ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その4

探偵最後の事件

(第1話)あいつの気持ちは


クラヴィスが聖地を去ったのは、あの赤ん坊事件の少し後だった。
かすかな気配を、仲間の誰もが感じてた。
そして、それがだんだんはっきりとなってきて、明日あたり陛下から連絡があるだろう、
そう思った矢先。

奴は黙って聖地を去った。

ジュリアスは怒髪天をつくってな様子だった。
リュミエールの弾くハープの音がしばらくの間聖地から消えたことに、みんな気付いてた。
ルヴァは ―― 少し寂しそうな表情をしていたが、新しい闇の守護聖の世話焼きに忙しそうにしている、と。
そう、その時俺は思ってた。

クラヴィスの気持ちを、どうこう言えるほど俺は奴と親しかったわけではないけれど。
あの日に見たクラヴィスの笑顔を思い出す。
黙って去ったのは、奴の、奴なりの最良の選択だったのだろうと、俺は思う。

引継ぎで、次代の守護聖の面倒見ている奴の姿とか。
礼儀正しくジュリアスに退任の報告してる奴の姿とか。
みんなと別れを惜しんでいる奴の姿とか。

俺にはどうしても想像できなかった。
だから、この唐突に訪れた別れは。
奴なりの挨拶だったんだと、そう思うことにしている。

そして。
もう一つの別れが俺たちに近づいていた。
そう、これはあいつのここでの最後の事件。
事件といってしまうには、とても些細な出来事。
そして、この事件に実は解決編はない。

なぜなら、世界には『謎』のままでいいこともあるから。

◇◆◇◆◇

クラヴィスが聖地を去ったことで、俺が実感したことがある。
それは、いつかは ―― どんなに先の未来でも ―― 俺もこの地を去る時が来るってことだ。
カティスの時は、あんまりそんなこと考えなかった。
聖地にいるのが嫌で嫌で仕方なくて。
ささっと俺もおさらばしたい、とは思ったかも知れねえけど、それは今の感情とは違う。
今は。
この地を去るとき、俺はどんなふうになって、どんな思いを抱えているだろう?
そんなふうに考える。
カティスのように穏やかであるだろうか。
クラヴィスのようにかっこつけて黙って消えるだろうか。
それとも前任の鋼のあいつのように、激しく荒れるだろうか。
そして、何よりも俺はどうありたいと思っているのだろう。
望む自分になれる力が、俺にはあるんだろうか?

そして、浮かび上がる、笑顔。
―― アンジェリーク
あいつは。
あいつの気持ちを知りたいと思った。
あいつが俺をどう思っているのか、確かめたいと思ったんだ。
でも、その前に、もう一人気持ちを確かめたい奴がいる。

◇◆◇◆◇

俺が執務室を尋ねた時、ルヴァは珍しく本を読んでいなかった。
窓辺に立ち、そろそろ暮れゆく聖地の風景を見ていた。
その姿が、なんとなく寂しそうに見えた。
クラヴィスのこと、考えてるのかな。
俺はその時は、そう思っただけだった。
「ルヴァ、聞いていいか」
「なんでしょう」
窓の外を見たままの奴に俺は言った。

「おまえ、アンジェのことどう思ってる」

照れたり、慌てたり、するかな、と思った。
いつかの赤ん坊事件のときみたいに。
でも、ルヴァの声は静かだった。

「ゼフェル、あなたの彼女に対する気持ちは、私の返答で左右されるようなものなのですか」

―― 声が、出なかった。
「その『謎』の答えは、必要ないようですね」
奴は俺に背を向けたまま、執務室を出て行った。


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