蔦
序
序・蔦 紅に染むる頃 山々の木々が、庵の塀に絡まる蔦が、 競い合って錦の その視界一面に広がる 金の髪がさらりと風になびいた。 聖地を去り 愛する人と出会いここで生きることを決めてから この季節を幾度迎えたのだろう。 繰り返し訪れる季節 その度毎、新たな感動を覚えるのだ。 自然の見せる風情に、趣に。 ―――さて、この景色を なんと表現していいのやら。 つくづく俺は詩人には向いてない。 そう呟くと、隣にいた彼の妻が、くすりと笑った。 長くいた常春の聖地。 かの地でこのすべてが錦に染まる光景を 見ることはなかった。 蔦 紅に染むる頃 傾きゆく日の光 木々を染め、木々に染まり 辺りに錦の彩を織る 長くひいた木々の影から 東の 夜の闇が少しずつ訪れる これから訪れる冬を前に彩やかに染まるこの山々の 言葉に尽くせぬ風景を彼等に見せてやりたいものだな。 そう、彼は友人達を偲んだ。 元気でいるだろうか。 あの、愛すべき人々は――― そして、彼は遠い昔のことへと思いを馳せる。 |
序・蔦 常磐にして緑 どこかで咲く花の香りを運ぶ常春の風が 館の白い壁に絡まる 金の髪がふわりと風になびいた。 この蔦の枝を 館の傍に挿し木したあの日から どのくらいの時が経ったのだろう。 いつのまにか成長したそれは、白い壁の側面を程好く覆い どちらかといえば荘厳で堅い印象のある彼の館に やわらかな風情と趣を与えていた。 ―――昔は、この植物が大嫌いであったのだ。 何かに絡まらなければ己で立てぬ木など、と。 絡まり過ぎれば陰鬱で、あれの館を彷彿とさせるしな。 そう呟くと、隣にいた彼の妻が、くすりと笑った。 常春の聖地。 この穏やかで優しい風景は 今日も変わらない。 蔦 常磐にして緑 空高くある日の光 木々に染まり、木々を透かし 草に花に木漏れ日を落す 天の蒼穹に 飛翔する白い鳥は映えて 宇宙は この侵し難く尊い風景をそして我々のことを 彼は今でも時折思い出してくれているだろうか。 そう、彼は友人を偲んだ。 元気だろうか。 ―――あの、懐かしい友は そして、彼は遠い昔のことへと思いを馳せる。 |