ルヴァ様と国王陛下

青い羽根の行方

(解決編)―― 彼が手にした青い鳥

■このお話はティムカカテゴリにあるカムラン創作「青い羽根の行方」のルヴァ探偵版解決編です。
未読の方は、そちらからお読みください。
また、例の如く、ルヴァ探シリーズをお読みでないと、さっぱりわけわからん内容となっております。


頭布と羽飾りを身につけ、彼は奥の宮の部屋へ向う。
常夏の風が通り抜けるその部屋に、太師はいた。
カムランの姿をひとめ見るなり彼はおっとりと

「探し物は、無事みつかったみたいですねー」

そう言って笑んだ。
それだけで、太師はもう多くを語るつもりは無いらしく、じゃあこの時間は講義に充てましょう。と、カムランの持ってきた本を受け取って中身を確認している。
カムランは苦笑するしかなく、黙って籐の椅子に腰掛け、そしてしばしの沈黙を流してから答えた。

「ああ、見つけた。十年以上失ったままにしていた探し物を。 ―― 礼を言う」

兄に関わる話題であるのに関わらず、珍しく素直な反応のカムランに、太師は本から目を上げて満足そうに頷いた。
元々少し細めのその目をますます細くして微笑んで、あー照れますねー。などと嬉しそうに言っている。
彼を太師として迎え入れてから一年がたった。

―― かつてタリサム王を支えた太師ラグランのように

この国で太師を務めてはくれないかと彼に頼んだ、というのが。
兄の。
そう、兄のこちらでの最後の願いだったのだと、誰からとも無く聞かされて。
いったいどれほどの人物なのか試してやろうと思っていたのも、今思えば大それた話だとカムランは苦々しくも懐かしく思う。

彼と語れば語るほど。
三十半ばの歳からは想像もつかぬ書物や学問への造詣の深さに感嘆させられた。
その人柄も、少しばかりおっとりして、どこかずれているかと思えば、要所要所で見せる鋭さがある。
何よりも、カムランが好んで学んだ、賢者ラグランが書き残した書物の解釈には舌を巻いた。
まるでラグランその人を知っているかのような。
そんな印象さえ覚えた。

だから当時、『兄に乞われて』という点はひどく気に食わなかったけれども。
彼を師とすることは、今後の自分にとって決して悪いことではない、むしろ必要なことなのだと。
そう思い、結局は自らの意思で彼を太師にと望んだのだ。
それが、一年前のこと。

それから彼はカムランの師となり、立場的には臣下になったわけだが。
太師はカムランのことを『陛下』と呼ばない。
それを不満に思うことはないが、時折不思議に思うことはある。
いつだったか責める訳でもなく聞いたことがあったが、彼はただあいまいに。
「あー、こだわりがあるわけではないのですがねー。陛下という言葉は私にとって、やはり別の人を指すのですよー」
と言ってひどく困った表情をした。
「やはり、陛下とお呼びした方がいいんでしょうかね?」
悪戯を見つかった子供のように。
上目遣いで言った彼の様子が妙に可笑しくて、結局カムランは「好きに呼べ」と答えたのだが。
もっとも、そう言えたのは。
太師の言う『別の人』がどうやら兄のことではないというのがわかっていたからでもあるのだろう。

そう。太師は兄に乞われて来た人物であったが。
この国で唯一王としての兄を知らぬ人でもあったのだ。
その生い立ちを詳しくは知らないが、主星に長く住んでいたと聞く。

椅子の上であぐらをかいて。
膝の上に肘をついてしばしカムランは太師をみやる。
その視線に気付いて、講義用の本を開いていた彼は、どうしましたかー?などと言っている。
カムランの中にちょっとした考えが頭をもたげる。

―― たまには太師の先回りをしてみたい。

今回の羽根の件に関しても。
なにやら彼の掌中で踊らされたようなものではないか、と、少々子供っぽいとは思いつつも悔しさを消しきれない。
だから、確信は無いまでも、おそらくはこうであったのではないかという推測の元に、カムランは言う。
かまをかけて、向うが口を開いたなら、こちらの勝ち。
そう考えながら。

「この羽根は、何処で手に入れたのだ?太師。王宮の鳥の尻尾でも引っこ抜いたか」

細い目を、可能な限りまんまるにして、おやー。と言って驚いている太師に向かい、カムランはにやりと笑ってみせる。
この羽根とは、もちろん先ほど兄の部屋で見つけて頭布に飾った羽根のことである。

「安心しろ。この羽根が(けい)の仕組んだ仕掛けで、手紙も羽根も偽物だとわかったところで。また元通り兄に反発、などということにはならないからな」

「なるほど、それがあなたの出した謎の答えなのですねー?」

太師はよっこいしょ、と向かいの椅子にすわり。
お話を伺いましょう、と一口お茶を ―― 緑色をした、太師専用の茶を ―― 飲んだ。
カムランの言ったことを。
正とも誤とも言わずに、話の先を促すあたり、一筋縄では行かぬ。そう感じながら、負けじとカムランは話を続けた。

「はじめは。あの部屋の机の上にこの羽根があることを偶然知って、(けい)はただ、私がそれを見つけるように仕組んだだけだと思っていた」
「それだけでは、つじつまが合わないと。あなたは、そう言うのですね?」

言いながら太師が勧めた緑色の茶を、カムランは口にする。
はじめは慣れなかったこの味も。最近は美味いと思うから不思議なものだ。

「ああ、合わない。太師。あの部屋は、綺麗に掃除されていたよ。十年以上その主が居なかったことが信じられないくらいに」

そう。今にも。
―― カムラン。どうしたのですか?
そう言って。
兄が、奥から出てきそうだと、そう思うほどに。

「だから、不自然だ。あの本だけが、忘れられたように文机の上に出しっぱなしにされていたというのがだ。あの部屋のものを動かしてはいけないと命じた記憶も無い。だから、あの部屋を掃除する者は、片付けるはずだ。本を、元の位置に」
「掃除をする人が、気がついて、いつかあなたが見つけやすいよう片付けなかった、ということはありませんかー?」
確かに、この宮殿に仕える者ならやりそうだと、カムランはあははと笑ってから、すぐににやっと、口の端を上げて見せる。
「本の表紙が日焼けしていない。机に、本の跡もついていなかった。日の入る部屋に、十年間ああやって置かれていたのなら ―― ありえない」
太師は微笑をたたえたままお茶を飲み、カムランを見る。
まるで、話の次を促すかのように。

「そして一番の理由は、手紙の内容だ」
手紙には。
『いつか来るその時に、あなたがこれを見つけてくれることを』
そうあった。

「『いつか来るその時』そう、私が兄の。ここを去った兄の歳を越えた時こそが『その時』だ。違うか?あの手紙は、それ以前に発見されしまっては意味をなさないんだ」

それ以前に見つけても、カムランが、兄が十六歳の少年だったことに気付き、彼の本当の姿に想いを馳せることもなかっただろう。
一つ間違えれば。
用意周到な彼の行為に。
一層精神的な溝を深めたかもしれない。

一番必要な時に、一番必要なものが、たまたま彼の目に触れる。
そんな偶然があるはずが無い。
部屋に入ったのは太師に促されたからではあったが、この十数年間、彼があの部屋に入らない保障などどこにもなかったのだから。
偶然でない。
それは、必然という。

「だから。あの手紙も羽根も卿が用意した。兄の手蹟なら宮中に山ほどある。一見して気付かぬ程度に真似ることなら、可能だろう。古参の者に聞けば、読み聞かせていた童話とて、すぐにわかるだろうしな」

本当は、もうひとつの可能性の方が高いことにカムランは気付いている。
けれどもあえて、こちらの説を取ったのは。

―― そうあって欲しいと、望んでいるのか。

手紙が偽物なら。
羽根が新たに用意されたものならば。
昔自分が渡したあの羽根は。

―― 今もなお兄の手の中にあって。いつか彼に幸せを運んでくれるのではないか。

そんな彼の想いを見透かすように、太師は呟いた。
「それが ―― あなたの答え。いいえ、望み、なのですね」
そして。優しく微笑んで。

「手紙は、本物ですよ」

と。
「そう、なのだろうな。やはり」
落胆とも喜びともつかぬ心持ちのまま。
素直にカムランは認めた。

「羽根も手紙も。私が用意した、と言う部分はあながち間違いではありません。そう、あなたの目に触れるように机の上に置いたのは私です。 頼まれたのですよ。あなたに一番必要な時に、渡してはくれないか、とね。彼と、最後に話したときに」

語りはじめた太師を、カムランは黙ってみつめる。

「別れ際、涙を流して『行ってらっしゃい』と言ったあなたのことを。ひどく気にしていました。
引き止めたかったのだと思う、と。そしてたった六歳で、『行かないで』と我侭を言ってはいけないと自覚しているあなたを、とても、とても不憫に思って。
けれど、きっとその姿に、彼は安心もしたのですよ。
あなたになら、任せられると。そう信じて、彼は旅立ったのです」

カムランは瞳を閉じる。
兄の笑顔が、そこに浮かんだ。
あの日別れ際に我侭を言ったなら、彼に心置きなく涙をながさせることができたのでは、と。
先ほどは思いもしたが。

―― そうでしたか。私のとった態度は、あなたの心を幾許でも軽くすることができたのですね?

ならば、あれはあれでよかったのだろう。
黙ったままのカムランに太師が語りかける。

「本当は、そのくらいわかっていたのでしょう?何故わざと間違った推理を披露したのですか。もちろん、今なお兄君の手に羽根があって欲しいという望みもあったのでしょう。でも、それだけでは無いように ―― 感じるのですが。はてー?」

その言葉を聞いた瞬間。
カムランは目を開いてにやりと笑う。
心の中で、勝った、と呟いて。

「ただ、私が乞う前に卿の口から語って欲しかったのだ。
―― 兄の話を。
今まできちんと聞いたことがなかったからな」

太師は、おやー、これは一本取られましたねー、と。
でも言葉とは裏腹に妙に嬉しそうに言う。

「ああ、あなたはやはり大変鋭くて聡明な方です」

そして、うんうん、と頷いてから、穏やかでありながら、真剣な表情でカムランを見た。
「一年前。ほんとうはね、心配していたのですよ。あなたはあなたの兄君にひどく反発している様子で。だから、兄君に請われてここへ来た私を受け入れてはくれないのでは、と。でも取り越し苦労でしたねー」

カムランは不敵に笑って答える。

「そこまで愚かではないつもりだ。たかが私情を理由に優れた人材を遠ざけるような真似はしない」

それは、大変頼もしい。にこにこと言って彼はカムランに茶のおかわりを勧める。
いつものせんべいも一緒に。

「ひとつだけ、聞いてもいいだろうか」

一息ついて聞いたカムランに太師は、はいどうぞー、と頷いた。

「幸せをもたらす青い羽根がここにあるということは。彼は。彼自身の幸せはいったい何処にあるべきなのか」

名も言わず。
『兄』とも言わず。
ただ『彼』とだけ言ったカムランだが、それが誰を指すのかは目の前の人物にも当然伝わっただろう。
その時、自分がどんな表情をしているのか、カムランに自覚は無かったが。
もしかしたら泣きそうな顔をしているのかもしれないと考える。
太師は彼を安心させるような、いつものおっとりとした笑顔を見せて言った。

「想像でしかありませんがねー。彼はいずれ。いいえ、もう今ごろは手にしているかもしれませんよー」
「 ―― ?」
「この宇宙でね、最も気高く美しい青い鳥を、です」

そして太師が見やった王宮の庭。
その花の形を神の鳥に喩えて。鳳仙の名を持つ花が、風に優しくゆれている。
それらを眺めやったまま、太師が言う。

「本を閉じてください。今日の講義は変更です」
「別にかまわないが …… 。いったい何を話そうというのだ、太師」

太師がカムランを見やって笑んだ。

「童話をお話しましょう。そう、理想郷という名を持つ場所で、民の幸せについて考え、そして。
王宮の庭に咲く花で。
ちょっぴり我侭な賭けをした、とある王様の話を ―― 」


―― 了

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◇ 「彩雲の本棚」へ ◇


ビバ・マイナーカップリング!(笑)
ティムコレにしてたら、青い鳥のオチは無理でしたから!
青い鳥ってのは、もちろん彼女のことですヨ?(笑)

あー、カムランと太師殿の出会いとかも書いてみたくなってきた…<いいかげんにしろ。
なんかさ、
「兄に頼まれてきた人物など知らぬ」
とかいって。怒ってお城の外にでてふらふらしてるところをそうと知らず出会っちゃったりしたら面白くない?
そして、きっと味のある説教かますんだよ。あのお方……v(妄想警報発動中)

追記。
カムランはやはりスケコマシですか、な質問について。(なんだよソレ)
スケコマシです!スケコマシ希望!(希望されても…)
兄君のようなクソ真面目さが無い分、気軽に王宮の女官に手ぇだしたりしてそうです!
(…… 萌えっ)

ああ、カムランを書いて自覚する私。
つくづく「苦悩する国王陛下」がツボなんだよ、私!
守護聖で苦悩してないティムカと、国王で苦悩してる十六、七のカムラン。
選べといわれたら…… げふげふげふ!!!<踏絵踏んだらしい