ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その1

聖地に降る星

(第2話)北の目撃者


ばかばかしいと思っていた。
鬼火だなんてよ。仮に目撃されたこと自体が本当だったとしても、それには何かきちんと説明できる理由や原因があるに違いない。
『鬼火』だなんていうから不思議に思えるんだ。『原因不明の自然発光』というふうに言えば、原因さえわかれば不思議でもなんでもない。
もちろん、この世界には俺の知っていること以外のことだって沢山あって。
たとえば『科学』ですべてが説明できるだなんて思ってねえけどな。
まあ、そんなわけで初めのうちは聞き流してた。
ランディやマルセルはけっこう興味津々で、肝試しがわりに発光地点と思われる南の丘の北側斜面に出向いていったみたいだけど、なんか解ったって話は聞いてねえな。

そんな俺が、その噂に興味を持ったのはその『鬼火』の目撃が、例の月の曜日七時に限って三回続いたからだ。
雨が降るのを待つように浮遊する光。
面白そうじゃねえか。これは絶対、偶然なんかじゃねぇ。
偶然じゃない ―― それは必然って言う。
この現象が人工的なものであっても、自然的なものであっても。
その謎を解き明かすのって、ちょっと面白そうじゃねえか?
つうわけで、俺は執務の合間をぬって、まずは目撃談の聞き込みをはじめた。

◇◆◇◆◇

そして約一週間。今日は月の曜日。普通に考えれば今日も例の『鬼火』が見えるはずだ。
この七日間に俺が聞いた話は、たいてい似通っていた。
月の曜日夜七時、雨が降り始めるのとほぼ同時に、南の丘のあたりで、すぅ、と流れる炎を見た、というのだ。
そして、皆が不気味に思う理由の一つが、雨 ―― 水のある場所で燃える炎という矛盾した現象だということらしい。
そうそう、ひとつだけ他と違った面白い話が聞けたな。
宮殿には意外な目撃者がいた。
相変わらず暗くてなんだか湿気てるような執務室。
本当はリュミエールあたりがなんか聞いてないか尋ねようと思ったんだけど、奴のハープの音がそこから聞こえてきたので俺は足を踏み入れたわけだ。

事情を話し終えるとリュミエールではなく、執務室の主が口を開いた。
「……先週、四階の星見の間前の廊下から見えた……あれか」
「おめえ、見たのか!」
俺の問いを無視して奴は続けた。
「……あの動きの速さは……鬼火ではないな」
「なんでわかんだよ」
俺だって『鬼火』だとは微塵も思っていなかったが、こうもはっきり言われると逆に聞きたくなる。
ところが、またもその問いには答えずクラヴィスは言った。
「喩えるなら、流星……の方が相応しかろう」
そのあとなんやかんやクラヴィスの奴から情報を聞き出そうとしたのだが、奴はまったく興味がないらしく、寝てるんだか何なんだか、一切の質問に反応しなくなった。
俺は諦めて、リュミエールに軽く挨拶し部屋を出ると、同じ二階のルヴァの執務室に向かったわけだ。
あいつもよく宮殿で夜更かしをしている。なにか、見たかもしれないからだ。
もう一人、宮殿で遅くまで残業してそうな奴の心当たりはあったが、ヤブヘビはごめんなんで聞き込みは……却下。

◇◆◇◆◇

ルヴァの部屋でお茶を飲みながら、俺は鬼火の噂の概要を話した。
クラヴィスが見たといった当日、ルヴァも宮殿で本を読んでいたらしいが、妖しい光は見なかったそうだ。
大方、本に夢中になって窓の外を見る余裕も無かったんだろう、俺がそう言うと奴はちょっと不思議そうに
「おかしいですねー。雨がきちんと時間通りに降るのを確認するのが最近の癖になってしまったんです。その時間帯、私は窓から光が見えたという南を見ていたのですが……」
そう言った。
「ところで、あなたはこの現象をどのように考えているのですかね。聞かせてもらえますか?」
なんだか、こっちはこっちでヤブヘビみたいだな。こりゃ、自然発光現象の可能性パターンの講義になりそうだぜ。俺はそう思ったが、こういう話題は結構嫌いじゃない。
そこで、俺はそれまでになんとなく考えていた鬼火――自然発光現象の原因を挙げてみた。

たいてい鬼火といわれるものは墓場に土葬された遺体から発生したガスが発光し、それが目撃された場合が多い。場所が墓場だけに、恐怖感が先に立ち、あたかも恐ろしいもののように語られる。
でもよ。
……聖地に墓場はねぇよな。
それ以外の自然ガス発生ってのもありえねぇ。そんなのあれば、王立研究所が黙ってねぇからだ。
自ら発光する昆虫や植物の可能性も却下。
もしそんなのがいたのなら、これまでだって目撃されてるはずだ。
『雨』が降らないと光らないっていうこともあるかもしれないけど、この季節の夜、今までだって何度も雨は降った。
あとは、雷に代表される大気中の放電現象による発光。
当日雨だったことを考えれば、その可能性は高い……と思って調べたんだが、当日雷発生の記録は無かった。
観測漏れの可能性はあるかもしれない。
だけど、それだと目撃談の発光の具合と、なんかしっくりこねぇんだよな。
俺は、クラヴィスが言っていた『流星』という言葉を思い出す。

「こんなもんだな。結局、俺としては謎のままだぜ」
少々癪だったが、俺は全面的に降参した。
ルヴァは、でもその推論と可能性排除への論理組み立ては良く出来ましたねー、と俺を誉めた。
そして、こう言った。

「順序だてて、ゆっくり考えてみましょう。たいていの『謎』というものは、そうすれば謎ではなくなってしまうものです」

その後、奴はお茶をすすりながらしばらく何かを考えているようだった。
そして唐突に口を開く。
「あー、先日、あなたが自慢していた新作のボートがありましたね。あれは、どうしましたか?」
いきなり関係のない話を振られて、ついにこいつボケたか、と、俺は正直思った。
「ルヴァよー、おめぇ、俺の話きいてっか?」
「ええ、聞いていますよ」
そう言いながらも、ルヴァはボートの行方を聞くので俺は仕方なく、公園にいた少年にあげたことを話した。
「その少年は、その後、燃料がなくなったといってあなたの元へ補充をお願いにきませんでしたか?」
「……なんで、わかるんだよ」

「あー、そうですか、うんうん」
ルヴァは一人で納得して頷いている。
「おめえ、俺の質問に答えろよ」
いいかげんつかみ所の無い奴の反応に俺はいらいらし始める。
けれどそんなことお構いなしとばかりに、ルヴァは立ち上がり、一枚の地図を取ってきてテーブルの上に広げた。
「お茶を零さないように、気をつけてくださいね」
そんなことを言いながら。
広げられた地図を見る。それは、聖地の地図だった。
ルヴァはその図面の一点を指差す。そこは、聖地の南、よくジュリアスやオスカーが遠乗りに出かける丘、その北側の斜面。
「あなたの言うところの正体不明の発光、それがみえたのはこのあたり、という話でしたね」
「ああ、そうだぜ」
「では、その発光現象が一番良く見える場所というのは、何処だと思いますか?」
それは、もちろん、その北側にある場所だろう。
「……宮殿、じゃねえのか?ほぼ北に面してて、実際目撃談もその日夜まで宮殿にいた奴らがほとんどだし」
「うーん、その推論は正しくありません」
「なんでだよ」
そっこで否定されて、俺はちょっとむっとして言った。
「『目撃談が宮殿にいた奴らがほとんど』それは、あなたが生活している環境が、宮殿にいる人たちに多く話を聞けるということだけなのです。聖地中の各ポイントで同数の人々に対して質問をして初めて、目撃の多い地域、少ない地域がはっきりするはずですよ」
……なるほどな。でもよ。
「そんなに面倒なこと……できっかよ」
「統計学の基礎なんですけども、まあそれはこの際いいでしょう」
そして奴は丘の真北にあたるあたりに指を動かし、とんとん、と叩いた。
「本来ならここ、丘の真北のこのあたりが一番目撃されやすい場所ですねー。ここには、何がありますか?」
「何って……聖地で生活している人たちの街があるよな、王立研究院も。それと」
俺は、ちょっと息をのんだ。何かが、頭の中で点滅している。
「―― 王立総合病院」
「そう、よく出来ました。問題の光は ―― 四階の星見の間付近にいたクラヴィスから見え、二階の自室にいた私には見えなかった。そのことからある程度高さのある建物からしか見えないと推測していいと思います。せいぜい二階建てで、その家がある程度込み合った街からは見えにくいでしょう。でも」
「王立総合病院は六階建てだぜ、たしか」
俺はルヴァの台詞を横取りして立ち上がった。
「じゃあ、その辺に行って、もう一度目撃証言を探せば、何かわかるってことだな?」
おれはわくわくして、すぐにでも確認しに行こうと思った。なのに、ルヴァはまた、しばらくの間何かを考えているようだ。

「逆さに考えるのですよ」

逆さ?
それって、もしかして。
「目撃証言の確認は、必要ないでしょう」
ルヴァはにっこり笑った。
俺はルヴァをじっと見る。
「そうですねー。王立総合病院に行くのは同じですが、聞く内容を変えてみてください」
なんだよ、パシリみたいじゃねえかよ。そう思いつつ、この結論が知りたくてたまらないのだから、言うことを聞いてしまうだろう自分に少々腹が立つ。
そして奴は続ける。
「聞いてきてください。明日、命に関わるような大きな手術を受ける、患者さんがいるかどうか。もし、いなかったら来週、再来週と、火の曜日に限り聞いてみてください。この聖地では大病を患う人は少ないですからね」
ルヴァはお茶を飲み干して言った。
「すぐに、わかると思いますよ」

一つのある推論を胸に、ルヴァに言われたとおり病院へ行った俺は
『すぐに、わかると思いますよ』
この台詞が、該当の入院患者の有無だけでなく、謎の解決自体を指していたことを確信した。


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