ルヴァ探偵の回想録

爪紅(つまくれない)の花

(解決編)星のかけらの爪紅


星祭りの翌日の日。
俺は地の館をずいぶん久方ぶりに尋ねた。
目的は、もちろん、昨日の星祭りのトリック。
あの時目があってにこりと笑ったあいつと、いまさら仲直りも必要ねーから、これは口実じゃ、ないな。

部屋に入ると、あいつは笑顔で迎えてくれた。
やはり、ずいぶん久しぶりだな、っておもったけれど、いつも通り俺は勝手に椅子を用意して、よう、とだけ挨拶した。
ルヴァはいそいそとお茶を用意して、待っていましたよー、と言った。
待っていた、って。
ふ、ふん、別に、嬉しくなんか …… いや、嬉しい、けど。

「このおせんべい、ゼフェル、あなたが好きなので取っておきましたよ」

出されたせんべいを食いながら、こんな激辛せんべい、俺以外だれもくわねーだろよ、とおもいつつ、取っておいたといったその言葉がやはり、嬉しかった。
そうだよ、嬉しかったよ、わりーか。
俺がせんべいを食っているとパタパタと廊下を走る音がする。
この足音は、アンジェだな。予想通り、扉が開いて彼女がひょっこりとその笑顔を覗かせた。
「こんにちは!ルヴァ様。ああ、やっぱりゼフェルもここにいた。やっと仲直りする気になったのね」
う、うるせー、口に出して言うな。
俺がにらみつけても、彼女は、ふふっと笑っただけだった。
ちくしょう。
そんな俺をほっぽって、アンジェは小さな瓶をルヴァの机の上に置いた。
ことり、と乾いた音がする。
その瓶は、昨日子供たちから手渡されていたものだった。
そして、彼女の爪の先には、愛らしく塗られたくれない色。
口にはださねーけど、良く似合ってるぜ。ホントに。
瓶の首につけられていた袋の中には花の種が入っていたとアンジェは言った。
見せられた、小さな丸っこい種だ。
その種は見たことがあった。
いや、花なんてく詳しかねえけど、この種はガキのころよく遊んだから覚えてる。
そう、ホウセンカ、だ。
熟した実に触れるとはじけ飛んで、それが面白かった。

「鳳仙花の種がつけてあるってことは、この色が鳳仙花のものであるってことだとおもうんです。なのに不思議なんです。昔遊んだ時はすぐに落ちてしまったんですよ、鳳仙花の色って。 でも、これは、全然落ちる気配が無くて」
アンジェは爪をこちらに向けて見せた。
「子供たちが言ってたではないですか。お星様のおまじないがかかっているからですよー」
ルヴァの返答にアンジェはちょっと面食らった表情をしている。
おいおい、その説明はナシだろ。それに、その部分は俺も『謎』のままだったんだから、教えてくれよ。
よっこいしょ、とルヴァは言って立ち上がる。
「じゃあ、いきましょうかねー」
何処へ、と聞く必要はなかった。それを察したようにルヴァも頷く。
「そう、今回の事件の犯人さんの館へお礼を言いに。安楽椅子に座ってばかりでは、運動不足になってしまいますからねー」
いや、もう、運動不足は遅いんじゃねーか?
そう言おうと思ったとき、扉が開いた。
その姿をみて、思ったね。
この僅かな運動不足解消の機会さえ失われたってさ。
ルヴァ、今度てめーのために、専用運動マシンでも …… 作ってやるよ。

◇◆◇◆◇

「どうして …… というのは、おこがましいですね。お気づきになられないはずはない、とは思っていました。 ですから、いつから、と伺わせてください」

返しに来たという本をルヴァに渡してティムカは困ったように微笑んだ。
ルヴァは奴に椅子を勧めながら。
「あなたが、嘘をついたときから、ですねー」
そう言った。
「嘘、ですか?」
椅子に座りながら聞き返した様子からして、それが何の嘘なのか当人もわかっていない様子だった。
ええ、と言ってルヴァはお茶を煎れる。
けれど、煎れながら途中でぴたりとその手を止めた。
おい、まさか。
その後のルヴァの行動を予測して、俺は身構えた。
「私は右利きです。お茶を入れている途中、手を滑らせてお湯をかけてしまうのは普通」
そこまで言ってルヴァは、右手をぱっと離す。
やっぱりっ!!!
アンジェが、小さな悲鳴をあげるのと同時に、俺は急須をキャッチした。
「あー、ナイスキャッチですねー。そうしてくれると思っていました。ありがとう、ゼフェル」
ナイスキャッチですねー、じゃねえよ、アホ!
「落としたら、テメーの左手直撃だろうが!」
俺は、怒りのあまりそう怒鳴った。
でもルヴァはにこりと笑って。

「そう、普通、左手、ですよね?」

ティムカは苦笑して、右手の包帯に、そっと触れる。
「なのにあなたはその利き手の怪我を、お茶を煎れようとして手をすべらせた、と。何故ね、嘘を言う必要があるのかと、その時は思っただけだったのですよ。でもアルカディアの子供たちの変な噂を聞くに至って、ああ、そうか、と」
「まさか、そこだとは思っていませんでした。我ながら、未熟です。昨日の子供たちの歌は、以前お借りした童話の中の歌ですから、お気づきにならないはずはないとは、思っていましたが」
そういうティムカを思わずフォローした。
「いいんじゃねえの。嘘なんてうまくつけねー方が人間として。バレたのだって、てめーが嘘なんか普段吐きなれてなかったからだろ」
アンジェが意味深に微笑む。
「あら、優しいのね、ゼフェル」
うるせー。

「あやまって、無水硫酸カリウムアルミニウムに濡れた手で触れてしまったのですか?」

ルヴァが何気なく言った硫酸カリウムアルミニウム。
これこそが、今回キーとなった物質。
そう、あの腹痛騒ぎの犯人の物質だ。
温泉のところで、「焼きミョウバンご自由にお持ち帰りください」って、無料配布してるよな。
一般的に硫酸カリウムアルミニウムはミョウバンって呼ばれてる。
それを加熱処理して水を飛ばしたのが焼きミョウバンすなわち、無水硫酸カリウムアルミニウム。
水を加えると化学反応で発熱する。
あの星祭りの日みた白い雪のようなものと、発熱現象はそれ、だな。
んで、硫酸カリウムアルミニウムの高濃度の溶液に芯を入れてゆっくり冷やしてやると正八面体の透明な結晶になる。
それが、星のかけらの正体。
小学校の科学の授業でもやるみてーだな、最近は。
もっとも綺麗な結晶にするにはけっこう手間やらテクニックがひつようなわけで。
ガキらは熱中しすぎて放課後でも足りなくなって、夜ふかしして ―― 寝不足になったってか。
第一の噂『昼間集中力の無い子供たち』解決。

ルヴァの問いかけにティムカは首を振った。
「わざと、濡れた手で、触れて見せたのです。子供たちの前で」
「おや、それは推理がはずれましたねー。流石に」
「おめえ、バカか?!なんで、そんなこと」
俺は呆れたね。んで、その返答にも呆れた。
「扱うのは危険だと、わかっていました。でも、口で注意しても、あのくらいの歳の子供たちにはなかなか聞いてもらえないものでしょう?」
そこで、ふふ、と笑って。
「多少のことならそこまで過保護になる必要もないのでしょうが、流石にこれは危険だと思ったので、彼らの前でちょっと演技して火傷して見せました。それまでは面白がって水を混ぜていましたが、そのあとは扱いに慎重になってくれましたよ」
にっこり。って、笑ってる場合かよ。
…… こいつ、ぶっとんでやがる。大物というか、なんというか。
ふつー、そこまでやるか?

「にしても、その怪我、治り遅くねー?」
ずいぶん長いこと包帯してっけど。そんなにひどく火傷したんだろうか。
「ああ、これは」
と奴は包帯をほどく。
「怪我はもっと小さいし、ほとんど直ってはいるのですけれど、試し塗りしたこれが取れなくて」
包帯の合間から覗いた指の先。

―― 紅い

「そう、それ!どうして取れないのか不思議で」
アンジェが尋ねる。
「故郷で行う爪紅は、色素の定着用にミョウバンを加えるんです。長持ち、しますよ。お使いになってくれているのですね。良くお似合いです」
っておい!
良くお似合い、だあああっ!?
無邪気な笑顔で何気にこっ恥ずかしい台詞いってんじゃねえ!
それと、どさくさにまぎれてアンジェの手に触れるな!
ほら、ルヴァだって凍ってるぞっ。
無邪気な分、オスカーよりタチ悪くねーか、こいつはっ。
凍ってるルヴァとあたふたしてる俺に奴は気付いたらしく。
―― ああ、そうでしたか。失礼を。
と、小さくつぶやいてアンジェの手を離した。

何がだ!
何が『そうでしたか』だ!テメー!!!
って、まてよ、凍ってるてことは、ルヴァやっぱり、おめー ……?

混乱してる俺には全く気付かず、アンジェが嬉しそうに聞いてる。
「長持ちするって、初雪が降るまで?」
「ええ、きっと」
おーい、そこ、俺のわかんねー会話すんな。
でも、そうか。
少し落ち着いてきて、思い当たる。星のかけらである『ミョウバン』を加える、それが『お星様のおまじない』なワケね。
もうひとつ、わかったぞ。
「なあ、こどもらが口の周り真っ赤にして騒いでたって噂……」
ティムカは申し訳なさそうにした。
「口紅として利用する地域もあると話したら、みんな面白がって試しだしてしまって …… 爪と違って皮膚が変わればすぐに取れるのですが、それでも数日間は……」
ああ、だから、マスクね。
第二の噂『口を血で紅く染めた子供たち』と第三の噂『牙を隠すためにマスクを外さない子供たち』解決。
ついでに、第四の噂『蝋燭をもって黒ミサ』は、あれだろ?
昨日の出し物の練習、してたんだよな。

「噂は、あなたがわざと流したのですね?」
凍りつきから回復したのかルヴァがいつもの調子に戻った。
「ええ、はじめに騒いでいる姿が見られたあと、アルカディアで少し話題になってしまって。作業は放課後だけにするよういい含めて、わざと頓珍漢な噂を流しました。せっかくだから、何をしているか内緒にして驚かせたいと子供たちが望んだので」
とはいえ、噂をあんまり追及されるとそれはそれでバレるから、噂が話題になった場では、わざと否定的な態度をとった、と。
あとは当日せっかくの星祭りに少しでもみんなが参加するよう、メルやマルセルを上手くのせて促してまわったな。
でも最後の噂。『入院した子供たちがおかしい』っていうのは。

「なあ、きっかけは、やっぱりあの入院騒ぎか」
「そうでもあり、そうでもなく」
「なんだよ、はっきりしねーな」
そして奴は、凄く嬉しそうに。

―― きっかけは、おふたりが陛下にお願いして、聖地に流れた流れ星です

と。
「病院で、子供たちにその話をして聞かせたら、彼らはひどく喜んで。宇宙やアルカディアのために頑張っているみなさんのために何かお礼がしたいと、言い出したのです。はじめは入院していた子供たちが中心でしたが、次第に学校などで仲間が増えていきました」
なるほど、ね。
そのときアンジェが、そうだ思い出した、と言った。
「お礼がしたいのはこっちだわ。知ってる?昨日の夜で一気に幸福度が上がったのよ。もう、心配ないわ」
それは、子供たちが喜びます、と奴は一礼する。
幸福度が上がった理由をアンジェは言わなかったけれど、それって、俺たちの仲たがい ―― 俺とルヴァに限らず ―― が改善されたのと、もしかしたら、アルカディアの民っていうか、子供だけど、彼らそのものが昨日の祭りを楽しんだからなんじゃねーか?
そんなことを思っているとルヴァが言う。

「『民の楽しみを楽しむものは、民も亦た其の楽しみを楽しむ』ですねー」
(作者註:孟子、主君が民と楽しみを同じくすれば国が良く収まる、の意)

ティムカは頷いた。
ルヴァの言った引用の元はしらねーけど、今度は意味、わかったぜ。
ただ、ここで俺はまたちょっと自己嫌悪モードへ突入してしまった。
無事幸福度だって目標値に達して、あとは時が満ちるのを待つしかない。
結局、俺、何もできてねーじゃん。
拗ねて執務室の机に足上げて天井眺めてただけ?
我ながら、なさけねー。
そのときルヴァが俺に向っていったんだ。
なんか、俺の考えてることなんて、お見通し、って感じじゃねえ?相変わらず。

「ゼフェル、あなたのかつての行いがなければ今回のことはなかったのですよ」

ええと、それって。
ティムカがその言葉を引き継いでいった。
「そうです。かつて、聖地に流れた流れ星の物語がなければ、今回の星祭りは生まれませんでした。そうやって、思わぬところで人の想いとは、受け継がれていくものなのですね」
うげー。
だから、よくまあ素でそういうクサイ台詞を。
でも、そっか。
俺も、少しは役にたったってことか?
昔の俺とルヴァと、ロザリア陛下と、ああ、忘れちゃいけねえ。クリス、おまえもな。

で、ここでふと気付いて俺は周りには聞こえぬようルヴァに耳打ちした。
「なあ、思うんだけど ―― 共犯もいねえか?」
特に、夜空に星が帰った演出とか。
あれははじめのライトの逆光を利用して、俺達の瞳孔を開かせて、僅かな光である星明りは見えなくさせたうえに、高層の建物である星見の塔の明かりで星々を隠していたんだ。

都会で星が見えないのは、空気の澄み方だけが理由じゃねえ。
けっこう、簡単に消えちまうんだ。
街の明かりで、星ってやつはよ。

そして今度は徐々に蝋燭の明かりで暗闇に慣れさせて、最終的に塔のライトアップや蝋燭を消す。
その時に、再度空を見るように促せば、見えるってワケ。
星の瞬きが、いっそう明るく。まるで星が増えたように。

そういう仕掛けの細けーところアドバイスできそうな奴と、星見の塔のライトアップの許可とかさー。
なんか、奴らの影がちらほら見え隠れ。
動機も、押して知るべしだしな。
この時、ルヴァは何も答えずに微笑みながら花瓶のホウセンカを拈った。
よくわかんねえけど。ま、いっか。
奴らの立場ってのもあるだろうしな。
ここは言わぬが花。そういう意味、だよな?
俺はニヤリと笑い返して、それについては追求しないことにした。そこにティムカがルヴァに向って言う。

「ああ、ルヴァ様の『迦葉』は、やはりゼフェル様なのですね。僕は言葉でなら多くのことを教えていただきましたけれど」

ルヴァは、あー、照れますねー。などといってる。
またわかんねえ会話してるよ。ま、いっか。
ただ共犯がいたのなら、それこそ、俺やルヴァにだって相談してくれりゃ。
もっとすげー仕掛けだって可能だったのに。
そう思って、素直にそうティムカに言った。
したら奴は。
「子供たちは誰よりもお二方と女王陛下にあの星祭りを見て欲しかったのですから。ですから、協力を頼めませんでした」
そ、そっか。それなら。
と、納得した時、奴は続けた。
「協力していただける、動機はあったかもしれませんが」
言いながら、にこりと笑ってアンジェをちらりとみる。
うがーーー、やっぱ、なんか、むかつくぞ!こいつ!
「それに、やはり、ここはなるべく『自分の力で考えて、あきらめず幾度も実験を重ねて成功を導く』のが筋かと思ったものですから」
あれ、その台詞は聞き覚えが。
そこで、俺は我に返る。
ルヴァっ、話したな!
ていうか、もしかして、もしかして、あの時俺が、その、な、泣いたことまで話してねーだろうなっ!
俺がにらみつけると、ルヴァの奴とぼけた顔でそっぽ向きやがった。
だあっ!

俺が悶々としてひとり頭をかきむしっている時、ルヴァは話題を変えようとばかりティムカに聞いた。
「ひとつだけ、私にはわからないことがあったのですよ。あなたは。あなたの動機は、子供たちの望みをサポートしたかっただけ、ですか?」
その問いに答えが返るまで、ちょっと間があった。
奴は少し俯いて躊躇うように、彼女の、と言いかけてから小さな声で言い直した。

―― あの方のお力に、なりたかったのです。

誰、のことだよ。それ。
ルヴァは、そうですか、とだけ言ってティムカに煎れなおした暖かなお茶を勧めた。
アンジェがちょっと悪戯っぽい感じでなにかを考えてるような表情をしている。
ティムカはそんなアンジェに向って真剣に。
「一連のことは、どうか皆様にはご内密に」
そう言った。
我らが有能な補佐官殿はそこでさらにいたずらっぽい笑顔になる。
こーいう顔が可愛いんだよなー、って、それはともかく。

「うふ、もちろんよ。黙っておくわ」

おい、大丈夫か?
俺は、ちょっとだけティムカに同情した。


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