ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その1

聖地に降る星

(解決編)天の流星



「よう、誰かの見舞いかよ」
たどり着いた病院で、そう言った俺に少年は一瞬なんとも言えない顔をしたあと、ペコリと頭をさげた。
「お袋さんでも入院してんのか」
少年の首からかけられていた鍵を思い出し俺は言う。
彼はいいえ、妹です。そう答えた。
―― そっか、だからあの時、手をつないで帰っていく兄妹を見て。
「手術、いつだよ。明日か?それとも来週の火曜か?」
少年は驚いた表情をした。そして
「明日」
と小さくつぶやいた。
「妹が、見たいと言ったんです。もしも、見ることが出来たら、願いをかけるからって」

―― 手術が成功して元気になれるように。お兄ちゃんと一緒に、外で遊べるように。

少年は、俺がすべてを気づいていることを知っているようだった。
つっても、ルヴァがいなけりゃ俺にはわからなかったけどよ。
「噂になっていることは知っていました。ぼくの悪戯で、みなさんにご迷惑をかけてしまったんですね」
申し訳なさそうに言う少年に、べつに迷惑はかかっちゃいねえと俺は言った。

「それに、悪戯なんかじゃあねえんだろ。おめえにとっては」

そう、それは真摯なこの少年の願い。
「だから謝る必要ねえよ。それよか、仕掛けはうまくいったのか?」
少年は首を横に振った。
「もう、時間もないし……。材料も、なくなってしまったんです。だから」
あきらめる、のか。
『あきらめる』嫌な言葉だ。
俺は何故か、そこでルヴァと ―― ディアの寂しげな笑顔を思い出した。
だが、そんな俺の感傷とは裏腹に少年は続けた。
「だから、他の方法で挑戦しようと思って。それがだめでも、もしかしたら今日は雨が降らないかもしれないでしょう。それに」

―― 流れ星を見れなくても、それと妹が元気になるかどうかとは別だから。妹だって、きっとあきらめたりしないから。

その言葉に、俺はすぐに『あきらめる』という言葉を想像した自分を恥ずかしいと思った。
嫌いな言葉といいながら、俺が勝手に思ってるだけじゃねえか。
ルヴァのことだって。
おれは自分であいつに確認したか?
確認する前に、『あきらめた』って決め付けてねえか?
それって、それこそあきらめ、じゃねえかよ ―― 

◇◆◇◆◇

何か手伝えることは無いか、と言った俺にありがとうございます。と言いながらも首を横に振った少年に別れを告げて、俺はルヴァの執務室へ戻った。
病院での話を聞き終えたルヴァはそうですか、と静かに言った。

「『逆に考える』って言われなきゃわかんなかったぜ」
午後の日差しが、少しづつ雲に覆われてきていた。
あと数時間で、たぶん、今日も雨が降る。
ルヴァが言った。
「王立総合病院での目撃が多い ―― それは、逆に考えればそ問題の光を、王立総合病院で見やすいように南の丘の北斜面に仕組んだのでは、そう思ったのですよ。そしてあなたは言ったでしょう?流星のような光だったと」
そう、俺が聞いた話ではそうだったのだ。クラヴィスの奴は火の玉よりスピードがはやくて、まるで流星みたいだったと。
っていうか、奴は本物の火の玉見たことあんのかよ。
いや、奴ならありうるかも。
そんなことを考えている俺に、ルヴァが続けた。
「ボートを―― あのボートの燃料は金属ナトリウムでしたね?―― 少年にあげたという話でね、大体誰がどうやって光を作り出してるかはわかったのです。後は、いわゆる動機ですね。それは、病院から見える流れ星。そう考えたら、なんとなく答えがみえてきました」

金属ナトリウム。
水と反応して炎を出す物質。
化学式で書くとこんな感じだな。2Na+2H2O → 2NaOH+H2
あのボートは、水上で走りながら、内部に少しずつ水を取り込み、金属ナトリウムとの反応で出来たエネルギーで動くようになっていた。
その説明を聞いて。そして、そのボートを手に入れて、少年は思いついたんだ。
雨の日に、流れ星を作り出す方法を。
火曜の朝から手術室に入る妹。その彼女に前夜 ―― 雨で星の見えない空に ―― 流れる星を見せるため。
彼は、確実にそれを妹に見せるため、自分自身は病室にいても大丈夫なように、自動的に動く仕掛けを考えた。
そう、トリックの鍵は ―― 七時ぴったりに降り始める雨。
星を隠す雨こそが、決まった時間に星を作り出す材料に化けた。
南の丘に仕掛けた金属ナトリウムに雨が触れ、それは願いを込めた炎となる。

「三週間連続で見えたのは、それがなかなか本物の流れ星に見えなかったから、実験を繰り返していたんですね」
たぶん、ルヴァの言うとおりなんだろう。
初回は滑車、その次は連鎖して反応するように並べる、というような工夫をしたらしい。
「しっかし、そんな仕掛け俺に言ってくれりゃあ、一発で仕上げてやったのによ」
言った俺にルヴァは微笑む。

「自分の力で考えて、あきらめず幾度も実験を重ねて成功を導く。それは、ゼフェル、あなたの鋼の力が、民に正しく伝わっている証拠だと、私は思いますよ」

それを聞いて俺は言葉を失った。
こいつ、さらりと言いやがった。
でも、いまのは。
いまの言葉は、ずっと、ずっと俺が捜してた『謎』の答えじゃなかったか?
嬉しくて。
喉の奥から、熱くてヘンなもんがこみ上げて。
思わず目から零れそうになったモノを気づかれないように俺は席を立って、窓から外を眺めるフリをする。
耐え切れず漏らした嗚咽が、聞こえなかったわけは無いと思う。
でも、その間ルヴァは、黙ってた。
お茶をすすってる音がする。
そのお茶はきっと温かい湯気をたてているんだろう。
あいつの入れるお茶は、いつだって、いつだって、温かかった ――

◇◆◇◆◇

入れたてのお茶が少し冷めるくらいの間、窓の外を見てたら、すこし落ち着いてきた。
もう話しても声が震えないだろうか。
「……でもよ、結局成功しないままらしいぜ。ナトリウムもさ、実は切れちまってるんだ。手に入れようにも明日まで無理だしよ」
元を正せば少年の妹の主治医だった医師が、急遽この病院へ勤務することになり、色々なつてを頼ってここへと転院してきたらしい。言い方を変えれば、それだけ技術を持っている医師の限られる難しい手術だと言うことだ。
そうですか、とルヴァはつぶやき、よっこいしょ、と立ち上がった。
「どこ、行くんだよ」
「うーん、いえね、陛下に御奏上してみましょうか、と思いまして。
まずは補佐官の ―― アンジェリークに相談しに行きましょう」
一瞬、奴は、あの元気もんの補佐官の名前を言い間違えそうになった。
それに気づかないフリをして、俺は言った。

「俺も行くぜ」

◇◆◇◆◇

その日の夜七時。
聖地に雨が降った。いや、本当の雨じゃない。
流星が、聖地の空をまるで雨のように流れてた。
次から次へと煌めいては落ち、煌めいては落ち。
おれはしばらく呆けたようにその様を眺めてた。
そして少し前に飛空都市で見た宇宙の大移動をちょっと思い出した。

こんだけながれてりゃ、どんなに願い事するのが遅くたってどれかひとつには間に合うだろう。
もちろん、惑星を崩壊させて流星にするなんて乱暴な真似できるわけが無い。
陛下は宇宙に漂う小さな石たちを主星に向けて引き寄せたのだ。俗に言う、隕石ってやつ。
あの後、俺とルヴァは今日の夜だけは雨を降らさないよう願い出ただけだった。
でも、結局その理由を聞き出されて。
女王補佐官ははにっこり ―― 俺ではなくルヴァに ―― 笑いかけた。
それがちょっと気に食わなかったけどよ。次のセリフには大満足だった。
「陛下は、どうせなら大々的にって、おっしゃってますよ」

流星群を眺めながら、俺も願った。
あの少年の妹が、無事手術を乗り切れますように 。
―― そしてもうひとつ。

◇◆◇◆◇

それから三日後の木の曜日。俺は公園であの少年に会った。
少年は、無事手術が成功したこと、まだ入院が必要だが、妹はいずれ元気になるということを伝えてくれた。
そして、ぺこり、と俺に頭を下げる。
「あの日の流星……ゼフェル様のおかげなんですよね?」
俺は照れくさいのでそっぽを向いた。
「俺にあんなことできねぇよ。礼なら陛下に言うんだな」
でも、それをお願いしてくれたのはゼフェル様でしょう、という少年の言葉が耳に残る。
さらに少年が言った。
「僕、将来発明者になりたいんです。色んなもの発明して ―― 便利なものだけじゃなく、人が、幸せになれるようなそんな発明をする人に」
それを聞いて、ルヴァの言葉を思い出す。

『ゼフェル、あなたの鋼の力が、民に正しく伝わっている証拠』

俺は、少年に
「おう、がんばれよ」
そう言って公園を離れた。
聖地の空は、今日も気持ちのいい快晴だな、そう思いながら。


―― 了

◇ Web拍手をする ◇

◇ 「あとがき」へ ◇
◇ 「ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティプ)シリーズ」目次へ ◇
◇ 「彩雲の本棚」へ ◇