[戻る] [ぼくのなつやすみ ガンフロンティア]

ぼくのなつやすみ
20th Century Summer Holiday


私が夏休みを無くしてから10回目の夏が来た。

パソコンを横目にクーラー漬けのオフィスから眺める窓の外は、一見夏のようでいて夏でない。仕事が終って帰宅する頃には真っ暗。 草香る夜風の中、洗濯物に囲まれたベランダで「俺の夏って週末だけだよなぁ」と呟きながら、もう二度と来ない夏休みに想いを馳せてみる。そして「ぼくのなつやすみ」を取り出すと、今夜も私は月夜野村のこどもに還るのだ。

夏休みで思い出すのは、雑木林を駆け抜けたクワガタ採りの風景。夢中になって地蜂の巣を踏み体中を刺された思い出が、まるで昔の夢を見るように画面に映し出されると、私は25年前に流した汗の肌触りさえ感じてしまう。

子供の頃に見た当たり前の景色をこんなに愛しく感じてしまうのは、私がおとなになってしまったからだろうか? 風鈴と鈴虫の音、イチゴとメロンのかき氷、小川のほとりを雪のように舞うホタル。これであと「蚊帳」さえあったなら、「ぼくのなつやすみ」という作品は、私にとって100%完璧なタイムマシーンだ。 時が永遠に続くような気がしたあの頃、私の夏休みはこんなにも豊かで幸せな日々だった。あの夏から幾重もの年月を経て、確かに今の自分はここにいる。それがとても不思議なことに思えた。

それにしても、この空野家の健やかさはどうだ。この家族はきっと3年前の大きな悲しみから互いに支え合い、砕けた心を拾い合って、今日の家族の形を作り上げたのだ。

両親の暖かい眼差しを受けて育った、優しい姉妹。萌姉さんは恋に受験に悩み、時には投げやりになったりするのだけれど、自分を支えてくれる人が側にいることを決して忘れない。家族への確かな信頼。 全員が顔を揃える朝夕の食卓は、空野家の象徴だ。薫おばさんの料理を食べながら、その日の出来事を談笑する情景は、月夜野村の山野以上に今の私たちには得難いものになっているのではないだろうか。

夕闇の窯火におじさんが詠んだ、我が息子を偲ぶ愛の詩に。
風に揺れる洗濯物の下、おばさんの誇らしげな笑顔に。
夜の縁側でクラリネットを吹き、子供の日々に別れを告げる萌姉さんに。
俯いて詩(しらべ)に差し出された、太陽の花のプレゼントに。

ずっとここにいたい・・・大好きな人たちと一緒に過ごしたい。風邪をひいたボクのおでこに当てられた、おばさんの額の温もりのような、懐かしくて穏やかな気持ちが胸に広がっていく。 そして都会へ帰る日、お別れにボクを抱きしめるおばさんの声が震えたとき、私は空野家の子になれた気がして、溢れ出す涙を堪えることができなかった。それは、遠く過ぎ去った私の夏休みが、ボクと交差する至福の一瞬だったのかもしれない。

こんな風に泣いたのはいつ以来だろう。そうぼんやり考えながらタイムマシーンから戻ると、週末の朝が蝉時雨の囁く響きで迎えてくれる。あの夏が今も手を伸ばせばここにあること。私はそんな思いを巡らせて、何だかとても眩しい気分になった。

(2000/09/01)

「ぼくのなつやすみ」 -20th Century Summer Holiday- 

  企画・製作  ミレニアムキッチン
 プロデュース  コントレイル
  脚本・監督  綾部和
キャラデザイン  上田三根子
     音楽  鵜飼秋子
   声の出演  ダンカン  進藤一宏  佐々木勝彦  一城みゆ希
         坂本真綾  最上莉奈  高山みなみ  伊倉一恵
         大谷育江  田中敦子  牛山茂    池田勝  他

 SCEI(PlayStation) 2000/06/22発売 5,800円

[戻る] [ぼくのなつやすみ ガンフロンティア]