月鏡(つきかがみ)
■鎌倉勢力側から見たもう一つの十六夜記■


【はじめに】
初稿版から加筆修正しました。登場人物の心理や歴史背景の事情説明を細かくした結果、もとからとっつきにくい話がよりとっつきにくくなったので、多少の矛盾はあっても読みやすいほうがイイという方のために初稿もこちらのリンクにおいておきます。
ただし、どちらにしろマニアックな話で、ストーリーそのものに変化はありません。(加筆版UP 2008.2.11)

【全七幕の中で登場する主な人物】
■景時編
・ゲームにも登場する人物::梶原景時、源頼朝、北条政子、源九郎義経
・ゲーム未登場の歴史上人物::北条小四郎義時(政子の弟・後の第二代鎌倉執権)、畠山重忠(鎌倉の御家人)

■頼朝編
・ゲームにも登場する人物やキャラ::源頼朝、有川将臣、源九郎義経
・ゲームに名だけ出る人物::平重盛(小松内府)
・ゲーム未登場の歴史上人物::池の禅尼(清盛の継母)

■義時編
・ゲームにも登場する人物::北条政子
・ゲーム未登場の歴史上人物::北条小四郎義時(政子の弟・後の第二代鎌倉執権)、北条三郎宗時(政子と小四郎の兄)、畠山重忠(鎌倉の御家人)


【幕組案内】
第一幕)京の十三夜 ―― 源頼朝十四歳
第二幕)鎌倉の十四夜 ―― 梶原景時二十五歳
幕間一)伊豆の夕日 ―― 北条義時少年期
幕間二)闇夜の蛍 ―― 北条義時二十二歳
第三幕)奥州の十五夜 ―― 梶原景時二十七歳
第四幕)鎌倉の十六夜 ―― 源頼朝三十七歳
終 幕)街道の残月 ―― 梶原景時二十七歳

※年齢は遙か年齢を基本に調整したものですので、史実・史料と異なっている可能性があります。反対に遙か年齢とも微妙な齟齬が出てますがお許しください。

◇◆◇◆◇

【第一幕】京の十三夜 ―― 源頼朝十四歳

(註1)暦元年、如月の十三日、いささか冷えるが月だけを見れば良夜であった。
京にある平家方の屋敷、明かり障子を月影が照らす一室に、この年十四になる少年が幽閉されている。
尾張守頼盛が家人(けにん)弥平兵衛宗清(やひょうえむねきよ)に捕らえられ、京に送られたその少年こそ、義朝が三男、前右兵衛佐(さきのうひょうのすけ) ―― 頼朝、である。
幽閉の身であるから不自由なくあるわけもなかったが、頼朝の見張りを命ぜられているはずの宗清(むねきよ)は何かと心を砕いてくれており、今頼朝が手にしてひたすらに文字を書き込んでいる卒塔婆用の木切れも、彼が用意してくれたものであった。
戦の敗者として既に一月以上前に亡き人となった父や兄。彼らの菩提をせめて弔うためと、頼朝が望んだのである。
本当であれば少年は今宵の十三日夜の月を見ることは無く、昼には彼も父のもとへと送られる手筈であったと聞いていた。だから既に覚悟を定め、せめて見苦しく振舞うことはすまいと考えていたのだが、何故か処刑日は先送りになった。
拍子抜けと共に安堵を感じたとはいえ、それは一時的なものでしかない。
不意に与えられた、しかしおそらくは残り数日間の命を少年は持て余している。
時とともに膨れ上がる不安が、己が命の終焉を曖昧に先延ばしされてしまったがゆえに、彼の中で抑えがたいほどになっているのだ。
ふいに、卒塔婆に文字を記す彼の手が細かく震える。
寒いから震えるのか、それとも己は己の死が怖いのか。自分の問いかけに、少年は応える。
―― もちろん、怖い。
ただ、それは死そのものへの恐怖とは違うような気がしていた。少年は手を休め、細くあけた障子の隙間から、月を眺めた。
もう見ることが無いと思っていた十三夜。
ならば、十四はどうか、十五はどうか、十六夜はどうなのか。
―― 少なくとも次の十三夜を、見ることはないのだろう。
この想いは恐怖と言うよりは、別れに対する感慨に思えた。
ならば、恐れているのは何なのか。戦場では、ただがむしゃらだった。血の匂い満ちる中、馬を駆り、敵を切り伏せ、父の背を追った。
あの場所でも、死の危険はすぐ隣にあったという事では同じだが、独特の高揚感のせいもあってかさほど恐怖は感じていなかった記憶がある。仮に敵の刃物が己を狙っても、それを跳ね返す刃を己もまた手にしていたから、という理由もあっただろう。
だが、今度首を討たれるときは戦場とは違う。抗うことは許されず、ただ一方的に切られるのだ。
己の首に、白刃が振り下ろされるさまを想像して、首からみぞおちにかけてを冷たい手でなぞられたような心持になり、なるほど、自分が恐れているのはその瞬間であるのか、と。少年は源氏の総領で在るべきはずの己の気概の無さを苦く笑った。
そして、死そのものについては、あまりに曖昧で怖いの怖くないのと思う余地がなかったことにも気づく。

母はとうの昔に逝った。
父も逝った。
二人の兄も、叔父達も逝ったのだ。

こう考えてしまうと黄泉路への旅は、少年にとってある種の甘美ささえ湛えている。
このとき何故か、少年の心のうちに会ったことのない弟達のことが浮かんだ。
宗清がこっそりと教えてくれたことには、母親の常盤と共に平家に囚われているらしい。常盤は子等の命乞いをしたというが、その後の沙汰は、未だ決まっていない。
既に元服し、(註2)子でもある自分が処刑されるのは武家に生まれて当然のこと。母を同じくするもう一人の弟も、僅か三歳であるが自分と同様の道を辿る可能性が高い。だが、異母弟の三人については、母親の身分がさほど高くないことを鑑みれば、助かる可能性がないわけではない。
ましてや、一番年下の牛若は、まだ乳飲み子だと言う。
清盛は、そんな赤子さえも、殺すだろうか。

―― 殺す、かもしれないな。

やはり、それは源氏の血に生まれたが故のさだめなのだろう。
生まれてから母親の元で育てられ父の顔も知らぬ彼等が、その見たこともない父の血故に殺される。哀れに思う反面、母親が命乞いをして守ろうとしているということに、淡い妬ましさや羨みを感じ、少年はそんな自分をすぐさま恥じた。

頼朝は立ち上がり、障子を開けしばらく月を眺めていたが、尽きぬ名残を断ち切るように急にぴしゃりと閉じて。
あとはただひたすらに、座して卒塔婆に文字を刻み、更けてゆく夜を過ごした。

◇◆◇◆◇

翌朝は目が覚めたそのときから、よく晴れた日であるのが部屋の明るさでわかるような日和であった。
床から出て何の気なしに障子を細く開けると、庭にひとつ人影がある。見張り、という風情でもないので怪訝に思っていると、その人物が振り向いて言った。
「おっ、起きたか。庭に下りて来い。桃が良い具合にほころんでいるぞ」
二十半ばの背の高い、颯爽たる青年であった。少年はいきなりのことに驚き、戸惑う。
「沙汰を待つ囚われの身で、それはできますまい」
ふるふると首を振って答えた頼朝に、青年は真面目だなぁ、と笑った。
こう言われてしまっては、なにやら表に出たい心が頭をもたげる。彼は一旦障子を閉じて、父譲りの強情なくせっ毛を手櫛で無理やり解き、急いで身支度を整えてから縁台におずおずと進み出た。囚われびとのこの行動を、咎めるものはいなかった。
この者は、何者か。不思議に思い、まじまじと眺めやる。いずれ名と立場のある人物に見えた。堂々たる姿、和やかに笑む風貌にも、ともすれば威圧されそうな気配を含んでいる。
そんなことを考えながら、(きざはし)を伝い庭まで降りる。傍らまで歩んでゆくと、青年がなんの前触れもなくこう聞いてきた。
「お前、死ぬるは怖いか」
その聞き方があまりにも唐突であっさりとしていたので、少年は思わず

―― もちろん、怖い。けれども甘美な誘惑でもある。

と。
昨夜己で逡巡していた想いをそのまま口にしそうになった。しかしそこは持ち合わせの矜持と利発さで思いとどまると、数日前、宗清にも似たようなことを、しかしもっと湿っぽく聞かれた際のやり取りを思い出し、同じように答えた。
「先の戦では多くの叔父、親類。此度の合戦では父を討たれ、兄も皆逝った。仏門に入り、皆の後世を弔いたいと思えば、この命惜しからざる、とは言い切れぬ」
これを聞いて宗清はずいぶん感銘を受けてくれたが、目の前の青年はそう簡単には納得しないようであった。
ふむ、と目を開き鋭く頼朝を観察するようにしてから、
「つまらんことを言うものだ」
一言(いちげん)で切り捨てた。
「何を」
流石にむっとして、言い募ろうとした少年を気にも介さず、青年は続けた。
「考えても見ろ。死んだものの菩提を弔って、生き返るわけでもない。生き返ったなら既にそれは怨霊だ。俺はそんなで黄泉還るはごめんだなあ。怨霊になってまで、この世に留まりたいとも思わんさ」
彼は豪快ともいえる笑いをひとしきり見せてから、不意にその笑みを消す。
「それとも、殊勝にみせるための方便か」
「そのようなことは ―― 」
ない。ないのだが、確かに純粋に菩提を弔っているかといわれると頷けぬものがあって、少年は言葉を濁す。
殊勝に見せて、生きながらえようなどとは今更思わぬが、生きながらえられるわけではないからこそ最期無様な姿を晒したくはない。
だから、一連の卒塔婆に文字を記したり、念仏を唱えたりだのの行動は、己が心を落ち着かせんがため。結局は自分のためだ。
黙り込んだ少年に、男は
「会って見ぬとわからぬもんだなぁ」
と、首をかしげる。
「宗清は年に見合わぬ堂々たる落ち着き振り、とまで言ってお前に心酔しているようだし、(註3)の尼君はいだの、いじましいだのと肩入れなさってお前の助命に熱心だ」
(はた)からは、そのように見えようか」
頼朝は苦笑する。
心の内より湧く抑えがたい恐怖と甘えを知れば、堂々などとは思うまい。そして、それを悟られまいとする小賢しさを知れば(いとけな)いなどとは思うまい。
そんな想いを、何故か少年はこの男に向かい正直に口にした。
「お前は、やはり真面目なんだな。真面目で、真っ直ぐだ」
馬鹿にするわけではなく、彼はそう言って笑い、少年の頭をげしげしと撫ぜた。
先ほど無理矢理整えた髪が、また言うことをきかずにぴんぴんとはねる。
慌てて頭を撫で付ける頼朝を見て青年は、悪い悪いと、さして悪くは思ってない風情で笑いながら謝った。
そして再び青年の表情から笑みが消える。その眉間に一瞬だけ刻まれた深い皺。
「何故、十四になるかならぬかの子供が、明日にも首討たれ、川原に晒されねばならんのだろうな」
「それは、そういう世であるから。そしてそういう家に、血に、生まれついたから」
「ふん、わかったような口を利く。ならば血は変えようにないが、世が変われば死なずに済むということだな」
「かもしれぬ」
彼は頼朝の答えに、ふむ、と鼻を鳴らし、少し背を伸ばして頭上に咲く桃の花を一枝手折った。
折られた拍子に、蕾がひとつふたつ枝から離れて地に落ちる。
少年にはその蕾が、近い将来落とされる己の首に見えて、思わず目をそらした。
すると。
「俺は、変えてみようかと思う」
青年が言った。
いきなりなことを言う男だと、少年はほんの少し呆れる。ましてやそれを、明日の命をも知れぬ、敵の子供に話してなんになるのか。
「だから、力は尽くそう」
「 …… 何にだ。この世を変えることにか」
「それもあるが、お前の助命だな」
「助命して、なんとする」
「お前には、見張ってもらう」
「何をだ」
「この国の行く末を。国を動かす力を持ったものが道を(あやま)った時、それを正すものがなければ国は滅びるだけだ。だから、俺はお前を助けようと思うのだ」
今度こそ、間違いなく呆れて、頼朝はぽかん、と口をあけてしまう。
「見張る、ためにか?」
「そうだ。俺が道を過てば、討て」
自分で自分を討てなどと、この男は頭がおかしいのではないのかとおもっていると、彼は豪快に笑う。
「お前、俺が馬鹿だと思ったろう。まあ、確かに馬鹿かもしれんが、父などにはむしろ『甘い』と諭されるな。でもな、たとえ甘いと言われようとも。保元以来、血で血を洗うことの繰り返しだ。そんなのは、何かが間違っている」
そこで彼はまたふいっと、眉の根を寄せた。
「かといって理想だけを追うは、なかなか難しい。だからこそ、約束だ」
勢いに押されてこくりと頷いた頼朝に、青年はみたび、真面目だなぁ、と言って笑った。 その後、男は結局名乗らず去った。だが、それが誰であるか少年は知っている気がした。

ひとり残った庭で少年が見上げた空に、咲きかけの桃がくっきりと春色に映えていた。

◇◆◇◆◇

数日後、頼朝に下された沙汰は、伊豆への流罪、というものだった。
伊豆へ立つ日の早朝、今回の助命に心を尽くしてくれた池の禅尼のところへ、頼朝は礼と別れの挨拶をしに訪れた。
尼君は涙ながらに喜んで、あとは父母の菩提を弔い、ゆめゆめ刀とろうなどとは思わぬよう、と繰り返し言い含めた。そして、頼朝が弟たちの消息を聞いたのも、この時である。
「弟御らも、ご助命されて、それぞれ寺に出されるようですよ」
「そうですか」
言伝(ことづて)なりとあれば ―― 」
頼朝は、禅尼の言葉を手のひらで押しとどめるような仕草で遮った。
幼い命が無事永らえたという事実は単純に喜ぶべきことだったが、会ったこともない子らに、今はそれ以上の感慨が浮かんでこなかったのだ。
ただ一言、

―― 生きておれば、いずれまみえることもあろうから。それまで、息災であれ。

そんな言葉が浮かんだが、けれど口には出さずにおいた。力あわせて亡き父の仇を討とうなどという含みのあるわけもなく、純粋に兄弟の対面をいつかに望むだけのものであるが、周囲はそう取ってはくれまい。
ただ己の同母の弟には、息災であれ、と伝えて欲しいとだけ述べた頼朝に、尼君は優しく微笑む。
「わかりました。それと、重盛殿にも感謝なさい。清盛殿はこの継母(はは)の言葉にはなかなか耳を貸してくれませなんだから、あの方の口ぞえがあったからこそ、こたびの減刑がなったのです」
既に、驚きはない。
頼朝は頷き、そして深く頭を下げて尼君とあのどこか風変わりな青年への礼へと変え池殿を後にした。

―― やはりあの方が、小松内府 …… 重盛殿だったのだ。

桃花の下、僅かな時間に交わされた戯れ言のような会話と、その出会いとを。
少年は心のうちに深く刻んでいた。
実は、池の尼君にはすぐに髪を下ろし仏門に入りなさいと進められ、密かに対面した父の臣下にはいずれの日にか仇討つため、何があっても髪を下ろしてはいけないといい含められていた。しかし、青年との約束故に、父の仇を討つことも、反対に唯ひたすらに菩提を弔うことも、少年には意味のある事には思えなくなっていた。
彼が言ったように、それで死者がよみがえることなどありはしないのだ。
だから、『俺が道を過てば、討て』。
彼と交わしたその約束を果たすため、これから移りゆく国のありようを、じっと見定めることにこそ意味がある。

少年は馬上で毅然と胸を張り、朝日にまっすぐ相対する。
あの日のいずる山の彼方に、これから行く伊豆が、東の国々があるのだ。
生まれ育った京や尾張を懐かしく思うこと、これから先幾度もあるだろう。今とても、僅かに母恋うような想いに似た、切なさがないわけではない。
だが今は、振り返らずに。
まだ見ぬ東国へと少年は想いを馳せた。

◇◆◇◆◇

頼朝が挙兵するのは、この二十年ほど後の事。重盛が一門の行く末を案じながらも力及ばず、志半ばにして病没した直後であり、言い換えれば ―― 怨霊となってまで蘇るはごめんだと。そう言った筈の人物が、人格を変えて死後再び世に名を表したと、噂された頃の事でもある。



◇ 第二幕へ ◇

◇◆◇◆◇



【歴史補足】
この幕の話は主に「平治物語」の巻ノ三、「頼朝生捕らるる事付けたり常葉落ちらるる事」から「頼朝遠流の事付けたり盛安夢合はせの事」をモチーフにして書かれています。また、ゲームの設定とは義朝の死期、義経の誕生期に齟齬がありますがご了承ください。

2007/04/20