ルヴァ探偵の回想録

爪紅(つまくれない)の花

(第4章)子供たちの星のかけら


◇◆◇◆◇

差出人は ―― 理想郷の子供たち。

みみずののたくったような汚い字で、でも一生懸命書いたんだろう。



ふたりの女王様と、ほさかん様、しゅごせい様。
そしてアルカディアのために働いてくださっているみなさんへ。

こんどの土のようびの夜、『星見の塔』の前のひろばで、
流れ星が空に帰るための『星祭り』があります。
みなさんぜひ、ご参加ください。

―― アルカディアの子供たちより。

◇◆◇◆◇

星祭り、だあ?
そんな祭り、アルカディアにあったっけ。
正直はじめは、んなもん参加するやついんのかと、ちょっと思った。
でも息抜きに。
そう、何よりも誰よりもアンジェの息抜きに。
そういうイベントもいいんじゃねえかって、思ったんだ。
それでも俺がアンジェに、行ってみねーかと声をかけたら、彼女は嬉しそうに頷いて微笑んだ。
…… 悪く、ねえな。
って思った矢先。

「ちょっとまってね、ロザリアや他の方たちにも声をかけてみるから」

がっくし。
まあ、な。
わかってたけどよ。
みんなに招待状が行ってるわけだから、デ、デートっつうわけにもいかねーって。

この殺伐とした空気の中、ちょっとした息抜きは悪くないかも、そう思ったのは俺だけではなかったらしく、花崗の路へと向う道すがら、他の奴らも集まってきていた。
こういうのが好きそうなティムカやメル、マルセルが積極的にみんなを誘ったふしもある。
うげ、ジュリアスまで来てるよ。意外だ。

◇◆◇◆◇

闇の中に晧々と明かりのついた星見の塔が浮かんで見える。
あれ、星見の塔ってこんな夜まで明かりついてたっけ。
近づきながら気付いた。ライトアップ、されてるんだ。
そして強めのライトが広場の方へも向けられていて、その眩しさに少し俺は目を細めた。
ライトだけじゃねえ、そこかしこに置かれたり、木々の枝につるされた何かが、きらきら光ってた。
それにところどころ、白いものが積もっているような。
なんだ?あれ?
こんな夏に雪じゃあるまいし。

逆光の中に小さな人影が現れる。
「みなさん、ようこそいらっしゃいました」
その声は、小さな子供 ―― 少年の声。
「これから、星のかけらが夜空へ帰るための星祭りをはじめます」
少年が、夜空を指差した。
思わず、皆が空を見上げる。
そこには星が。
―― 見えなかった。

もともとアルカディアは小宇宙にある大陸で。
しかもその宇宙は収縮してるから夜空に星は少なかったけれど …… こんなに少なかったか?
曇っていたろうか。いや、少なくとも、昼間は晴れていたはずだ。
そう考えた時、こちらを照らしていたライトが突如消えた。

しばし光の残像に目をしばたたかせていると、浮かんできたのはライトアップされたままの星見の塔と、その前の広場にひろがるほのかな明かり。
それはおびただしい数の蝋燭だった。
そしてやはりおびただしい数の。
木々の枝に、花壇の土の上に、草の蔭に。
蝋燭の明かりに照らされて、きらきらと光る正八面体の透きとおった結晶。
それはあたかも、先ほど天にはみいだすこのできなかった星々が、こっそり降り立って輝いているかのように。
―― あの結晶、さっきも光ってた、やつだ。
俺はその正体を確かめたくて、手を伸ばそうとした瞬間。

「さわっちゃだめ!やけどしてしまうよ」

ひとりの少年が言った。
闇に目がなれて、だんだん、あたりの光以外も見えてくる。
けっこうな人数の子供たちが、蝋燭を手にして立っているようだった。
「これはね、星のかけらなの」
少女が前に進み出てそう言う。
「むかーし、神鳥の宇宙の女王様が病気の女の子のために聖地に呼び寄せた流れ星。
それがこの星のかけらよ。
みんなで集めて飾り付けしたの!」

ロザリアが目を見開いた。
おいおい、それって、クリスの妹の事件の時の流れ星のことか?

別の少女がつけたした。
「星のかけらだから、とても熱いのよ。だから、さわっちゃダメ」

そんな、ばかな。
そう言おうとしたが、先の少年がその疑問を先取りしたかのように言う。
「その、ペットボトルの水をかしてもらえる?それ、水だよね?」
いつも俺が水分補給用に持ち歩いている水だった。
頷いて少年に渡すと彼は慎重に結晶体と周囲の白い雪のようなものに数滴の水を零した。
じゅっ、という音がしてその水は湯気になった。
確かに、熱を持っている、というよりも。

―― 水に反応した?

水に反応して熱を発する物質は山ほどある。
そしてこの正八面体の形。
このアルカディアで、子供等が簡単に手に入れることのできる ……

そこまで、考えて俺は、やめた。
いいじゃねえか。
これは、星のかけらだ。

キラキラ光って綺麗で。
その煌めきがみんなの笑顔に反射してる。
そう、笑顔、だったんだ。
ほら、アンジェだって、ロザリアだって。アンジェリークも、レイチェルも。
ここずっと神経張り詰めっぱなしだった奴等が笑顔になって眺めてる。
他の守護聖の奴等も同じだ。みんな、嬉しそうな表情だ。

そんな中、ちらりとルヴァを見やった。
あいつのことだ、この物質の正体なんかお見通しに違いない。
目が合ってにっこりと笑う、その表情。

―― やっぱり、ここは、いわぬが花、か。

子供たちが手に手に蝋燭と結晶 ―― 星のかけらを持って、幾重かの円を作る。
シャン、と鈴の音がして、それにあわせ誰かが、ゆっくり歌いだした。

あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ


ひとつの声はふたつとなり、みっつとなり。
次第に大きな合唱となってゆく。

あをいめだまの小いぬ
ひかりのへびのとぐろ


いつしか子供たちはゆっくりと歩んで星座をかたちづくりながら、声をあわせて歌を歌う。

オリオンは高くうたひ
つゆとしもとをおとす


蝋燭のゆらめく炎の光と、それをはらんで輝く星のかけら。

アンドロメダのくもは
さかなのくちのかたち


闇にうかびあがる星見の塔。
軌跡を描く炎の残像。
足元にゆれる幾つもの長い影。

大ぐまのあしをきたに
五つのばしたところ


子供たちの歩みにあわせて大地にえがかれる星座と、愛らしい歌声と。
それは願いとなり、祈りとなり。

小熊のひたひのうへは
そらのめぐりのめあて
(宮沢賢治 「双子の星」より:ほしめぐりのうた)


シャン。
歌が終わり、鈴の音が響いて。
そのとき、蝋燭の明かりが一斉に消えた。
それまでライトアップされていた星見の塔の光も同時に消え、輝いていた結晶も、反射する元の光を絶たれて闇のなかにまぎれた。
少年の声が響く。

「ほら、空を見て。星が無事に帰っていったよ」

見上げた空。
そこに星はきらきらと瞬いて。
先ほどみたときよりも明らかに沢山の星。

―― ああ、流れ星が、帰ったんだ。

俺は意外なほど、素直にそう思った。
他のヤツらだって、きっと、素直にそう思うだろう。
エルンストあたりは理屈こねそうだけど、いまんところ黙ってるみてーだし。

シャン。
まるで星の瞬きの音のように、先ほどの鈴の音が脳裏に響いた気がした。
それは、後に幾度も楽しい思い出として皆で語ることになる、本当に幻想的な。
幻想的な、夜だった。

そう、それがトリックだってわかってても。
だまされてみるのも悪くない。
このガキどもだって、ここまで準備するのにずいぶん苦労したろうに。
そして、うっとりとながめているヤツラの向う、ルヴァの後ろのあたりで満足そう、というよりは心底ほっとしたような顔をしている一人を見やった。

―― 黒幕は、あのヤローか。

そうか、きっとあの噂はあいつがわざと流したんだ。
そしてみなの前で噂を聞いた時には逆にあんな反応をしたってわけか。

見上げた夜空から、地上に視線を戻すと子供たちは一列に整列していた。
消されず残った蝋燭を持った四人の子供たちが歩み出て、それぞれに硝子の小瓶を女性陣の四名に手渡している。
小瓶の首には小さな袋が紐でかけられていた。ありゃ、何だ?

「これはね、お花から作ったマニキュアなの。女王様と補佐官様にプレゼント!」

ロザリアが何故か、少しだけ表情を曇らせた。
少女も、これまた何故かその意味を察したように微笑んで続ける。

「あのね、お星様のかけらのおまじないがかかっているから、簡単には消えたりしないのよ。
そう、初雪が降る頃までもつくらいに!きっとね」

お星様のおまじない?
それに、初雪が降る頃まで、だって?
なんだそりゃ。ぜんっぜんわかんねー。
俺はもう一回、ちらりとルヴァのほうを見やった。
目が合って、あいつはやっぱりにこりと笑う。
ちくしょう、あいつにはわかってやがる。
…… 負けた。


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