っしゃあ!
件名を見ただけでガッツポーズを決めた俺に、傍らにいたアンジェが不思議そうな顔をする。
ちなみにメールの中身はこう。
To:My friend Zephel
From:Chris.Sacraquix
Subject:Perfect!
策略無事終了。L教授のみならず、C氏も成効確認。ついでに僕も。
Content-Type: image/jpeg;
name="With_L&D_C&A_S&me.jpg"
Content-Transfer-Encoding: base64
Content-Disposition: attachment;
filename="With_L&D_C&A_S&me.jpg"
/9j/4AAQSkZJRgABAQAAAQABAAD/2wB ……
|
---|
俺はアンジェに言った。
「おまえから借りた楽譜、無事届いたみたいだぜ。あ、でも返せなくなっちまったかな」
「大丈夫よ。『雨垂れの前奏曲』はもう一冊自分のがあるもの。それよりも、うまくいったのね?」
◇◆◇◆◇
ルヴァが聖地を去ったあと。
クラヴィスの行方も調べてみた。
既にそれは俺の習慣のようなもので、いろんな奴のその後をこれまでもチェックしてた。
でも、クラヴィスのデータには何も登録されていなかった。
そしておれは気づく。
閲覧履歴に残る名前。
―― アンジェリーク?
なんであいつが。
ルヴァの行方ならともかく。
思ったのは一瞬で、すぐにその苗字がリモージュで無いことに気が付いた。
ちなみにコレットでもねえ。
そして、ルヴァの行方の閲覧履歴に残る名前。
その名前を見ておれは急いでクリスにメールを打った。
TO:Chris
FROM:Zephel
SUBJECT:I've a question.(聞きてえこと)
おめえの大学スモルニィに近いよな?
誰か、知り合いいねえか。
それで聞いて欲しい。
ディアとアンジェリークっていう名前の先生がいるはずだ。
彼女たちが独身か。ついでに恋人の有無もわかるとありがてえ。
|
---|
◇◆◇◆◇
メールを送信したあと、俺はジュリアスに呼びだされて執務室を訪ねた。
なんだよ、最近は説教されるようなこともしてねえぞ。
呼び出されたとき条件反射でそう思ったが、ちょっと考えたら何の用事か想像ついた。
執務室に入った俺に、ジュリアスは言う。
「そなたに、新しい守護聖達の面倒を見てもらいたいと思っているのだが」
やっぱりな。
「ああ、かまわねえよ。オリヴィエあたりに手伝ってもらえるとありがてえけど。あと、リュミエールも今ヒマしてるだろ」
面倒見てたクラヴィスがいねえからな。
オリヴィエも多分、表にださねえけどルヴァがいなくなってけっこう落ち込んでる。
「マルセルとランディはほっといても首突っ込んでくるだろうな、ってこれじゃあほぼ全員で面倒見ることになっちまうか。それでいいか?」
「そなた、ずいぶんと成長したようだな」
「いつまでもガキみてえなおめえとは違うわな」
言った俺にジュリアスは怒らずに笑っただけだった。
こいつも成長したってことか。
「なあ、ジュリアス。一つ聞きたいんだ」
「?」
「クラヴィスの行方、おまえ知らないか」
「…………」
「あいつ、データ登録せずに行きやがった」
ルヴァは、すぐわかったんだ。素直に登録してたし、以前言ってた通り大学で研究してる。
―― パンダの飼育係りではなかったらしい。
「何故、私に聞く?」
「言わなきゃわかんねえか?」
ジュリアスは黙った。
「おまえが、一番知ってる確率が高いと思っただけだ。正確でなくてもいい。情報をくれればあとは俺と聖地の外の友人が調べる」
「知って、どうする」
まったく、こいつは!
前言撤回。
クラヴィスのことになるととことん冷静を欠きやがるところはぜんっぜん成長してねえ。
―― それだけおまえにとっても、大切な友人だったってだけなんだろ?
自分で気づいてねえのか?
「トリックを仕掛けるんだよ。再会のな」
誰との再会か、俺は言わなかったがジュリアスにはわかってたに違いない。
首座の守護聖は静かに言った。
「―― あの者には、故郷と呼べる星は無いと幼い頃に聞いた。だからどこかへ戻ったとも考えにくい」
そう、か。
ジュリアスでも心当たりねえってことは、探すのは難しいか。
あきらめる、か?
『あきらめる』
相変わらず、嫌な言葉だ。その時。
『逆さに考えるんですよ』
ルヴァの声が聞こえたような気がした。
「―― おまえは?」
「?」
「おまえなら、どうする?おまえの故郷はどこだ?」
同じ頃、幼いうちに聖地に来たおまえら。
ぜんぜん違って、正反対で。
でも、だからこそある意味似ている。
「生まれは主星だ。だが ―― 故郷と呼べるかといえば、違う、か。故郷は無い」
苦笑する奴の表情。
すまない、ジュリアス。面白くもねえこと言わせて。
あれ、でもそっか、おまえは守護聖辞めたらあそこ行くだろ。新宇宙。
今だって時たまアルカディアに、って、それはともかく。
「そうだな ―― 既に私にはこの聖地が、故郷のようなもの。おそらくはクラヴィスも」
聖地が故郷。じゃあ、何処へ行く?
それに似た場所。
―― 飛空都市だ!
◇◆◇◆◇
執務室に戻ると早速返信が来ていた。(聖地との時間差も関係してるだろうけど)
TO:My friend Zephel
FROM:Chris.Sacraquix
Subject:No problem!!(ばりばり独身)
悪いけど、女子高に知り合いはいないよ。
でも妹(もう、高校生!)のメル友がスモルニィだった。
情報によると、ばりばり独身。
いい寄る男は後を絶たないらしいけど。
彼女たちの身持ちの固さは、スモルニィの七不思議の一つとのこと。
|
---|
事情を知ってりゃ、不思議でもなんでもねえよ。
俺もすぐに返信をする。
TO:Chris
FROM:Zephel
SUBJECT:Help.(手伝え。)
> 悪いけど、女子高に知り合いはいないよ。
情けねえなぁ。
知り合いいねえのかよ。
アンジェリークっつう先生には妹経由で伝言頼んでくれ。
『尋ね人は飛空都市に在り』
ってだけでいい。俺の名前も出さなくていいぜ。
あともう一つはちょっと面倒だ。
おまえの研究成果を有効に使ってくれ。
廉価版人工衛星打ち上げ成功のニュースは知ってる。たいしたもんだな。
その衛星を使って気象データが入手できるだろ。
そう、トリックの鍵は ―― 雨。
雨の降る日の曜日の予測を頼む。
そしてその日ディアに、ある場所に楽譜を取りに来るよう伝えて欲しい。
詳細は ――
|
---|
To:My friend Zephel
From:Chris.Sacraquix
Subject:Progress report(途中経過報告)
> 情けねえなぁ。
君に女王陛下と補佐官様以外の女性の知り合いがいるのなら
ぜひ紹介してもらいたいね。
いないのなら、その言葉、そのまま返す。
> 廉価版人工衛星打ち上げ成功のニュース
ロケット打ち上げ成功の時もメールくれたけれど、
衛星の方も知ってくれてたんだね。
嬉しいよ。
本題。
A先生の方は、伝言後休暇を取ったらしい。多分成功の兆し。
D先生の方は、トリックに欠陥あり。
L教授の研究室からピアノのある部屋までの距離が問題。
防音室ではないものの、雨の音に消されてピアノが聞こえない可能性高し。
それでちょっと考えてみたんだけど ――
|
---|
Aセンセは休暇取ったか。
よし、飛空都市で無事会えるかどうかは運次第だが。
俺様的勝手な根拠なし予測では森の湖あたりで再会と見た。
……悪かったな。各種女王陛下と補佐官以外、女に知り合いなんていねえよ。
TO:Chris
FROM:Zephel
SUBJECT:Nice idea,Chris.(いかしてるぜ!クリス)
おまえのアドバイス通り決行日決定の気象予測条件に、上空気温と地上気温も含めてくれ。
自然発生が無理なら、無理やり作れ。
|
---|
そして、クリスからの返信。
はじめ送信元を見てかなりびびった。
でも件名を見てクリスからと判明。
To:My friend Zephel
From:Douglas.Sacraquix
Subject:Yes,Yes. :-) from Chris
女性の知り合いについてコメントがなかったのは肯定と認識。
こっちはおかげで知り合いが出来た。
例の伝言頼んだ妹のメル友。シンシアって言う。
本題
> 自然発生が無理なら、無理やり作れ。
けっこう無茶言うなあ。相変わらず。
まあ、大学のブレーカーわざと落として熱源切って、ドライアイスでも大量に用意するさ。
追伸:今大学の寮じゃなくて実家にいるから、メールアカウントが父のものなんだ。
妹が今度、学校の代表で主星に行くとかで、大騒ぎしてる。
あ。いま、父から君に伝言。
???よくわかんないけど、ありがとう、だってさ。
|
---|
◇◆◇◆◇
そして、さっきの『Perfect!』メールに続くわけだ。
俺はそのメールに返信を打つ。
送信しようとして、少し考える。
そして、宛先にCC(カーボンコピー)を追加し、最後に一文を書き加えた。
「気温が条件って、どういうことだったの?」
アンジェが聞いてくる。
メール送信しようとしていた手を一旦止めて、俺は答えた。
「昼よりも夜の方が、遠くの音が良く聞こえたりするだろう、あれと一緒だ」
「ああ、海鳴りとか、高速道路の音とか ―― そうね、よく聞こえる。周りが静かってだけじゃなかったわよね確か」
「正解。音が、屈折するんだ。夜は地上のほうが上空より温度低い。音は温度の低いほうへ屈折する」
「本当に、ドライアイス用意したのかしら?」
「二酸化炭素中毒起こすぜ。下手すりゃ。雨の日は地表温度が下がりやすいから、多分自然発生で行けたと思う」
ブレーカーだって落としたら、サーバーのデータ飛ぶだろうに。
あれは、ただの冗談 ―― だよな、クリス。(マジだったらどうしよう)
そして、二人+二人は無事再会。
『Perfect!』という件名のクリスからのメールをアンジェがまじまじと見ている。
そして言った。
「ねえ、この本文の下の『Content-Type』とかって何?それに、その下に羅列している文字列」
「ああ、これは」
件名と本文とに気をとられて、気付かなかった。
俺は説明する。
「添付ファイルがついてるな」
聖地のネットワークがウィルスにやられると洒落んなんないので外部とのやり取りの時、添付ファイルは必ずエンコードされたテキスト形式で受信するようにしている。
ウィルス対策は欠かさないが、いつどんな新しいものが侵入するかわからないから、用心するに越したことはない。
『Content-Type』はファイルの種類。どうやら画像のようだ。
『Content-Transfer-Encoding』はエンコードの種類。一般的なbase64形式でエンコードされてる。
『Content-Disposition』はそれが添付ファイルであるかを示している。
そして付加情報のファイル名 ――
おれは、そのファイル名を見て、心臓がばくばく言い出したのがわかった。
ちょっと震える手でマウスを握って急いでデータ部分を別ソフトで安全を確かめたあと、デコードする。
そして、表示された画像。
―― 目頭が、熱くなった。
おれはアンジェを見る。彼女も画像を見て、そしてちょっと涙ぐんでいた。
「―― 複雑な気持ちだったりするか?」
「馬鹿なこと、言わないで」
はっきり言って笑ったアンジェを引き寄せて、俺は言葉の代わりにキスをした。
腕の中で、アンジェが言った。
「でもゼフェル、あなたのほうが寂しいと思っているんじゃない?」
あいつのいない聖地。寂しくないといったら嘘になる。
でも。
「おまえがいるよ。それに」
―― 家族や友達は、遠くにいても家族や友達
アンジェ、おまえがそう言ったんだぜ。飛空都市のピアノの前で。
今ごろ、ルヴァ、あんたはディアの弾くピアノを聞いてっか?
けっこう長い腐れ縁の、黒くてでかくて無口で無愛想な友人が側にいたりするんじゃねえか?
それで、そいつの隣には真っ直ぐな金の髪のあの方が、いるんだろうな。
そしてあんたは四人分の温かいお茶を入れるんだ。
遠くにいても、こんなにそばにいる。
弟のように思ってた。そう言ってくれたあんた。
そうさ、俺だって、兄貴みたいに思ってた。
カギっ子でなくても家族のいない家に帰る俺。
でも宮殿に行けば優しい兄貴がいつもお茶を入れてくれる。
だから、いま思えば。
反発して、イライラして。そんな頃の俺だって、一度も
―― 寂しいとは
感じたことがなかった。
「なあ、アンジェ」
―― 今すぐでなくてもいい。
俺は彼女の目を真っ直ぐ見た。
完璧な自分になれる時なんて、人間である限り来るわけないと思ってる。
でもこの先何かが起こっても、何とか乗り越えられるかもしれねえっていう自信が今の俺にはある。
『謎』を解決していく自信が。
それはアンジェ、おまえと、この聖地や聖地じゃねえところにいる大切な人たちがいてくれるから。
だから。
「結婚、しないか。今すぐでなくてもいいから」
目をまっすぐみつめ返して頷いてくれたアンジェ。
っしゃあ!
これで、本当にPerfectだ!
俺はもういちど彼女を抱き寄せてキスをした。
◇◆◇◆◇
TO:One of my best friends, Chris
CC:Douglas.Sacraquix
FROM:Zephel
SUBJECT:Re:Perfect!/Good job!
> クリス
お疲れ。どうもありがとな。
……意外と手ぇ早えのな、おまえ。
シンシアとやらによろしく。
みんなが写った添付の写真、嬉しかった。
> D.S
礼は息子とルヴァに言え。もう、気にすんな。
|
---|
―― 了
◇ Web拍手をする ◇
◇ 「あとがき」へ ◇
◇ 「ルヴァの安楽椅子探偵シリーズ」目次へ ◇
◇ 「彩雲の本棚」へ ◇