ルヴァの安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)シリーズ・その1

聖地に降る星

(第1話)南の鬼火


聖地の月の曜日夜七時。
ここ数週間の決まり通り、時間ぴったりに小雨が降り出した。
館の自室で湿気を嫌う素材を燃料とするメカを作っていた俺は、慌てて開け放していた窓を閉めようと窓辺に寄った。けれども入り込む涼やかな風は予想外に心地よく、しばし湿気のことは忘れて、窓の外を眺めている。
日の暮れた聖地。
水銀灯の蒼い光が、庭の芝生をぼんやり照らしてた。
そして、芝生へと音もなく降る雨。
植物好きの緑の守護聖なら ―― 緑が喜んでいる。そんな感じの表現をするかもしれねえな、と考えた。

女王が交代して聖地の時間で数ヶ月が経った。流石に交代に際してのドタバタは収まりをみせ、いつのまにやら風格を漂わせつつある女王の下で、星々はつつがなく廻っている。
月の曜日夜七時のこの雨は、女王交代直前、気候の不安定で長いこと雨の降らなかった聖地の緑に対して、今の陛下が与える慈雨だった。
わざわざ時間決めてきっかり、つうのがあのしっかりもんの女王らしいつうか、もうちょっと融通きかせろよっつうか。色々と思うトコロもあるけれど、やっぱりまだ忙しくて逆にランダムってのもめんどくさいのかもな。
俺はそんなことを思い、湿った土の匂いのする空気をおもいっきり吸い込んでから窓を閉めた。

◇◆◇◆◇

翌日は、見慣れた快晴の空だった。
本当は、この聖地の空の色が俺はあまり好きじゃない。
あんまりにもキレイすぎて、見るたび不安になる。イライラする。こういうことってないだろうか?
もっともこの感覚は、女王試験の過程とその終了と共に少しずつ薄れてきてはいた。
とはいえ、まだ。
自分では上手くコントロールも説明も出来ずにいる、心の奥底に渦巻くこの憤懣は、俺自身が司る『鋼』の力に疑問を持つかぎり消えることはないんだろうと、なんとなく気付いている。
『鋼』の力は何のためにあるんだろう、という『謎』。
だからこれは聖地の風景のせいとか、『誰か』のせい、とかではなく、俺の気持ちの問題なのだと、少なくともあの飛空都市での日々で俺はそう学んだと思う。
そう、誰のせいでもないんだ。
ようやくそのことに気付けた俺は、自分がきちんとそれに気付いたんだと、伝えておきたかった人がいた。
誰のせいでもないのに、俺が八つ当たりしたせいで、責任を感じてしまっていた ―― 長年の友人と共にこの地を去っていった、さくら色の髪の ―― あの人に。
でも結局は伝える機会を逸したまま、俺は今、こうしてここにいる。

―― きちんと謝れなかったこと、やっぱ後悔してんだろうな、俺。

実はこっそり王立研究所でデータを検索して、二人の行方を探してみたりもした。居場所がわかったところで、聖地に縛られている自分がどうできることでもなかったけれど、何もせずにいるよりは心が軽くなるのではないかと思ったわけだ。結局は、自己満足の気休め、とも言うけれど。
データを探った結果二人は、スモルニィで教鞭をとっているって話だった。
らしいというか、なんというか。
変わらずに、やってるんだろうなという安堵とは裏腹に、引っかかる、ひとつのこと。
今回俺が『こっそり』データを検索したのは、単に他の誰かに見つかると気まずいっつーか照れくさいっつーか、そういう事情があるからであって、王立研究所で情報を引き出すという行為自体は別に禁止されている事柄じゃない。わざわざハッキングなんかしなくたって、守護聖なら普通に閲覧できる範囲のセキュリティレベルの情報。
だというのに、俺以外にその情報を、過去に閲覧した履歴はなかった。
それがひどく引っかかったのだ。
そりゃ、俺にはカンケーねぇし、気にするのはお節介だってわかってる。
けれど、そんなに簡単にあきらめきれるもんなんだろうか。 知ったところで、どうしようもないと、そう、思っているんだろうか。
そして、そうやって割り切って忘れてしまうつもりなんだろうか。
―― この地に残ったあいつら(・・・・)は。

◇◆◇◆◇


(AIRさん画。画像クリックで大きいサイズ)

その日の午後、 俺はルヴァの執務室を訪ねた。
奴はいつものとおり半分本に埋もれながら、なにやら分厚い本を読んでいる。
「よお、例のやつ、出来たから持ってきたぜ。見たいって言ってたろ」
言いながら片手を掲げて、俺は昨晩完成したメカ ―― 模型のボートを見せる。
ルヴァは本から目を上げるといつもの笑みで俺を向かえた。
席を立ち、これまたいつもの緑茶をだしてくれる。
茶葉が急須の中でゆっくりと蒸らされてゆく間、俺は模型のボートの動力や仕組みをかいつまんで説明した。
「あー、これが例の」
ルヴァは興味深そうにそれを眺めた。
「動力の物質が湿気厳禁だろ。だから苦労したんだ」
本当は、わざわざそんな物質を、水上を走らせるものの動力にする必要もねえわけだが、そこを苦労して作るのが醍醐味っつうかさ、たまんねぇんだよな。
俺のそのへんのこだわりを理解したように、ルヴァはうん、うんと頷いている。
「相変わらず、よくできてますねー。感心します」
そして、ふと何かを思い出したようにつぶやいた。

―― あなたはたとえばこの聖地を去るときが来ても、きっとそうやって変わらずいろんな物を作る研究を続けるのでしょうね。私も、そう、大学のようなところで研究を続けていきたいと思いますよ。

その言葉に、俺はかなりヒヤリとした。
「おい、まさか、おめえ」
まさか、サクリアが。
俺の慌てぶりが伝わったのか、ルヴァは我に返って、
「あ、いえ、喩え話です。いやですねー。そんなことありませんよー」
などと、一生懸命否定している。なんだよ、 驚かすんじゃねえよ。
でも、じゃあ、何故いきなりこんな湿っぽい事を言い出したんだ?と考えて、あっさり理由に行き当たる。
やっぱあの二人の ―― 前女王陛下と、その補佐官の ―― 行く末を、奴は気にしてるんじゃねえかよ。
気にしてんのは……クラヴィスのためだけじゃねえんだろ?
おめえ自身が。
ディアを。
なのにそうやって平気な顔をして、いつもと同じようににこにこ笑って、彼女の行き先を調べようともしないルヴァ。
そりゃどうしようもねぇかもしれねーけど。
でも。
―― でも?
結局どうしたらいいかなんて、俺にだって答えは見つからない。
もどかしさを隠しきれずに苛々としたため息をついてから、お茶を飲み干し、ボートをひっつかむ。
「まだ試運転、してねえんだ。行ってくる」
挨拶もそこそこに、俺はルヴァの執務室を後にした。

◇◆◇◆◇

公園の噴水で、俺はボートを走らせる。出来は上々。煌めく水しぶきをあげてボートは軽快に水上を滑った。
しばらくすると幾人かの見物人が集まってくるのはいつもの通り。こいつらはけっこう顔見知りになっている、ガキ達だった。
本来聖地に一般人が居るのはおかしいのだが、先月になって王立研究所をはじめとした様々な施設への人員の大量導入に伴い、暫定的にその家族が住まえるような小さな街のようなものが構築されている。学習機関や病院といった施設もきっちりと作ってあって、居心地はわるくねえんじゃないかと思う。
こんなのは前代未聞の事で、そこまでして人員を増やす理由は何なのか正式な話を聞いた訳じゃねえけど、先だっての宇宙大移動の際にできた虚無の空間。そこに発見された二つのエネルギー体が関係しているとも聞いている。
ま、それは本題とはカンケーねえよな。
ともかくも、寄ってきた子供らにコントローラを貸して、ボートを走らせている姿を眺めていると、ひとりの十一、二歳の少年がおずおずと話し掛けてきた。
幾度か、この公園で顔を見かけたことがある。
「なんだ?おめえも、あのボートに興味あんのか?」
聞くと少年は頷く。そして、どんな仕組みになっているのか、と訪ねてきた。
正直、俺は驚いた。
動くオモチャとして、俺が作ったものに興味を示す子供等は沢山いるが、その仕組みまで聞いてくる奴は少ないのだ。つうか、聞いてくるのルヴァぐらいだ。そんなの。
「へへ、おめえ、見る目あんな」
喜んで俺はボートの仕組みを説明しはじめた。こんなマニアックな話、聞いたところで飽きちまうんじゃねえかと思っていたが、 少年は、楽しそうに。
本当に楽しそうにそ俺の話を聞いていた。
「昨日は、あせったぜ。燃料濡らしちまいそうになって。ほら、雨が降ったろう。恒例の」
少年は頷いてからしばらく考えるような仕草をし、恒例の雨はいつまで続くのかと聞いてきた。
「ちょっと、わかんねえな、それは」
それは本当だ。陛下に聞かなきゃわからねえ。もっとも、ずっとこのままってことはねえだろうけど。
話しをしている間に、だんだん日が暮れてくる。
ひとり、ふたりと公園の子供たちが減っていく。手をつないで帰っていく、あれは兄妹(きょうだい)だろうか。
何故だろう。その様子を見ている少年がどこか寂しげに見えた。
―― ああ、こいつ、カギっ子かな。
首からかけている紐。シャツの中に入っていてわからねえけど、きっとその先には家のカギがぶら下がっているんだろう。
このままじゃあな、と別れてしまうには後ろ髪引かれて、深くも考えず
「おい、おめーにこれ、やるよ」
俺は少年にボートを差し出した。
少年は、しばらく遠慮していたが、最終的には嬉しそうに笑って受け取った。
燃料の入れ替えは危険が伴うから、なくなったときは俺に声をかけるように言って、俺は公園を後にする少年を見送る。
もう、一番星が見えている。
さて、俺も帰るか。
カギは必要ねえけど ―― 家族のいない家に帰るのは、俺も一緒か。
振り仰いだ空に流星がひとつ弧をえがいた。

◇◆◇◆◇

一週間後の火の曜日。俺はヘンな噂を耳にする。
宮殿で働いている奴等が噂しているのだ。
―― 昨夜、南の方角に鬼火を見た
と。


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