つくばマラソン(1995.11.26)(現在の自己ベスト)

 

 これは、現在のフルマラソン自己記録である1995年11月のつくばマラソンの結果を当時の同僚に報告したものをそのまま記載したものである。

 それでは、恒例の如くレースを振り返りたいと思う。前日は自宅前から13時15分のバスに乗り、橋本駅へ向かう。橋本駅から京王線で新宿まで行き、遅い昼食を済ませる。上野発15時35分頃の土浦行に乗り、土浦駅には17時前に到着。ホテルのチェックインを済ませ、約束のマクドナルドで会社の先輩の高田さんを待つ。予定通り、18時過ぎに高田さんが到着し、高田さんのホテルのチェックインを済ませた後、夕食に向かう。夕食、買い物を済ませ、ホテルで明日の予定等やいろいろと話をする。入浴を済ませ、しばらくテレビを見た後、23時半過ぎに床にはいるが 結局、24時過ぎまでテレビを見ていた。

 当日は6時半に起床し、7時過ぎから朝食、8時過ぎにチェックアウトし、土浦駅からバスで会場へと向かう。受け付けが段取りが悪くえらく時間がかかってしまう。ハートブレイクのメンバーを探すがいつもの場所にはいない。しばらくして漸くみつける。予定の場所より少しずれている。嫁さんに高田さんをみつけるように頼んで、トイレへ向かう。トイレを済ませ、少しトラック 内をアップして、あわただしく着替え、スタート地点へ走っていく。

 前から3列目あたりに並び、スタートを迎える。10時半、号砲一発でスタート。転ぶこともなくスムーズにスタートができ一安心である。谷地君が前をいくので追いかける。かなりの集団が前を進む。しばらくして向井君が並んでくる。4キロぐらいまでその集団を引っ張るが20人ぐらいはいるようなので坂の手前で集団の後へと下がっていく。5キロ地点を通過。17分01秒。まあ、予定通りといったところである。

 6キロ手前あたりでスタート地点を再度通過し、嫁さんに手をあげ走っていく。広い道路に出てくる。風はあまりなさそうだ。後続とはかなり開いているようだ。集団のペースがやや落ちている。谷地君、向井君が前にいるが無理には引っ張っていないようだ。後方から1人追い付いてきて集団に加わり、10キロ地点を迎える。34分31秒。スプリットが17分30秒。やはり落ちている。

 給水地点を過ぎたあたりから少しペースが上がり出す。それでも集団は20人ぐらいのままである。谷地君が先頭を引っ張っている。向井君は3列目あたりにいる。そうこうしているうちに15キロ地点を通過。51分54秒。スプリットが17分22秒。少しはあがったか。

 工場の煙突の煙が緩やかに右から左へとなびいている。これは昨年と同じ向きであるから、ラストは追い風になるなと思う。このあたりから谷地君が集団から飛び出す。給水は皆とるのが上手くなく、とる前にスピードを緩めるので集団から離されてしまう。しかし、無理に追い付くのは避けてじわじわ追いかけて追い付く。谷地君は結構前を行っている。向井君は相変わらず集団の前に付けている。向井君は調子がよさそうだ。しかし負けるわけにはいかない。集団はまだ崩れない。まさか、つくばでこれぐらいのペースでこんなに集団になるとは思わなかった。後を付いて走るのは引っかけられる心配もないので結構気楽に走れる。20キロ地点がやってくる。1時間09分13秒。スプリットが17分19秒。ほぼイーブンといったところか。

 このあたりで足首にピキッと痛みが走る。うっ、まずい。日頃ときどき痛む箇所である。ひねらないように恐る恐る走るが、それ以降は大丈夫であった。中間点を1時間13分01秒で通過。昨年より、24秒速い。しかし、予定よりは30秒は遅い。福岡国際の参加資格を得るのはちょっと無理だなと思う。後方から1人77番が突然追い付いてくる。集団に加わっただけでとびださなかったので一安心する。またもや給水で離される。ここは5秒近く離された。さすがにここはちょっとだけ無理をして追いかける。ちょっと集団が2つに分かれてしまう。前は10人ぐらいである。向井君は前にいる。左折してしばらくして25キロ地点を通過。1時間26分29秒。スプリットが17分16秒。ここも落ちていない。

 しかし、ちょっと脚に来始めた。でも向井君が頑張っている間は離れられない。集団は10人ぐらいになる。給水もロスなくとれた。沿道から「8位集団」と声がかかる。「へー、もうそんなもんか、20位以内ははいれそうだな」と思う。28キロあたりで向井君の動きがおかしくなってくる。集団から下がり始めた。すかさず横に並び、「ここから、ここから」と声をかけて抜いていく。30キロ手前の緩やかな上りで集団が6人ぐらいになり、少し下りながら30キロ地点を通過。1時間43分46秒。スプリットが17分17秒。おっ、これは結構いけるぞ。

 昨年より1分は速いな。32キロあたりから集団に付いているのがつらくなりだす。2mぐらい離れながら必死についていく。後方から、606番が軽やかに抜いてきて集団に加わる。左折して長い直線にはいる。このあたりから並走している人に気をとられているうちに前3人に離されてしまう。前を見据えていると、谷地君のようなウエアを来た人が落ちて来始めている。やはり谷地君だ。つぶれたかな?。抜きながら、「谷地君、頑張れ」と声をかけると、「はい」と返事は返ってきた。もう1人背の高い人を捕え、その後に招待選手の3番を捕える。集団にいたうち若草色のウエア(うしろぐちRCの後口選手)を着た人がすでに100mぐらいは前をいき、青いウエア(東京貯金JCの野口選手)がそれに続き、50mぐらい離れて黄色のウエア(神宮ACの足立選手)、50m離れて私の順である。計算でいくと8位か?。35キロ地点がやってくる。2時間01分26秒。スプリットが17分39秒。さすがに落ちてきたか。

 しかし、前を見据えてしっかりと追いかける。給水をとり、しばらくして残り5キロ地点を通過。2時間09分22秒。キロ4分で行っても2時間半はきれるなあ。立体交差の上りをかけ上がり右折しながらゆっくりとかけ下りる。黄色のウエアとは縮まり始めた。青いウエアも落ちて来始めている。残り4キロ地点を通過。キロ4分で行っても29分ぐらいと思った気がする。残り3キロ地点を通過。28分台は確実である。右折して40キロ手前で黄色のウエアを追い抜く。40キロ地点を通過。2時間19分22秒。スプリットが17分56秒。

 とりあえず、17分台はキープしている。残りを8分と考えて2時間27分22秒だから自己ベスト更新は確実である。青いウエアが射程距離内にはいってきた。黄色のウエアもまだまだ追いかけてくる。残り1キロ地点を通過。27分台前半は確実である。左折して競技場内へはいるときに青いウエアが私に気付きラストスパート。こちらもスパートすると後から黄色のウエアもスパートしてくる。トラックのラスト勝負のようになってきたが皆同じぐらいで間隔が変わらない。これは追い付けないと思いながら、電光計時に目をやると2時間26分56秒。うわーと思いながら駆け抜けたが無常にも時は進み、私の時計は2時間27分01秒07で止まっていたが、正式記録は2時間27分02 秒の自己ベスト達成。ラストが7分40秒とラストのラップも自己ベストであった。

 順位は7位であった。青いウエアの人と黄色のウエアの人と「お疲れさまでした。今日は走り易かったですね。」と握手をして健闘を賛えあった。着替えをしていると、場内アナウンスで「ただ今、女子のトップが競技場にはいってきました」と告げる。おっすごい。2時間36分台の大会新記録でゴール。着替え終わる頃にハートブレイクのメンバーがちょろちょろと戻ってくる。市川君が33分台、岡村君が初マラソンで35分台、向井君が36分台、谷地君は結局43分台であった。嫁さんが「フイルムがなくなった」と別のカメラをとりにくる。そこへ高田さんがバックストレートを走っているのに気付く。「高田さん、来たで」「うわー、間にあわへん、おこられるー」とあわてたものの結局、間に合わなかった。

 5位までが副賞にミズノのシューズがついていたので残念であった。5位とは結局28秒差であったので、33キロあたりでしっかりついていけていたら何とかなったかもしれないというところであった。でも自分としては自己記録を1分36秒縮めたので、満足している。最低目標の2時間半、できればびわ湖出場権の2時間28分以内もクリアできたからよかった。あとはこの1分02秒を何とかクリアして、ぜひ憧れの福岡国際に出場したいものである。

 (当時はびわ湖の参加資格は2時間28分以内であった。)