひどく未熟だったであろう想像には難くない。
故郷を離れ、あてのない旅に出る。一光年を移動するのに、いったいどれだけの時間がかかっただろうか。
もしかしたら、宇宙船の中で、世代交代すら行われたかもしれない。
どれほど、長く苦しい日々だったろう。

船出を後悔するときも当然あったろう。
自分たちは故国を捨てたのだと。
そう自分を責める時だってあったに違いない。

―― あなたが捨てるのは国なのではありません

それは。
ああ、教授の言葉だ。
そう、彼らは国を捨てたんじゃない。
なぜなら、民がいる場所が。その心のある場所が、きっと彼らの国であり故郷だから。
だから、彼らは持ち前の我慢強さで、前へと進みつづけた。
そして。
他の時代ならまともに航海できなかったであろう、一番近い人の住める惑星への路がその時開けていたのは。
それこそ、運命か、宿命か、だたの偶然かなんてわからない。
ただ、彼らは降り立ったのだ。
その惑星に。

行けども行けども永遠に続くかと思われた星屑の砂漠の片隅に。
きらめく宝石、オアシスのような。
豊かな水と緑と。そこは、楽園。

既に、暮らす人々は当然いたと思う。
彼らはそこで迫害されなかったろうか?
されなかったと思う。
だって。
爪紅の風習。
それは、婚姻の儀式の風習だから。

そう、遥か宇宙を越えてやってきた旅人を、あの楽園に住む朗らかな人々は優しく、温かく受け入れたんじゃないかな。
婚姻の風習が受け継がれるくらいに、彼らの間に愛情が芽生えることだって沢山あったにちがいない。
そして、いつしか混血が進んで、彼らは長く苦しい旅の記憶こそ失ったけれど。
そのかわりに新たな故郷と、安らぎを見つけたんだ。
きっと。


目を閉じる。
熱帯の大きな蝶が月に向って飛翔する姿が浮かんだ。
その月は晧々として。
いつしか、僕の心はその蝶となって何光年もの旅をする。
緑豊かな風景から一転して寥々と続く砂漠の上に。
月は、その蒼い影を落としている。

―― あの月が、その後何処で見た月より私にとっては美しいのです。



ただの夢物語かもしれない。でも、もしもこれが本当だったなら。
もう一度、言おう。
運命か、宿命か、だたの偶然かなんてわからない。
でも、それは、こう呼べる。

―― 『縁』と。


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