ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その3

闇の守護聖隠し子騒動

(解決編)青少年、混乱・再び


わかってしまえば些細なことだ。
赤ん坊はどっからきたんだろう。
そう聞いた俺にコウノトリが運んできたと言ったルヴァの答えは、実はそんなに遠くなかったのかもしれない。
結局騒いだことでなんでもないことを事件にしてしまったような。
いや、母親たち(・・・・)にとっては重大な事件だったわけだけれども。
さて、何処から話そうか。

「逆さに考えるのですよ」
あの時パンダ妄想から我に返ったルヴァは、そう言った。
そうか。また逆に考えるのか。
俺の考えを見透かしたようにルヴァは頷く。

「赤ん坊がいるはずのないところにいるということは、いるべきところにいないということなんです」

でも。それなら事件にならないか?
新着ニュースに、赤ん坊が行方不明だなんて何処にも。
「報道規制がかかっている、と考えるべきでしょうね」
「!それじゃあ、誘拐事件として扱われてるってことか?」
「おそらくは」
俺は、少し血が引くのを感じた。
誘拐。それならそこに、人の悪意が存在する。
―― アンジェリーク
あいつが攫われた時のことを、少し思い出していた。
(↑ 正確には攫われたのはロザリア陛下だ。青少年よ)

あれ?でも、誘拐された赤ん坊が何故、あそこに。

「残った情報をつなぎ合わせてみましょう。人語を解するゴリラのニュースがありますね。手話の他に、簡単な英単語カードでの会話も可能だそうです。このゴリラ ―― 名前はココ ―― は王立研究所からの動物脱走リストに含まれています。捕獲先は、クラヴィスの裏庭近くになってますね」

それは、気付かなかったけど……。
そういや、昼寝の時うるさかったあれは、赤ん坊の泣き声だけではなかったような。
でもよ、それと赤ん坊誘拐とどう関係が。
「さきほどパンダの話をしましたが、幼い頃から人間に育てられた動物というのは、なかなか母性本能が育たないものなんです。
このココも例外ではなかったらしく、自分の生んだ子供をなかなか育てようとしなかった。
だから、飼育所では子供をココから離して、人間が育てていたようですね。
でも、何かのきっかけでココの中に母性本能が目覚め始めたとしたら。そう、たとえば、赤ん坊の泣き声」

さっきのパンダはこの前ふりだったのか(← いや、半分本気でずれてたと思うぞ)

俺は想像する。
ゴリラのココは脱走してあたりをさ迷い歩く。
そして偶然行き着いた、民家の軒先かどこか。
赤ん坊が泣いている。
洗濯物か、電話か、来客か。ちょっとした用事で母親が目を離している。
穏やかな、聖地の日差し。
でも、哺乳類の赤ん坊は、泣いている。
彼女は、そっと、赤ん坊を抱き上げる。
その子に泣いて欲しくなくて。
もしかしたら、それでも泣き止まなかったのかもしれない。
それで、よく眠れる ―― 俺や、森の動物たちがそう知っている ―― 場所へ。
ただ、ココ自身はその後麻酔銃を利用されて捕獲されている。
人の気配を感じて、安全な場所に子供を置いて自分は囮になったのか。
あの時。
クラヴィスの館の庭で。
赤ん坊は、かき集めたように盛られた草や葉の上に寝かされていた。
―― そういう、ことだったのか。

「でもよ」
まだちょっと引っかかる。そう、報道規制。
「行方不明になっただけで、『誘拐』だと思うだろうか」
心配はするだろう。でも誘拐って思ったってことは ―― 脅迫状か、何か。
「脅迫状が、あったのでしょうね」
俺の疑問にあっさりとルヴァが答えた。
「誰かが、赤ん坊がいなくなったのを利用したってか?」
だとしたら、そいつ、許せねえ。
「脅迫状の内容はたぶん」
ルヴァはメモ帳にさらさらと何かを書いた。
そこには、英単語がひとつ。

『quiet』

「ココの、単語カードですよ。静かにしていなさい、という意味で職員がココに渡したのでしょう。脱走騒ぎの前後は、大騒ぎだったようですから。
チンパンジーの例ですが、手話を教えられたチンパンジーは、自分の兄弟や子供に、手話を教えようとするそうです。
ココもきっと同じではないでしょうか。泣いている赤ん坊を見て」
カードを、見せたのか。
『quiet』
その意味は、きっと。

―― 泣かないで。安心して。

ルヴァは頷いた。
「ココが去った後、カードは残された。それを見た母親は」
「『黙っていろ』と、思うな」
「きっと、そんなところでしょう」
そう言って、ルヴァは長くなった話でだいぶ温くなったお茶を飲み干した。

そして、俺は裏付けのために王立派遣軍治安課、王立研究所、王立総合病院を駆けずり回ることになったわけだ。

◇◆◇◆◇

結果、ルヴァの予測は少しだけ違っていたことになる。
王立総合病院でここ一週間前後に生まれた子供の情報を調べた。
赤ん坊の家は、王立研究所の裏だとわかった。
ココは、たぶんもともと赤ん坊の声を聞いて脱走したのだ。
自分の意志でカードを持って。
そしてもう一つ。
赤ん坊行方不明のニュースが無かったのは、報道規制がかかっていたからじゃない。
母親は、王立軍に届を出せなかったんだ。
我が子を心配して。
電話の前で、幻の犯人からの連絡を待っていた。
どんな気持ちで。
それを思うと心が痛んだ。
でも、どうか許してやって欲しい。
もう一匹の、優しいお袋さんのことを。

連絡を受け、クラヴィスの館に走りこんできた女性。
安らかな寝息をたてて眠る赤ん坊を抱きしめて、涙を流してた。
その姿を見ているクラヴィスが、いつもの無表情のようでいて、ちょっと嬉しそうだったのはたぶん俺の気のせいじゃねえと思う。

―― ちなみに俺がクラヴィスの姿をみたのは、これが最後だった。

◇◆◇◆◇

クラヴィスの館を出て、結末を簡単にルヴァに話した俺は自分の執務室に戻ってきていた。
やべえなぁ。書類の期限延長まだ頼んでねぇや。
そんなことを考えながら、とっぷりと日の暮れた窓の外を眺めていた。
「腹減った……」
そういや、せんべい食っただけだ。
扉を叩く音がする。
「誰だよ」
入ってきたのはアンジェだった。
手には、食い物の入ってそうなバスケットを持って。

「午後、ルヴァ様の所へ行った時話を聞いたの。おなかすかせて戻ってくるだろうと思って用意しておいたわ。お疲れ様」

…… 報われた。最良の形で。

心の中で感動の涙にむせびながら俺は言った。
「あんがとよ」(← そのわりにそっけないって。青少年)
「さっきルヴァ様にも渡しに行った時に結果も聞いたわよ」
なんだ、やっぱルヴァが先か。
「ココちゃんも、無事親子の対面ができたって。人間の赤ちゃんもお母さんももう大丈夫」
「恨むんならココじゃなくて間抜けな王立研究員だな」(←エルンスト主任ピーンチ!)

バスケットの中のサンドイッチをおれはぱくつく。
アンジェは予備の椅子に腰掛けて、側にいる。
時たま、椅子でくるくる回って遊んだりしている。
その姿が、なんとも。
…… 可愛い。
あそうだ、書類の締め切り延長いまのうちに頼もう。
俺が思ったときアンジェが言った。
「さっきね、ルヴァ様のところでアルカディアの話も少し出たの」
まさか、計算式の話をしたわけではあるまいが。
「アルカディアって言えばさ。アンジェリーク ―― 向うの陛下のことだけど。キレイになったわよね」
なんだ?いきなり。
「ルヴァがなんか言ったのか?」
俺はつい奴の名前を出した。
こいつの笑顔が、たいてい奴を向いていることを知っているから。
「ルヴァ様?今はゼフェルに聞いてるんだけど」
ちょっと強く言われて、俺はあまり深く考えずに答えた。

「え?キレイになったんじゃねーか?女王らしくつうか」(← 敬意180、親密度63)

アンジェはなんだか微妙な顔をした。
「ふーん、そう」
なんだ?この反応。
少し不満そうだ。
いや、すげえ不満そうだ。
アンジェ自分で『キレイになったわよね』っていったじゃねえか。
同意しただけだぞ。
女って。
女って。
―― わかんねぇ。 _| ̄|○||| (← 悩め、悩め。青少年よ)

「片付けるからさっさと食べちゃって」
いきなり機嫌の悪くなったアンジェに追い立てられるまま、俺は残りのサンドイッチを頬張った。
無言で、俺が食い終わるのを待ち、バスケットをっさっさと片付けると、明日締め切りの書類忘れないでよ、などといって心なしか乱暴に扉を閉めて行ったあいつ。

あれ、もしかして、ちょっとは脈アリだった?
それをもしかして、もしかして不用意な ―― 正直な ―― 一言で棒に振った?
おめえのほうがもっと可愛いだとか、キレイだとか、そんなふうにフォローいれろってか?

アンジェが行ってしまった扉を見ながら
「うっわ、だっせー」
俺は頭を抱えた。

俺を激しい混乱に再び突き落としたまま、物語は終わる……。


―― 了

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