人は、食糧がなくても数週間は生きのびられますが、水がなくては数日ともちこたえることができません。
水に恵まれた日本のフィールドでは、どんなに山奥でも、少なくとも半日も歩けば、小さな沢くらいには出くわすはずです。問題は、怪我などで身動きできず、水が尽きたときです。たとえば、ふだん人が通る登山道やトレールから大きく外れた場所に踏み入って、そこでトラブルに遭って動けなくなったとき、生き延びるために、手近なものを利用して、水を得なければなりません。
運良く雨が降れば、フライシートや雨具を利用して水を集めます。フライシートや周囲の葉に結露した朝露や夜露も根気良く集めれば、一日の乾きを凌ぐくらいの量にはなります。問題は、これらの方法でも、十分な水を得られないときです。
いろいろなサバイバルマニュアルや登山教本で紹介されているのは、米軍の公式サバイバルマニュアルに掲載されている『エマージェンシー・ソーラー・スティル(非常時太陽熱蒸留装置)』と呼ばれる方法です。必要なのは、一辺が1.5mほどの薄手のビニールシートが一枚、これだけです。まず、地面に直径1m、深さ30cmほどの穴を掘り、その中心に水を受けるためのカップを置きます。そして、穴を覆うように透明なビニールシートを張って、その中心を窪ませれば出来上がり。太陽熱によって、穴の中が温められ、蒸発した水分がビニールシートに結露し、それが中央に向かって流れ集まり、穴の底におかれたカップにたまるという仕掛けです。ぼくは、これを実際に試したことはありませんが、アメリカの極度に乾燥した砂漠地帯でも、半日で200?500ccの水を集めることができるということですから、日本ではもっと効率がいいでしょう。この装置で集めた水なら、ビニールシートさえ清潔なら、蒸留水に近い安全な水であることです。手近にある木の葉を穴の中に入れたり、小用をそこで足せば、より得られる水の量は多くなるでしょう。ちなみに、この方法は、"The Complete Walker(邦題『遊歩大全』)"で、著者のコリン・フレッチャーが実際に試みています。それによると、なるべく薄手で透明のビニールシートで試みるのが集められる水の量が多いそうです。色つきのシートだと、太陽光が穴の中に十分に射し込まず、水の蒸発量が少ないようです。この方法の唯一の欠点は、地面が掘りやすい土でないといけないこと。それから、太陽光の少ない曇天では、効率が悪いことです。
● 追記
昔、東北の栗駒山へ幻の湿原を探す目的で入り、遭難しかけたことがありました。ふつうの登山コースは、駐車場から頂上まで30〜40分のどちらかというとお手軽なハイキングコースのような山なので、どこかに油断があったのだと思います。ぼくを含めた5人ほどのパーティで、登山道の取り付きではなく、そのずっと手前に車を止め、トレースのない原生林の中に分け入っていきました。コンパスと2.5万分の1地形図を頼りに当たりをつけておいた湿原を目指して進んだのですが、鬱蒼とした原生林の中は視界もほとんど利かず、徐々にあらぬ方向へ。南東へ向かえば車道に出られると軽く考えていたのも災いして、方向を見失ったと気づいたときには、すでに夕闇が迫っていました。みんなろくに食料も持たず、水はそれぞれのメンバーがカンティーン一本だけという状態で、すでにその水もなくなっていました。喉はカラカラで、次第に朦朧としてきました。
日も完全に落ちて、あたりは闇。ぼくたちは、その場でのビバークすることにしました。
でも、それまでに歩き回って体内の水分を相当に失っていたはずで、ひどい乾きに襲われ続けます。周囲に沢はなさそうだし、木の葉を噛んでも、乾きが癒されるどころか、よけいに水が欲しくなって喉がひきつります。このとき、乾きは判断力を低下させることを痛感しました。
運良く、夜半に雨が振り出し、それをシートに受けて、代わる代わるシェラカップですくって飲みました。このときの雨水の味は忘れられません。
翌日は、みんな冷静になって、自分たちが昨日辿ったトレースをわりだし、無事に車まで戻ることができました。後で考えると、乾きの中でぼくたちは、完全に判断力を失って、車道とはまったく反対の方向へ進んでいたのです。