ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その3

闇の守護聖隠し子騒動

(第1話)青少年、混乱


月の曜日夜七時の雨が降らなくなって、しばらくした頃。
少年は聖地から引っ越して行った。
もともと、王立総合病院での妹の手術のためにここへ来ていただけらしい。

引越しの前日、俺は公園で少年と話した。
「元気でな、えっと」
そういや、いままで名前も知らなかったな。
あの後も色々話したり、一緒に実験したりしたのによ。
「クリスです」
それに気付いたのか赤みを帯びた茶色の瞳で笑って彼は名乗った。
「夢、叶うといいな、クリス」
「夢は叶うんじゃなくて叶えるんですよ」
「うぉ、生意気言いやがる。いいセリフじゃねえか。ちょっと臭えけどな」
クリスは嬉しそうに
「父の、受け売りです」
そう言った。

…… ふーん。

「おやっさんは、ここにはいねえんだよな、確か?」
「はい、主星外の王立研究所で働いています。でもやっと家族みんなで暮らせます。ここで出来た友達と、別れるのは寂しいけど……」
妹の看病につきっきりのおふくろさんを支えて、年の割に大人びたこの少年が年相応の表情をした。
「おまえなら、すぐ新しいダチもできんだろ。俺も、今度メールするよ」
少年は頷く。
ちょうど、母親と妹が彼を迎えに来た。
「おめえら兄妹似てんな」
「そうですか?」
クリスは、少し照れたように笑った。
「じゃあな。夢、叶えろよ」
その場を去ろうとした俺にクリスが言う。

「僕、忘れません。この聖地の風景も、皆さんのことも」

何処までも澄んだ青い空。
木々を濡らす優しい雨。
公園に咲く芳しい花と、噴水の煌めかせて通り過ぎる風。
そして、天を翔ける流星達。
クリスの中に、在り続けるであろう美しい風景。
それを思うと、嬉しくなる。
俺は背を向け歩いたまま、片手を挙げて別れの挨拶にかえた。

◇◆◇◆◇

その後の俺たちは慌しかった。
女王試験が再びあって、新宇宙が誕生して。
別の宇宙からの侵略者に陛下が攫われて、俺らも拉致られて、助け出されて、助け出して一息ついたと思えば宇宙の間に閉じ込められたりと散々だった。
―― アンジェリークが陛下と一緒に囚われてた時はホントに肝冷やしたな。
いや、その、あの、もちろん陛下の心配もしてたぜ。うん。

宇宙のはざまから戻って、半年ほどが過ぎた。
やっと、おちついてきたぜ。
仕事もまあ、順調に単調に。
単調に。
単調に。
…………。
っだあ!
こんな日が続くと、俺としてはそろそろサボりたくなってくる。

データウィンドゥに表示されている新着ニュースをあくびをかみ殺しながらチェックした。
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一つを除いて、たいしたニュースもないらしい。
ロケット打ち上げ成功のニュースをダウンロードし、メールを打ち終える。
そして俺は盛大に伸びをした。

―― 今日の午後は久しぶりにあの場所で昼寝でもすっかな

提出期限は明日まで。
アンジェにそう言われている書類をちらりと横目でみて俺は、いつものように拝み倒して延長してもらおう。
そんなことを思った。

◇◆◇◆◇

かなり久しぶりに訪れた、闇の館の裏庭。
やっぱ、昼寝にはここが一番だ。
暗くて静かで、誰も ―― 例外あり ―― 近づかない場所。
ただ、人は少なくても動物はよくここを訪れる。
俺が昼寝にちょうど良いと感じるのと、同じ何かを彼等も感じ取っているのだろう。

午後の日差しが、柔らかな葉に包まれて。
淡い緑を帯びた木漏れ日になる。
俺は目を閉じ眠りについた。

◇◆◇◆◇

―― どこかで、動物の鳴き声がする。

結構近くだ。
なんか、少し騒がしくなってきてねえか?
夢うつつで思っていたが、だんだん現実の音が気になって、意識が覚醒しはじめる。
動物の声、っていうか、赤ん坊の泣き声のような。
そう、人間の。
おれは、完全に目を覚ました。
そして飛び起きてあたりを見回す。

柔らかな葉や草をかき集めたような盛り草の上。
産着にくるまれて人間の赤ん坊が泣いていた。
そしてその横に立っている、黒くてでかい奴。
なんだ、クラヴィスもサボり中か。
いやそうじゃなくて。

なんでここに赤ん坊が!(←青少年、激しく混乱中)

俺の混乱をよそに、闇の守護聖は黙って赤ん坊を抱き上げた。
慣れない手つきなのは、仕方ないだろう。
いや、慣れてたらそれはそれで怖い。
更に黙ったまま、踵を返すそいつに聞いた。
「それ、誰」
正しくは、『誰の子』と激しく問い詰めたい。
「…………」
返答は無かった。
「心当たり、あんのかよ」
正しくは、『母親の』と激しく問い詰めたい。
「…………」
また、返答は無かった。
つうか、返答が無いってそれってYESに聞こえるぞ。
マジかよ。(←青少年、激しく妄想中)

◇◆◇◆◇

結局、クラヴィスは赤ん坊を連れて私邸に入っていった。
それを呆然と眺めたあと、我に返って俺は正殿へ戻る。
しばらく自分の執務室でさっきまでの出来事を反芻していたが。
だめだ、誰かに話してぇ。

そんなわけで、現在、恒例のルヴァの執務室に俺はいる。
俺が一言、クラヴィスの名前を出すとルヴァが言った。
「クラヴィスなら、先ほどここにきましたよ。かわいい赤ちゃんを連れて」
「…… 何しに」
「赤ちゃんのお世話の仕方を聞きに、ですねー」
なんか、突っ込みドコロが沢山あんだけど。
沢山ありすぎてどこ突っ込んでいいのかわかんねえや。
とりあえず、無難なのを一つ。
「…… おめえ、世話の仕方わかんのかよ」
「んー、まあ、知識だけは。あとはどこかで子育て経験のある女性に頼むしかないのでしょうが、ことが緊急でしたからね」
たしかに。身近な女性 ―― というには恐れ多いが ―― 陛下や補佐官だって、さすがに子育ての仕方はわからないだろうから、こいつに聞くのが一番手っ取り早いか。
出されたせんべいをかじりながら俺は聞いた。

「なあ、あの赤ん坊どっから来たんだろうな」

言った瞬間、ルヴァが食ってたせんべいをのどに詰まらせて咳き込み始めた。
目を白黒させて。
なんか、顔も赤くなったり青くなったりしてる。
―― なんか、イヤな予感。
「そそそそそ、それは、あの」
上ずった声でしばらくごにょごにょ言って極めつけ。

「コ、コウノトリが運んでくるんですよー」

 _| ̄|○||| (← 青少年、激しく脱力中)
いや、俺が聞いたのそういう意味じゃねえし。
「…… 安心しろ、おまえに性教育の講義をしてもらおうとは思ってねえから ……」
っていうか、コウノトリって仮にも地の守護聖の説明としてどうよ。
そして、それで済まされそうになった俺って。


俺を激しい混乱に突き落としたまま、物語は続く……。

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