ルヴァ教授の事件簿1

赤い花、白い花

(一章)僕の 夏休み 研究旅行

■このお話は例の如く「ルヴァ探偵の回想録『爪紅の花』」の続編となっております。
前作をお読みでない場合、わかりにくい内容もあります。
また、前作のネタバレとなる内容もありますので、未読の方はご注意ください。


今ごろは楽しい大学の夏期休暇。
のはず、だったんだけど。
いつの間に、こういうことになったんだっけ?
額に流れる汗を拭きながら、僕は教授の方をちらりとみやった。
あー、やはりこの惑星はあついですねー、とか、言ってる。
申し上げていいものなら、そのターバンを外せばもっと涼しいんじゃないかと、そんなことを思ったわけだけどなんとなくその話題にふれてはいけない気がして、僕は黙っている。
教授、知ってるのかな?
どういう理由で外さないのかは知らないけど、主星ではかなり特異なそのターバン。外見からしてまだ二十代であろう教授が頑なに外さないそれは、学生たちの間でえーと、その、要は頭部の髪毛の少なきを隠すためだって、まことしやかに噂されてるってことを。
とはいうものの、この熱帯の ―― 白亜宮の惑星では、意外と灼熱の太陽を避けるのにはちょうどいいかな、なんて思い直した。
実際、通りをゆく人々は頭部まで覆う布をかぶっていたり、それこそターバンを巻いていたりして、教授の姿もしっくりとなじんでる。
帽子用意しておけばよかったな。
手をかざして仰いだ空に、太陽光が眩しくきらめいた。

自己紹介しておく。
僕の名前はクリス・サカキ。
主星の王立大学の学生で、宇宙工学の研究室に所属。
なんだよ、本当は。
でもちょっとばかり不思議な縁もあって興味が湧いたことから、僕は同じ大学の考古学研究室の教授、ルヴァ教授の講義もときどき他学科聴講をしている。
それがきっかけで研究室にも出入りしていたわけだけど、ある日夏期休暇の予定を聞かれて。
そのとき、僕は計画していた旅行がぽしゃったばかりだったせいもあって、暇です、と。

「あなたにね、お願いしたいことがあるんですよー。研究旅行に、同行してもらえませんか?」

そのままあれよあれよといううちに、何故わざわざご指名だったのかも知らぬまま、僕はルヴァ教授の研究旅行に同行することになってしまったわけだけど、僕は、気付くべきだったんだ。
周囲にいた考古学研の学生たちの同情的な表情に。
もちろん、教授はいい人だしその講義も興味深いわけだけれど、なんていうか、すごく、すごく、すごーく世間一般からずれているところがあって。
正式な調査団の一員としてならともかく、今回みたいな教授の趣味の範囲の研究旅行に同行するには並大抵の苦労ではすまないだろうという推測から、他の学生達はあんな表情をしてたわけだ。もっとも女性陣からは嫉妬の視線も痛かった。
そんなに睨まれてもなぁ。そもそも教授にはすごい美人の恋人がいるし。あんまり進展してないみたいだけど。
おっと、話がずれた。
さて、当初の心配をよそに、これまではさほどの苦労はなかったかと思う。
強いて言うなら教授は何にでも興味を示して、ともすればその場を動かなくなってしまうことくらいか。
それでも、どうにかこうにか、この惑星の首都までやってこれたわけだし。
今回調査予定の遺跡は、この都市から北へ八百キロいったところにある密林の中。
古い寺院の遺跡があって教授はそれを調べようとおもっているらしい。
ただ、そこは代々王家所有の土地ということで、入るには許可が要る。

「調査許可の事前申請はお済みなのですよね?」

ここまで来て、今更確認もないけれど、ふと過ぎった不安に僕は聞いていた。
ルヴァ教授はにこにこ笑って。
「いえ、これからですよー」
っていうことは、これから役所に届ける、のかな?まあ、呑気ではあるけどそういうものかな。
はっきりいって、考古学調査の手続きなど僕にはさっぱりわからない。
そんなことを考える僕に教授はなーんも心配してない感じの口調で。

「これからね、王宮へ行って王様に直接許可を頂こうかと」

ちょっとマテ。

ちょっとまて、それはいくら素人の僕でもなんかヘンなのはわかるぞ。
でも、いちおう聞いてみた。
「…… 謁見の、許可は ……」
「あー、飛び入りです。大丈夫ですよー、たぶん」

…… 誰か、タスケテ。

旅行の同行を押し付けた考古学研のやつらを恨めしく、思ったよ。正直。
そんな僕に教授はおっとりと言う。
「ああ、ここではありませんかー?あなたが、妹さんと待ち合わせしているのは」
惑星の名のとおりの、白亜の王宮から続く活気に満ちた大通り。
そこに並ぶ店の中の一軒の喫茶店を彼は指差した。
あまりの混乱に忘れ去りそうになってたけど、そうだった。
今日、僕は何の偶然かやはりこの惑星に用事があるという妹と、久しぶりの再会をするべくここで待ち合わせをしていたのだった。
そして。

「お兄ちゃん、こっち!」

かけられた声の主はすぐにわかった。
エンジュ。僕の妹。
赤い、故郷の公立高校の制服をきてるから凄く目立ってる。
明るい太陽の下、元気に手を振っている彼女を見て、僕はついほろりとしそうになる。
小さな頃は病気がちだった妹。
ああ、よくぞここまで元気になってくれたもんだ。
もっとも、元気になりすぎて世間一般にはああいうのをお転婆とか、じゃじゃ馬とか、あと一部では男前、とか言う。
でも、まあ、それはそれで妹の可愛いところなんだと身内の身びいきで僕はそう思っている。
彼女は喫茶店の中ではなく、大通りにならぶ露店のひとつの傍らで手を振っている、というか手招きをしていた。
近づくと、露店に並べられていた赤いりんご飴を手にして。
「今月は赤がラッキーカラーなんだって。それと今年は運命の出会いもあるってネネに言われちゃった」
笑顔全開でそう言った。
つうか、ネネって誰。

さて、彼女は幼い頃の経験 ―― 流れ星に願いを叶えてもらったと彼女は信じてる ―― から、そのさっぱりとした性格のわりに、占いや縁起を担ぐのが好きだ。
ラッキーカラーが赤だから、色とりどりのりんご飴の中から赤を、選んだんだろうと推測する。
そういうところは、まだ、子供だよなあ。
などと思っているとエンジュが言った。
「じゃ、お兄ちゃん、お金払っといてね。ラッキー」
って、おい、すたすた向うへ行ってるよ。
嬉しそうだった理由は久々の再会じゃなくって、りんご飴の代金かい。
ちょっとしんみりしつつ、僕は代金を払って、彼女の後を追う。教授にも、あらためて紹介いしたいし。
そのとき、彼女の後姿、肩に乗っかっているぬいぐるみに今更ながら気付いた。
あれは。
―― コンスタンタン?
妹の十七歳の誕生日に、僕が贈ったぬいぐるみ。
ちなみにそのネーミングは妹のもの。そのセンスについては、あえて言及しないでおこうと思う。
でも、言及せずにおれないのは、この真昼間の大通りの真ん中で、ぬいぐるみ肩に乗っけてる妹の ―― 奇行。
流石に一言物申そうと思ったそのとき。

「おお、もしやおぬしがルヴァか。噂はきいとるぞ」
「あー、私も噂には。お目にかかれて。ところで、うさぎの姿なんですねー。ぱんだではないんですかー」

ルヴァ教授はパンダの方がよかったらしい。
いや、そうじゃなくて。

ぬ、ぬいぐるみが喋ってるよ!!

エンジュは唖然としてる僕をよそに、ルヴァ教授と、そしてぬいぐるみとで話してる。
お願いです、ルヴァ教授。せめて少しは驚くなりなんなりしてください。

ああ、遠い故郷の星の父さん、母さん。
この世には、不思議なことなど何もないと思っていた僕が間違っていました ……。

◇◆◇◆◇

喫茶店で僕はエンジュと話していた。
ルヴァ教授は先ほどひととおりの紹介と挨拶を終えたあと、久しぶりの兄妹水入らずですからー、と席を外して向うの席で本を読んでる。
ちなみにコンスタンタンに良く似た石版の神器とやらは、ワシは眠い、とかいってブレスレットになった。
もう ―― 何も言うまい。

「向うは、どう?」
『聖地』という言葉をださないまでも、つい声が小さくなる。
エンジュはジュースの氷をストローでつつきながらあっさりと答えた。
「すごいよ。美男子ばっかり。皆様はもちろん、お付きの人から船長さんに至るまで」
そういう、観点なのか?
いいのか?それで。
つうか、船長さんって誰。

ただふと思い返せば確かに。向うにいる友人といい、教授といい、背の高い黒髪の教授のお友達といい。
あれなのかな?聖地で働くのって、容姿も条件の内なわけ?などと、ちょっとエグイ想像をしてしまった。

「父さんの若い頃の写真見て、あんなハンサムそうそうはいない、って思ってたけど、ごろごろしててびっくりしちゃった」

そういったエンジュの理想の男性像は、たぶん父さん。年頃の娘に一緒に洗濯物を洗われるのすら嫌がられるおとーさんが存在する昨今、珍しいパターンかと思われる。
でも、確かにあれだ、父さんだったら聖地で働けるくらい超イケメンかもしれない。などと思ってみたり。
だけど、僕は父さん似なはずなのに。
実際、部品のひとつひとつはよく似てるんだよ。でもまとまるとなんでこんなに印象が違うんだ?
遺伝って不思議だ。
まじまじと硝子に映った自分の顔を眺めてしまった僕にエンジュが言う。
「あ、お兄ちゃんもそれなりにイケてるわよ。たぶん。いつもの白衣着て、コンタクトじゃなくてメガネにしておけばマニアにウケる程度には」
いや、妹にとってつけたように言われても。しかも、マニアって。

僕はもう一度、向うでの生活について尋ねた。
「苦労、してるんじゃないか?」
ただの高校生だった彼女が、いきなり重い使命を負って。日々宇宙を駆け巡っていると言う。
愚痴のひとつでも聞いてやろうかと、思ったわけだ。
エンジュは、うーん、とあいまいに唸って。

「皆様は良くしてくれるよ。私、『レディ』なんて呼ばれたのはじめて」

はいい?!
僕の想像を絶する世界がそこに展開しているらしい。
うーんでも。
向うにいる友人といい、教授といい、背の高い黒髪の教授のお友達といい。
あまりそういうこと言いそうな人がいるというイメージは無かったけど。
もっとも厳密には妹が赴いたのは新宇宙と呼ばれる場所の聖地なので、そういう違いもあるのかな?
宇宙工学を学ぶ自分としては、向うの宇宙と言うのにもひどく興味がある。
そういえば先日読んだ、王立研究院の研究員が書いた論文、あれ面白かったなあ。
ぜひじかに話を伺いたくて、僕の考察を添付してメール出したんだけど。
なんだか噂では行方不明って ……
などとちょっと思考がずれてきた僕をよそに、でも、と彼女は続ける。

「確かに、苦労もあるよ。
不良バーテンの説得とか、不良バーテンの説得とか、不良バーテンの説得とか。とかとか」

何の説得なのかはよくわからないけど、天敵がいるようだ。
励まそうと思ったときエンジュが、でもまあ顔はイケメンなんだけど、とつぶやいたので僕はあっそ、とだけ言って黙った。
その他彼女から話を聞くに、彼女の日々はそれなりに充実しているらしい。
そしてふと思い出して僕は聞く。

「そういえば、今日はどうしてこの惑星に?」
「ちょっと王宮に用事」

なるほど。まあ、聖地の使者って立場ならそういうこともあるか。
そこまで考えて、このあとアポなしで王宮に乗り込もうとしている教授をどう引き止めるべきかに思い至って、ちょっと軽い眩暈を覚える。
とにかく、もう昼食も近い時間だ。
このままここで教授も一緒に食事をとろうかと妹も誘う。
エンジュは残念そうに笑って ―― 笑った拍子に見えた口の中が、りんご飴の食紅で赤く染まっている。マヌケだ ―― 言った。
「明日にも予定があるから、もう行く。早めに王宮に伺って、なるべく早く向うへ戻ろうと思って。明日の予定は体力勝負だから。たぶん」
明日は天然無敵二重マル元気印の少年を説得しに行かなければいけないという。
ふうん、で、そいつもイケメンなわけ?どうでもいいけど。
「じゃ、お兄ちゃんまたね。今度手紙書くよ」
言って元気に去っていく彼女の後姿に、
「父さんと母さんにもちゃんと手紙かけよ!」
そう叫んだら、お兄ちゃんこそ、研究もいいけどたまには実家に顔出しなよ、と返された。
さてと。
お昼ご飯食べながら、僕は僕で教授を説得するか。

◇◆◇◆◇

で、説得の結果。撃沈。
教授はにこにこと笑って、あー、大丈夫ですよー、と繰り返すばかり。
昼食を終えて、僕らは結局、ここ、白亜宮の正面門前にいる。
「あー、すみませんー」
そう門内に声をかける教授。
絶望的な気分で頭を抱えている僕をよそに、中から出てきた人に教授は言った。

「あー、国王陛下は、ご在宅ですかねー?」

教授、勘弁してください …… 。
ああ、遠い故郷の星の父さん、母さん。
突っ込みどころが多すぎて、僕、もう、泣きそうです。


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『国王陛下はご在宅ですか』ネタは、CDドラマ「虹の記憶」からでございます。