ルヴァ探偵の回想録

爪紅(つまくれない)の花

(挿話2)The King and I ―― 王様と私


彼の元に一枚のカードが届いたのは翌日のことだった。


星祭の主催者さんへ
今日の夕方、日向の丘にてお会いしましょう

◇◆◇◆◇

向った夕暮れの日向の丘。
佇むその人に、彼は語りかけた。
「星祭のこと、お気づきだったのですか」
彼女は振り向いて艶然と微笑む。
「甘くってよ。あの演出でわたくしが気付かないとでも?それにルヴァかゼフェルのどちらかに話したら最後、アンジェ経由で必然的にわたくしのところに伝わるの」
「認識が …… 甘かったようです」
彼は困ったように苦笑した。
「共犯もいたでしょう。エルンストと……ジュリアスかしら?」
彼はそれには意外だという表情をする。
「少なくともジュリアス様に関しては、ルヴァ様は黙っていてくださると思ったのですが」

「そう、ルヴァはとぼけて口を割らなかったの。だから、これはわたくしの推理よ。アルカディアの子供たちの変な噂話を、ことごとく『唯の噂だ』なんて言って取り合おうとしないのだもの。そのわりに招待状には素直に応じるし、ジュリアスらしくないわ。星見の塔のライトアップ許可も彼が出したのではなくて?動機は想像できるしね」

そう言って彼女はふふっと笑ってから、ふと思い出したように彼の表情をみやる。
彼女自身、何らかの想いを含んでいるように、注意深く尋ねる。
「 …… この話題、もう大丈夫なのかしら?」
「―― ええ」
頷いた彼に、そう、とつぶやき彼女は続けた。

「それと、エルンスト。あれだけの蝋燭を用意して火をともしたのだから、アルカディアを観測している研究所でなんらかの反応を見つけられないはずはない。けれどそんな報告なかったわ。ということは、彼も共犯。そう気付いてしまえば星のかけらが空へ帰る演出の細かな仕様決定 ―― 効果的な光度の調整などは彼が得意そうだもの。彼の動機もさほど難しくはないわね。向うの補佐官とは幼馴染だったかしら?さあ、わたくしの推理、いかがかしら」
「感服、致しました」
彼は礼儀正しく一礼した。
そして彼女をみつめて言う。
「あとは途中で気付いても黙っていてくださった方もいらっしゃいます」
「ルヴァのことを言っていて?」
「いえ、ルヴァ様も、お気づきだったとはおもいますが、他にも ―― クラヴィス様が」
彼は、彼女の反応をうかがっているようだった。
「そう、クラヴィスが」
彼女は遠くをみるような風情で彼から目をそらしてから、ふと真面目な表情になり、少しためらったあと俯いて口を開く。
伏せた睫毛の影が、青紫の瞳をいっそう神秘的な色合いに見せている。
「―― あなたの動機を聞いてもよろしくて?」
しばしの間の後、夕暮れから夕闇へと変わった大気に声が響いた。

「お力に、なりたかったのです」

彼女は少し目を細めて、彼をみやり、そして再び視線をそらした。
「中途半端な申告ね。その返答では、『誰の』かがわからないわ」
彼はうつむいて答えようとはしない。だから、彼女は先に言った。
「―― やっぱり、答えなくて、よくてよ」

うつむいた視線の先、彼女の指に気付いて彼は問う。
「爪紅は、お使いになっていないようですね」
「使う理由もないもの。少なくとも、以前の理由はね」

身を翻して彼に背を向けて、夜風に乱れた長い髪をかきやって。
手すりにすこし乗り出して、彼女はアルカディアをながめやる。
遠くに育成地の街の灯がゆれていた。

「育成をしてないのに幸福度が上がったことは?」
「伺いました」
「もう、心配はなくってよ。あとは時が満ちるのを待つだけ。あなたは無事、あなたの故郷に帰れるわ」
「そう、ですね。貴女も元の場所へ」

背を向けているので、彼からは彼女の表情を伺うことはできなかった。
そして、彼女からも彼の表情を伺うことはできない。
彼女が唐突に言う。
「ねえ、望まぬまま離れ離れになってしまう恋人たちにも、爪紅の言い伝えは通用するかしら?」
彼の息を呑む声が、彼女の耳にも届いた。
「…… わかり、かねます」
「馬鹿な事聞いたわ。忘れて」

しばらくの沈黙のあと、彼女はことさら明るい声で言った。
「わたくし、考えたの。素敵な星祭と冬まで落ちない爪紅のお礼に、何ができるかしらって」
「お礼なぞ ―― 」
必要ありません、と続くであろう言葉をさえぎる。
「聞いて。わたくし、あなたが故郷で多少、政(まつりごと)のヘマをしても、余裕で平和が続くくらいに、この宇宙を導いてさしあげてよ」
だから、と彼女は彼の方に振り向き優しく言った。
「あまり肩肘はるのはおよしなさい」
その言葉に。
「―― はい」
少しだけ愁いの陰りを取り除いて、彼は少年らしい笑顔を見せて頷いた。

「それにしても。怪我をしたのですって?ずいぶん無茶なことをしたものね」
彼女はは彼の手の包帯を見やり言う。
怪我自体はたいしたことはないのですけれど、と彼は苦笑する。

「たまには羽目をはずしてみるのもいいかと思ったのです。時にお城を抜け出す程度には」

彼女はつい、と言ったふうに噴出した。
「それは、きっと悪いことではないわ」
その返答に悪戯を思いついたように彼はにっこりと笑う。
「じゃあ、貴女もまた羽目をはずしてみるのは如何でしょう」
「そう?たとえば?」

「星空の下でダンスなど ―― Shall we dance?」

「今度は『The King and I 』なのね。あら、でも残念。せっかくの王様のお申し出だけど、わたくし、家庭教師じゃないわ」
おどけた様子に、彼もくすくす笑って答える。
「先日、ジェラードをご一緒したのは新聞記者ではありませんでしたから、この際細かいことは気にせずに」
そして、手を彼女に向けて差し出す。
「音楽は?」
「―― 星の瞬きの音で」
「素敵だわ」

彼女は微笑み、差し出された手に、己の手を添える。
既に日は沈み、瞬く天上の星と、遠くに灯る地上の明かりのあいま。
互いの間に流れる音楽だけを聴きながら踊るふたりを水銀灯が照らして、石畳にその影がゆれた。


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