2004東京国際マラソン(2004.2.8)完走記

−4年ぶりの国立競技場ゴールへ−

 

 2004東京国際マラソンの完走記をアップします。全記録は下記URLで見ることができます。

 http://event.yomiuri.co.jp/2004/S0179/main.htm

 土曜日は受け付けのため、14時過ぎに国立競技場に到着する。今年の参加賞は首からかける携帯ストラップのみであった。またまた不景気のあおりをくらったかな。。。今年もスペシャルドリンク用ボトルがスマートなフタ付き容器になっていたのでかさばらなくて良かった。夜は子供達が寝てから準備を始める。スペシャルボトルの準備やナンバーカードを付けたりしているうちにいつものように24時をまわってしまい、24時半頃に就寝する。夜中はトイレが近く、2時過ぎと4時過ぎに目が覚めてしまった。このあたりは昨年と同じだ。

 当日は5時50分に起床。天気は良さそうだ。天気予報でも気温が昨日より2℃ほど高くなると言っている。また昨年のように前半が向かい風にならなければ良いのだが。とりあえずホットミルクとゼリー、バナナを食べてから身体にチタンテープを貼り、手首にはスパイラルテープを巻く。スペシャルボトルは15kmからの6本にヴァーム190を入れて準備完了。坐骨神経痛は相変わらずであるが、坐骨神経痛用のキネシオテーピングを大腿部裏から臀部までしたおかげで少しはましか。スペシャルドリンクの受け付けが9時半までなので、7時20分に家を出発し、自転車で橋本駅に向う。橋本駅近くの松屋で豚めしを食べる。ここの松屋は既に牛めしが底をついていてしばらく前から豚めしに変わっている。コンビニでおにぎり3個と水、ミルクコーヒーを購入して、京王線8時01分発の電車に乗って新宿へと向う。競技場には9時過ぎに到着。控え室に行くと既に木村君が来ていた。荷物を置き、スペシャルドリンクの受け付けを済ませる。

 控え室にいると一年ぶりのメンバーとたくさん顔をあわせる。青木君や上坂君も来たので岡村君が風邪で欠場であることを伝える。足の裏とかかとにキネシオテープを貼ってからおにぎり3個と大福1個とバナナ1本とゼリー1本を食べる。控え室から出るようにと言われる前に各自の荷物置き場に移動する。天気も良いのでホームストレート前で日向ぼっこしながら談笑する。スタンドからみぃちゃんとヨーコさんが手を振っていた。

 天気も良く気温も高そうであったのでランシャツで走ることにこの時点で決定する。上空の旗を見るとそこそこ吹いている感じで前半はまた向かい風になりそうだ。天気予報だと15時前には風向きが変わっている感じだったため、帰りも向かい風になるかもしれない。10時50分頃に木村君から第一コールがもう始まっていると聞いたため、コールに向かう。今年は上からランシャツを着るようにと指示があったため、ジャージの上からランシャツを着てコールする。ランシャツのチーム名とロゴの確認、ランパンのロゴの確認のみで今年はわりと簡単に終了した。アップをしようとグランドに出たところでクリールの野口さんにお会いする。40歳代ランナーの記事を書くとのことで40歳代選手を探されていた。そこにたまたま最年長の山下選手が通りかかったので、紹介し、二人で写真を撮ってもらった。トラックの9レーンあたりを20分ほどジョグし、流しを5本入れて終える。足は軽いが坐骨神経痛がビリビリくる。暖かいのでかなり汗をかいた。

 トイレを済ませ、ウエアに着替える。今年は時間的に少し余裕があるので、あせらずに着替えも済ませられた。招集所に向かい最終コールを済ませる。

 スタートラインに整列する。ナンバーが200ちょうどだったが、なぜか最内側に呼ばれた。完走できるようにいつものように手をあわせて祈る。今年が自分にとって最後の東京国際マラソンになるかもしれないので、必ずここに戻ってくるぞと強い気持ちを持ってスタートを待つ。12時10分号砲一発でスタート。このとき、招待の清水選手にアクシデントがあったのだが、最内側にいたため全く気づかなかった。200mぐらいで左膝のサポーターがずれてしまったが痛みが出るまではこのまま走り続けることにしようとそのまま放っておく。1周目を84秒ぐらいで通過。まずまずかな。2周目も同じく84秒ぐらい。1km地点を3分29秒ぐらいで通過し、競技場の外へと出て行く。

 右折して上りに入ったところで木村君が「今年は大丈夫ですか?」と声をかけてくれたので、「サポーターがずれてしまったけど大丈夫」と声を返す。平坦になり、しばらく行って2km地点を6分58秒で通過。ここでやや集団が二つに分かれかかったので、思い切って前の集団についていく。広い通りに出てきて四ツ谷の下りを駆け下り始める。

 集団は上坂君が引っ張る形で後ろも結構ついてきているため、大集団となっている。昨年に比べるとまだまだ余裕がある感じだ。大集団の流れにまかせて走っていく。5km地点を通過。17分03秒。ほぼ予定していたタイムどおりである。暑さはさほど気にならないので給水はやり過ごす。

 東京ドームを左手に見ながら右折したあたりで、ヨーコさんとみぃちゃんがいるのがわかったが気づいていない感じだった。まぁこんな集団の中にいるとは思っていないだろうからね。直後に、望月マネージャーから声がかかる。7km地点で時計を確認するとこの2kmは7分弱ぐらいであった。やや向かい風かな。この集団にはソンスさんや木村君、江頭さん、大井君らがいるのがわかる。左折して右折したあたりからさらに向かい風を感じる。

 東京駅の前を通過し、しばらくして10km地点を通過する。34分28秒。この5km17分25秒。関門まで35分32秒。15kmまでこのペースで行ければ20km関門は通過できそうな気がする。ここも給水はとらずにやり過ごす。上坂君がやや下がり気味で別の選手が引っ張り始めた。向かい風を感じるので集団の中に潜り込む感じだ。前の選手のシューズの紐がほどけているのが気になる。紐を踏んで転ばれると嫌なので前に出る瞬間を伺う。今年は御成門を見る余裕もあった。

 第一京浜に入ってもやはり向かい風である。このあたりでシューズの紐がほどけている選手より前に出る。集団はまだまだ大人数である。上坂君がやや下がり気味で木村君と並走する感じだ。しばらくして15km地点を通過。51分58秒。この5km17分30秒。関門まで18分02秒。坐骨神経痛はビリビリするものの今日の状態を考えるとこのままこの大集団の流れのままで20km関門は通過できそうな感じがする。大集団で給水をうまくとれるか心配なので、やや下がり気味で内側へ移動する。うまく自分のボトルを見つけることができ、しっかりと給水をとる。

 16km地点の品川駅前ではたくさんの応援の人でいっぱいである。集団の中央寄りを走っているため、沿道から見つけにくいかと思っていたが、たくさんの人から声をかけてもらえた。ただ、沿道側に目はやったものの誰だかはよくわからず。行きの八つ山橋は問題なく集団にあわせて上りきる。八つ山橋の下りも特に問題なく駆け下りる。

 18km地点を1時間02分台で通過。関門閉鎖まで7分半近くある。よほどのことがない限り20km関門通過は問題なさそうだ。この地点をこんなに大集団で走れるとは思わなかった。19km地点を1時間06分少しで通過。これで間違いなく20km関門は通過できるだろう。今年は関門でほっとすることなく、集団に付いていきたいところだ。前を見ると以前同じ会社であった大中君がやや落ちてきている感じでしばらくして集団に吸収される。20km地点が見えてくる。向かい風にも関わらず集団は淡々と走っている。しばらくして20km地点を通過。1時間09分37秒。この5km17分39秒。向かい風でややペースが落ち関門閉鎖まで23秒であったが、気分的にはかなりの余裕があって通過できた。

 またまた給水地点なのでやや下がり気味で内側へ移動する。10番テーブルで自分のドリンクを取ろうとしたが、あれっ?無い!。立ち止まり探すとテーブルの一番手前の角においてあった。しまった!。集団にはやや離されてしまう。中間点を通過する。1時間13分30秒。ここはやはり集団に追い付こうと脚を使って向かい風の中を追いかけ、折り返し手前で集団に追い付く。大集団で折り返す。折り返すとやや追い風か。追い風になったせいかじわじわペースがあがり始めた気がする。集団がばらけだしてきた。ここはなんとかふんばり前の集団の後に付く。集団を引っ張っているのは大井君かな。25km関門も問題なく通過できそうだ。木村君と併走する感じで進む。しばらくして25km地点を通過する。1時間27分09秒。この5kmが17分32秒。関門は余裕で通過できた。

 給水地点がやってくる。今回は後方にいたので内側に移動するだけでよかった。ここで何を血迷ったか、200番台と思ったドリンクを9番テーブルから取ってしまった。「うわ〜、間違えた!」とあたりをきょろきょろするが、そのドリンクの持ち主がいなさそうなので、しかたなく地面に落とす。横にいた木村君が「アクエリアスを薄めたやつですが、飲みます?」とドリンクを差し出してくれたので、ありがたくいただく。木村君にドリンクを返し、前方に目をやると帰りの八ツ山橋の上りが待ち構えていた。4年ぶりの帰りの八ツ山橋の上りに身体が反応しない。じわじわ集団から離されていく。頑張ろうとするが身体が言うことを聞かない。同じように集団にいた熊谷君も遅れている。一気に集団が離れていく。坂を上りきった頃には50mぐらいの差が付いてしまった。熊谷君は下りを利用して前を追いかけて行くが、自分にはその脚が残っていない。熊谷君にも付いていけない。後続もすぐには来ていないようで一人旅が始まる。沿道から田辺君が大きな声をかけてくれるが反応する余裕がない。道路幅が広いため、一人で走るとどうもスピード感がでない。品川の駅前に戻ってくる。しばらくして江頭さんともう一人が追い抜いてきたので、頑張って後に付いていく。第一京浜に別れを告げ、左折したあたりで沿道から健気さんが声をかけてくれる。余裕がないのでうなづいて通り過ぎる。しばらくして30km地点を1時間45分24秒で通過する。この5kmが18分15秒。やはりかなりラップが落ちてしまった。このままこのペースで刻めれば2時間半を切れないこともないペースなのだが、かなり脚にきているのと最後に上りがあるからちょっと難しい感じだ。でも完走自体は問題なさそうである。

 もう一人の選手のナンバーの下一桁が自分と同じ「0番」のため給水テーブルが同じなので、重なるのが嫌で給水地点まえに前へ出て行く。今度は確実に自分のドリンクを取る。結局そのまま前を引っ張る形になってしまう。しばらくして後から二人追い抜いてきた。一人が野村君であったので、頑張ってついていこうと思い、後についていく。先ほどまでのペースよりかなり速い感じで結構いっぱいいっぱいで付いていく。もう少しペースを落として欲しい感じではあるが。皇居の前を過ぎていくあたりから付いていくのがきつくなりだす。しばらく頑張ってついたものの付ききれずにじわじわ離れだす。さらに脚にきた感じで一気にペースダウンする。先ほどまで併走していた選手にも追い抜かれたが付いていくことができない。無理してついていった反動が出てきた感じだ。こうなると淡々と完走を目指すだけの走りになってくる。しばらくして後方から奥村君がつく間もなく一気に追い抜いていった。あのペースなら2時間半を切れる感じがする。なかなか35km地点が来ない。しばらくして左折し、35km地点が見えてくる。35km地点手前で沿道から清田君が電話をしながら何やら声をかけてくれたがよくわからなかった。右折しながら35km地点を通過する。2時間04分25秒。この5kmが19分01秒。やはりペースがどんどん落ちている。脚が張っていてペースを上げることが出来ない。

 人もまばらなので給水も問題なくとれる。36kmあたりで沿道から中川さんに声をかけてもらったがうなづいただけで通り過ぎる。水道橋の交差点を左折する。向かい風が強い。やはり風向きが前半と変わっている。沿道からクリールの野口さんが声をかけてくれるが顔を向けてうなづくのが精一杯であった。しばらくして残り5km地点を2時間13分08秒で通過する。この2.195kmが8分43秒。残りキロ4分で行けるかは微妙なところなので2時間33〜34分台かと頭の中では計算する。脚にきているとやはりこの上りはきつい。でもこの3年間はここまで走れなかったことを考えると今、ここを走れている気分は何とも言い難い感じだ。残り4km地点を2時間17分16秒で通過する。この1kmが4分08秒。かなり遅い。この5kmは21分ぐらいかかりそうだ。前はぱらぱらと人がつながっている感じなのだがじわじわ離されて行く感じだ。上り勾配の一番きついあたりで残り3km地点を通過する。2時間21分29秒。この1kmが4分13秒。さらにペースダウンしている。坂を上りきった四ツ谷の駅前あたりで大中君が一声かけて追い抜いて行ったが反応できず。右折してしばらくして沿道からヨーコさんが応援してくれたがうなづくのが精一杯。40km地点手前で江頭さんが追い抜いてきて「ゴールはできそうですね」と声をかけられたので、「そうですね」と声を返すが、そのまま付いていくことはできずにおいていかれる。

 40km地点を通過する。2時間24分46秒。この5kmは20分21秒。残り9分かかったとしても33分台はたぶん大丈夫だろう。最後の給水地点でもしっかりと自分のドリンクをとる。残り2km地点を2時間25分32秒で通過する。この1kmが4分03秒。左折して最後の直線に入る。江頭さんには追い付けそうもない。前方にモントブランのユニフォームが見えたが奥村君ではなかった。モントブランの選手を追い抜き、しばらくして残り1km地点を2時間29分36秒で通過する。この1kmが4分04秒。沿道から奥村君の奥様が声をかけてくれる。下りに入るがさほどペースも上がらない。左折して少し走り競技場に入る。後方から一人に追い抜かれる。山根さんだった。残り1周にかかり、33分30秒が切れるか微妙な感じだったので少しペースを上げる。バックストレートで一人を追い抜き、山根さんとの差は変わらないままでホームストレートも駆け抜け、ゴール。タイムは2時間33分24秒と何とか33分台でゴールすることができた。残り1kmが3分48秒、残り2.195kmが8分38秒、残り5kmが20分16秒で順位は109位であった。

 完走タオルをかけてもらい、ちょっとふらついていたのか役員に肩をささえられながらドリンクのところまで連れて行ってもらい、ドリンクをもらった。大石君に声をかけられ、結果を聞くと25分台とのことでさすがであった。大石君から青木君が数秒のところで福岡の切符を逃したことも聞いた。シャワーを浴びる時に進藤さんに結果を聞くと2時間28分40秒の自己ベストということであった。シャワーを浴び終えると平澤君がいたので結果を聞くと2時間23分40秒ぐらいの大幅自己ベストで「出るときは出ますね」と嬉しそうであった。着替えてからクリールの野口さんを探しているとちょうど堂道選手にインタビュー中であった。競技場外で皆と合流し、とりあえずバスで新橋に移動することにした。バスに乗るときにちょうどクリールの野口さんと一緒になったので、移動時間を利用してインタビューを受けた。パーティまでまだ時間があったので、近くのマックで時間をつぶし、18時前に会場に移動する。既に完走証が出来上がっていたので、記録一覧表とともに受け取る。結局、パーティには一般参加選手のコーチカードでは入れないということで、清田君達は近くの居酒屋に行くということなのであとで合流するということで別れる。

 パーティでは疲れもあってなんとなく食欲がなくあまり食べることができなかった。いろいろなラン友と話が出来たのは大変有意義であった。

 パーティは20時前に終了し、そこから清田君達がいる近くの居酒屋へ合流する。ここでもあまり食欲はなく、ビールを飲んだ程度であった。21時半頃には2次会も終え、帰路についた。家には23時頃には着いた。

 今回はここ3年間、関門に掛かり完走できていないことから完走が第一目標であったために、ハーフのレースのような感じでアップもしたおかげで前半は非常にうまく走れたが、やはり気持ちのどこかに関門を通過できたことでホッとしてしまったことが26km以降の失速につながったと思う。やはり2時間半を切るチャンスであっただけになんとしても30kmまでは集団で耐えなければならなかった。同じ集団の中からかなりの人が2時間半を切っていることを考えても条件的には非常に良かったと思う。この反省を次回のびわ湖毎日マラソンに活かしたいと思う。

 これでまた来年の東京国際マラソンの参加資格が無くなってしまった。チャンスはまだ数回あるものの、出せるときに出しておかないと年々、厳しくなってきているのでどうなるかわからない。次のびわ湖毎日マラソンではしっかり走ろうと思う。

 応援していただいた皆様、本当にありがとうございました。4年ぶりに国立競技場にゴールすることが出来ました。ただ2時間半を切れなかったのはやはり今の自分の力不足です。この結果をしっかりと受け止め再び精進し、来年はまた必ず国立競技場に戻ってくることを誓います。今後とも応援よろしくお願いいたします。