ルヴァ探偵の回想録

爪紅(つまくれない)の花

(挿話3)Beauty And The Beast ―― 美女と野獣


お茶会も和やかに進んで。
ハープの演奏をきっかけに、幾つかのカップルが踊る中。
かつて理想郷の星空の下で踊ったふたりもステップを踏んでいる。

「以前こうして踊った時は、よほどのことがない限りもう一度会うこともないと思っていたけれど」
「よほどのことが、起きてしまいました」
彼は何故か少し照れたように言った。

「 ―― ずいぶん、悩んだのではなくて?」

思いやるような口調を察してか、存外愁いを含まぬ声で答えが返る。
「そうですね。けれど、失うものと同時に、得るものがあることを今の私は知っています。
―― 残念ながら、まだすべてを受け入れられたわけではありませんが」
その声に彼女も心なしかほっとしたように語る。
「わたくしも、残念ながらこればっかりはあなたに語るべき言葉を持っていないわ。でも、これだけは。ゆっくりで、かまわないとわたくしは思ってよ?あちらの宇宙だって発展途中なのですもの、急ぐ必要は、きっとないのでしょう」

ゆっくりと彼は頷いた。
「はい、そのお言葉、心にとどめおきます」
そうしてから、彼が少しだけためらって言う。
「拝命前に外界で、おそらく、なのですが …… 先の …… お方にお会いしました」
彼女の表情は変わらない。
「 ―― 何か仰っていて?」
「いいえ。でもそれは、きっと貴女なら大丈夫と、信用なさっているからこそだと、そう感じました」
「ありがとう。ねえ、隣には ―― あの方もいらして?」
頷く彼に、そう、よかった、と彼女は心からの笑みを見せた。
しばらくの沈黙の後、彼はふと己の手に添えられた彼女の手の爪先に気付き言う。
「使って下さっているんのですね」
「ええ、これで自分で雪を降らせてしまえば完璧よ」
目と目が重なって、ふたりは微笑みあう。
そして、彼女が言った。

「ねえ、思ったのだけれど。よくよく考えると、『Roman Holiday 』も『The King and I 』も主役のふたりがダンスを踊るシーンはあっても、悲恋物ね?」
「そういわれてみれば、そう、ですね」
「ハッピーエンドのお話を思いついたの。『Beauty And The Beast 』なんて、いかがかしら?」

彼は困ったように笑って、少しだけ肩をすくめた。
「美女の方は完璧ですけど、野獣の方は、キスされても王子様にはなれませんよ?
―― 三年前ならともかく」
「あら、残念」
「ご不満そうですね。なんなら、試してご覧になりますか?」
彼はにっこりと笑ってみせる。
「なかなか言うわね」
彼女も余裕の笑みを浮かべつつ、彼を少し上目遣いにねめつけた。
くすくすと笑って、彼は今度は耳元で囁く。

「ちなみに、野獣のままでも責任はもちません」

そこで、彼女は艶然と微笑んで。
「あら、それはそれで楽しそうだわ」
「―― 貴女のほうも、なかなか仰いますね」
予想外の反応だったのか、彼は少々度惑っている様子である。
「ふふ、そこでひるむならそんな口は利かないことね。でも、そう」
彼女は眩しそうに目を細める。
「いつかあなたが言ったでしょう?たまには羽目をはずしてみるのもいいかと思った、って。私も時折、そうすることにきめたの」
「それは、素敵です」
「でしょ?だから ―― 」

彼女はふいに伸びをして、彼に優しくくちづけた。
「さあ、今のあなたは王子様かしら?それとも野獣のまま?」

驚いて足を止めてしまった彼と。
微笑む彼女と。
変わらず流れる音楽と、聖地の優しい日差し。
鳳仙花の赤い花はゆれて、おそらくは。
―― 初雪を、待つまでもなく。


―― 了

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■予告:ティムカが就任前に外界でルヴァに見向かれたトリックとは?
次回、ルヴァ教授の事件簿「赤い花、白い花」お楽しみに。

■クイズ:お茶会のダンス
この最終話で幾つかのカップルが踊っているという表現があります。
実際踊っているのは四カップル。
次回作に答えが出てきますが、本来リモと踊ってそうなゼフェルは現在、エンジュとなにやら話し込んでいるようです。
さあ、踊っている四カップルは、誰と誰?
ちなみに、三カップルまでは作中に答えがありますが、最後の一つははっきりいってカンでないと当たりません。もしくは、キャラの性格を把握して推理したら当たるかも?
(全部男女で踊ってますよ)

正解者の中から抽選で1名さまにお好きなキャラで甘系SSプレゼント。
回答は次回作『ルヴァ教授の事件簿「赤い花、白い花」』完結までに、メールで
・回答
・あなたの好きキャラ(当選後にお聞きするリクエストキャラとは異なってけっこうです)
・当サイトで好きな創作
を書いて応募してくださいv
※次回作完結と同時に締め切らせていただきます。


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