びわ湖毎日マラソンフル(2001.3.4)報告

 

 第56回びわ湖毎日マラソンフル完走記をアップします。全記録は下記URLで見ることができます。

 http://gold.jaic.org/jaic/res2001/56biwako/REL001.HTM

 土曜日は6時過ぎに起床。7時頃から朝練に出かける。 今回は木曜日がたまたま雨だった関係で30分ジョグのみで木曜日から調整しているため、6kmコースで切り上げる。 水曜日に刺激を入れたくて何とか練習会には参加し、10000mタイムトライアルを5000mでやめるつもりで走り出したが、2000mから身体が動かず、16分59秒に終わったので調子はかなり悪い感じだ。 木、金、土のジョグは5km、6km、6kmと完全調整モードである。あとは運を天にまかせたい感じなのだが、天気予報はあいにくの雨。ただ、午後から回復するという予報に少しは期待をよせる。でも風が強いんだろうなぁ。

 朝食後は子供達の相手もしながら、準備を始める。いつものように両手首にはスパイラルテープを巻く。膝のテーピングとかかと(アキレス腱)用にキネシオテープとはさみを持っていくことにする。

 スペシャル用ボトルを準備するつもりだが、ボトルは荷物になるので現地で調達することにし、VAAMの缶を3缶とパウダーをバッグに詰め込む。雨が降るといけないので、防寒対策用のウエア等は忘れないようにしっかりチェックして詰め込む。

 今回は月曜が関西出張のため、2泊するので、駅までは嫁さんに車で送ってもらうことにする。長男と長女も一緒に11時20分頃に車で自宅を出発する。相模原駅前で降ろしてもらい、家族と別れる。子供達は元気にバイバイをしていたが、今日と明日は帰ってこないことがわかっているのだろうか?。

 JR相模原駅11時35分発の快速に乗り、新横浜駅へ行く。新横浜駅でお弁当とスポーツニッポン新聞を購入し、12時23分発のひかり119号で京都駅へと向かう。

 京都駅には14時46分に到着。今回は暇なときにでも音楽を聴こうとCDプレイヤーを持ってきたのだが、あいにくソフトはどこかで調達しようと思っていたので、京都駅構内で探すが見あたらずあきらめて東海道線で大津駅へと向かう。今回は東京国際マラソンの結果次第ではびわ湖毎日マラソンは出場をとりやめようと考えていたため、大会が斡旋してくれる大津プリンスホテルはとっておらず、駅裏の大津シャンピアホテルをとったために徒歩で向かう。

 大津シャンピアホテルでチェックインを済ませ、部屋に入る。築年数があまり経っていないせいか部屋も綺麗だ。今年から開会式もなくなったので受付をするために、徒歩でびわ湖ホテルに向かう。びわ湖ホテルには16時過ぎに到着。選手用受付と監督用受付を済ませる。ML仲間の大石さんにばったり出会ったので少し話をし、監督用受付をすればタオルとプログラムとタイピンと監督用IDカードをもらえることを教えてあげた。前夜祭までは時間があるので一旦ホテルに戻る。ホテルに戻り、頂いたものの中身をチェックする。参加賞のTシャツ、タイピン、ナンバーカード4枚、安全ピン、IDカード、荷物を入れる大きなビニール袋、あれ?、プログラムが入っていない。まあ監督用の方に入っているからいいか。プログラムを眺めたりしながら時間をつぶす。前夜祭の時間が近づいてきたので、再びびわ湖ホテルへと向かう。

 びわ湖ホテルで今度はチームメイトの原田君とばったり出会ったのでそのまま前夜祭の会場へと一緒に入る。17時からレセプションが始まる。ローム社長や来賓のご挨拶、招待選手の紹介があり、結構な時間がかかる。漸く乾杯を済ませパーティに突入する。夕食をかねているため、頑張って食べようとするが、こういう場所ではすぐに満腹感を覚え、量的にはそんなに食べていないような気がする。今年は大塚製薬が協賛のようで、テーブルにエネルゲンが置いてある。たぶん明日のゼネラルテーブルにも置かれるだろうからスペシャルドリンクは置かなくてもよいなあと思う。今年は500mlのペットボトルではなく、350ml缶ばかりなので、ボトルの調達もできないため、スペシャルドリンクを置くのはやめることに決定する。

 パーティは18時15分頃に終了する。びわ湖駅前のコンビニにより、食料や飲み物を調達する。CDを探しにぶらぶらするが、このあたりに売っているところはなさそうなのであきらめてホテルに戻る。携帯電話に元同じ会社に勤めていた後輩の湯田君から連絡がはいったいたが気付かなかった。そのうちまたかかってくるだろう。ホテルの部屋でくつろいでいると湯田君から連絡が入る。ホテルまで来てもらう。ホテルでお茶でもしようと思ったが、あいにく予約で一杯のため外に出ることにする。途中、西武百貨店によってもらってCDを探すが、何故か見あたらない。あきらめてCASAでお茶をする。お互いの近況報告などをし、あまり遅くなるのも悪いので21時頃にホテルまで送ってもらい別れる。

 部屋に戻り、明日の準備を始める。天気予報を見ていると明日は大津地方は朝は雨だが午後からは晴れそうな天候である。でも風は強そうである。最高気温9℃ということなので長袖Tシャツで走ることにする。ナンバーカードはいつもと同じく旧バージョンの白い「ハートブレイク」ランシャツに付ける。シューズは東京国際でいまひとつフィットしなかったベイパーはやめ、昔、購入して使っていなかったナイキの「速」(シューズ名は忘れた)で走ることにする。

 いつものごとくなんだかんだとしているうちに時計は24時をまわり、床につく。

 朝は6時半に目覚ましが鳴る。とりあえずテレビをつけて天気予報を探しながら7時頃までボーっとする。外は予想通り雨が降っている。

 シャワーを浴びた後、左膝のテーピングとかかとのテーピングをする。左膝のテーピングは腿から膝にかけて1本と脛から膝にかけての1本のみとする。スペシャルドリンクは預けないことにしたために時間的にはかなり余裕がある。荷物のまとめとチェックをする。

 9時過ぎにホテルの朝食に向かう。バイキング形式であったのでトマトジュース、オレンジジュースにご飯とみそ汁と適当におかずをつまむ。最後にコーヒーを飲んで朝食を終える。

 部屋に戻り、準備を済ませ、10時過ぎにホテルのチェックアウトをする。外を見ると雨はほとんどあがっている。徒歩で大津駅の反対側に向かい、タクシーで皇子山競技場へと向かう。控え室に荷物を 置き、いつものようにスタンドにあがる。トラックでは全日本競歩に出場の女子選手がアップをしている。

 しばらくするとネット仲間のみぃさんから電話が入り、よったんさんと今、競技場に着いたと連絡がある。スタンドで無事、合流する。しばらくすると大石さんもスタンドに現れ、しばし皆で雑談をする。たかはしさんは少し遅れるとのことである。みぃさんからバナナをもらい、背中のマッサージまでしていただく。途中、本日、解説の旭化成の谷口コーチが現れるとみぃさんが一人でそわそわしていた。

 11時に女子5000m競歩がスタート。しばらくして、大石さんが「そろそろアップに行きます」と言うので皆と別れて控え室に戻る。

 スタンド下で競歩を見ながら準備体操をする。競歩のトップがゴールした直後あたりから、第一コールが始まる。例年通り、ランシャツにナンバーが付いているかだけのシンプルなチェックで簡単に終了する。

 11時35分頃からアップを開始する。左膝の調子を見ながらゆっくりとトラック外周をジョグするが、東京国際のときのこともあり、今回は途中で流しを4本入れ、20分ぐらいアップする。途中スタンドにたかはしさんと息子さんがいるのを発見する。第4コーナー付近で再度、体操と軽いストレッチをして、控え室に戻る。

 雨はすっかりあがり、日差しもさしてきて気温があがってきた感じがする。風はややある感じで、前半は追い風のようだ。ただ、曇ると肌寒く感じるため、予定通り長袖Tシャツにランシャツの重ね着で走りることにする。

 控え室に戻り、長袖Tシャツ・ランシャツ・ランパンに着替え、12時15分過ぎに最終コールをスタート地点で受ける。12時25分に整列する。整列して内側に目をやると同じ会社の大中君を発見する。やはり出場するようだ。

 12時30分、号砲一発でスタート。前にANAの近藤君がいるのでついていくことにする。400m通過。80秒ぐらい。関門にひっかからないためには早めから貯金をつくっておきたいところなので、いいペースである。800m通過。2分40秒ぐらい。ほぼイーブンペースで回っている。競技場を出たところで1km地点通 過。3分20秒。まあまあの感じだ。道路に出てきて、近藤君達の集団のペースが速く感じられたので付くのはやめて周りの集団にあわせる。広い道路に出てきて2km地点は6分40秒で通過。このあたりからあきらかに失速しはじめ、またまた東京国際のときのように身体が重いのがはっきりとわかる。周りの集団からはじわじわ離されていく。3km地点は10分10秒ぐらいで通過。既に3分半ペースである。

 4km地点は見落としてしまい、ペースがわからない。5km地点がやってくる。17分10秒(手元の時計)。やはり2km以降はキロ3分半ペースである。20秒は貯金できたもののペースを上げられない。6kmの給水地点あたりで後方から2人に抜かれたので必死に付いていく。このあたりでよったんさんが声援してくれるものの顔を向けるだけで反応できない。ペースもキロ3分半を少しオーバーしている。このままのペースで行くと15km関門も危ないかもしれない。100mぐらい前に大集団がいるのでそこには追い付きたいと考えながら引っ張ってくれる2人に必死になって付いていく。

 唐橋前が近づいてきて、沿道の人がかなり増えてくる。唐橋手前でみぃさんが大きな声で応援してくれる。唐橋を超えたあたりで日本海の疾風さんが応援してくれる。

 10km地点がやってくる。3人で通過する。34分41秒。この5km17分31秒。15km関門は通過できるだろうが、20km関門はどうなるか何とも言えない感じである。帰りの30km地点にあたる緩やかなアップダウンの手前で前から、関西電力大阪の筒井選手が落ちてきて我々3人の集団に吸収される。筒井選手はかなりきつい感じで苦しそうで下りで離れていった。前の2人がいいペースで引っ張ってくれてじわじわ前の大集団に迫りはじめてきた。風が舞っているのかこのあたりは向かい風である。

 橋を渡り対岸に行くとやや追い風である。前の大集団にはほとんど追い付いた感じである。引っ張ってくれていた2人も集団に溶け込む。集団の前方に大石さんを発見する。しばらくして同じ集団に吸収される。集団の最後尾に頑張って付いていく。道路が広くなったあたりからやはり向かい風となる。

 15km地点がやってくる。52分06秒。この5km17分25秒。20km関門はなんとか通過できそうな気配になってきた。向かい風で集団のペースは上がらない感じだ。再び唐橋を過ぎるあたりで、沿道の右側にみぃさんを発見する。またまた大きな声で応援してくれる。唐橋を過ぎたあたりで左後方から日本海の疾風さんの応援の声が聞こえたので軽く左手をあげてこたえる。まみこさんは来られていないようだ。

 集団のペースがあがらず、なかなか20km関門がきわどいペースになってきた。18kmを過ぎたあたりで52歳の保坂さんが集団の前に出てペースを上げ始める。大石さんはきついのか集団の後方をつかずはなれずの感じである。しばらくすると先頭集団が折り返してきた。外国招待選手を先頭に結構な集団である。S&Bの花田選手は確認できたが、あとはよくわからなかった。少し離れて早田選手がやってくる。ここで離れていたらつらいなあ。右折したところで、20km地点を通過する。1時間09分47秒。この5kmが17分41秒。向かい風でペースが落ちたために、関門閉鎖13秒前と結構ぎりぎりであった。前方からチームメイトの原田選手がジョグで戻ってくる。あれ?、棄権かぁ?。「寺根さん、ファイト!」と声をかけて過ぎていった。前からフィス選手がやってくる。かなり遅れている。こんなに調子の悪いフィス選手をはじめて見た。周回コースにに入るあたりから集団からじわじわ離され始める。やはり関門を通過せきて気分的にほっとしてしまったのだろう。

 給水をとり、一息いれるがもう集団に追い付くほどの力は残っていない。右折してしばらくして中間点を通過する。1時間13分41秒。再び右折して、もう一度右折したあたりで後方から大石さんに抜かれる。「収容車が追っかけてきました。」と言って抜いていった。またもや東京国際の再来か。周回コースを終え、復路にさしかかり、左折する。道路左端でよったんさんが大石さんに写真をとって声援を送るが私には気付いていない様子である。横を抜いて行ったが、やはり気付いていないようだ。こちらから声をかける気力はない。

 23kmあたりで時計を確認すると、25km関門まで残り7分ぐらいしかないことに気付く。これはまずいとペースを上げ始める。再び大石さんを捕らえて前へ出る。前の大集団もそんなに速いペースでもない感じで100mぐらいの差である。時計とにらめっこしながら、なんとか関門は通過できそうな感じになってきた。唐橋のところで25km地点を通過する。1時間27分52秒。この5kmが18分05秒。関門閉鎖の8秒前に無事通過できた。またまたみぃさんの声援を受ける。25km関門を通過できたところで、残りは21分のラップをきざめば完走できると思い、ペースを落とす。26km地点の給水までキロ4分少しで走っていたが、頭の中でどう計算しても21分のラップを刻むと40km地点が2時間31分になり、計算があわない。おかしいと思いよく考えると30km関門は1時間48分でラップ20分で行かないとダメなことに漸く気付く。あわててペースを上げ始める。何とかキロ3分45秒〜50秒ぐらいのペースでは無理なく走れる感じだ。

 橋の近くではやはり向かい風になる。右折して橋を渡り対岸に行く。橋を渡りきり再度右折するとやはり少し追い風となる。淡々とキロ3分45秒〜50秒ぐらいでペースを刻む。左膝の調子も今のところ大丈夫な感じである。前方に牟田口さんを発見する。かなりペースが落ちている感じだ。ちょうど30kmあたりで一声かけて追い抜く。このあたりはやや向かい風である。30km地点をは1時間47分06秒で通過する。この5kmが19分14秒。無事30km関門は通過する。これで左膝さえ持ってくれれば完走できるだろうと思う。

 またまた唐橋の近くでみぃさんの大きな声援を受ける。思わず笑ってしまう。よったんさんも同じ場所で応援してくれる。あとはゴールを目指すだけである。後方から収容バスが抜いてきたので、見上げると大石さんと目があったので、軽く手を上げる。25km関門にひっかかったのだろうか?。しばらくしてTPACの人に一声かけて追い抜く。2年前の雨のなかでのりかねんさんとのデッドヒート途中に立ち寄ったトイレも今年は利用することもなく通過する。またびわ湖が見えてきたあたりから向かい風が強くなってきた。35km地点を2時間06分20秒で通過する。この5kmが19分14秒。ほぼイーブンペースである。向かい風に身体が進まない感じだ。前の方にわやわやと人が見えているのだが、ここにきて差が詰まらなくなり始めた。

 残り5km地点を2時間15分13秒で通過する。この2.195kmが8分53秒。すでにキロ4分をキープできていない。残りキロ4分として2時間35分台かと頭の中では計算する。残り4km地点を2時間19分19秒で通過する。この1kmが4分06秒。やはりゴールは2時間35分台だなあと考える。残り3km地点を2時間23分24秒で通過する。この1kmが4分05秒。2時間35分台後半になりそうだ。相変わらず向かい風が強い。沿道の応援もまた増えてきた。びわ湖ホテルの前も通過する。

 40km地点がやってくる。2時間26分46秒。この5kmは20分26秒。いつもの調子なら残り8分はかからないが、今日の感じではかなり厳しい感じで9分ぐらいかかるだろうからゴールは2時間35分50秒前後だろうと思う。前方に法政大学の箱根の山登りの大村選手を発見する。折り返しではフィス選手の前を走っていたと思うので完全につぶれた感じである。

 残り2km地点を2時間27分35秒で通過する。この1kmが4分11秒。最後の給水地点でエネルゲンを口に含み、大村選手を追い抜く。しばらくして左折して、再度左折して残り1km地点を通過する。2時間31分40秒。この1kmが4分05秒。競技場へ入る手前でよったんさんの声援を受け、競技場に入るとみぃさんの声援を受ける。ホームストレートで前方に外国人選手を発見。日立電線のマヤカ選手である。ホームストレートの中間あたりでマヤカ選手を追いぬき、残り400m。第2コーナーあたりで後方から1人に抜かれるが気にせずマイペースで走る。第3コーナーあたりで最後のみぃさんとよったんさんの声援を受け、最後の直線も無理せず、電光掲示板を見ながらゴール。2時間35分49秒と何とか35分台でゴールできた。残り1kmが4分09秒、残り2.195kmが9分03秒、残り5kmが20分36秒で順位は102位であった。

 完走タオルをかけてもらい、ドリンクをもらい、控え室に戻る。着替えを済ませ、荷物をまとめて大石さんと競技場の外に出ると、みぃさん、よったんさん、たかはしさんと息子さん、もう一人の方(お名前を伺うのを忘れました。ごめんなさい。)が待っていてくれたので、皆で記念撮影をした。記録が配張り出されていたので、上位の結果を確認すると日本人トップは中国電力の油谷選手で2時間07分52秒で3位、旭化成の森下選手も2時間07分59秒で4位とこの2人は世界選手権代表は間違いないと思った。その後、皆で西大津駅へと徒歩で向かった。途中、大石さんが傘を忘れたと荷物をみぃさんの預け、猛ダッシュで競技場へと傘をとりに戻った。

 京都駅で、たかはしさんと息子さん、もう一人の方と別れ、みぃさん、よったんさん、大石さんと私で大阪駅へと向かう。18時からのML関西オフ会に出席するためである。大阪駅について少し時間があったので、皆はお茶をし、私はホテルにチェックインしてシャワーを浴びる。あせって着替えているところにチームメイトの青木君から完走おめでとうメール、みぃさんからお茶を終えて下で待っているからという電話、さちこさんから結果の確認電話と大忙しで対応してホテルからダッシュで皆の待ち合わせ場所に移動。そんなに元気が残っているならレースでもっと頑張れって!。

 オフ会会場には少し遅れて到着する。すでにブッちゃんさんと横山君が到着していた。しばらくして、ななちゃんとNINOさんも到着し、無事、全員集合した。とりあえず自己紹介や近況報告などをし、20時過ぎに一次会はお開き。よったんさんが静岡まで帰らないといけないので皆で大阪駅までお見送り。その後、皆で噂の蟻ぎりすで二次会。行くまでの道のりが大変怪しかった。一人では絶対に行けないなあ。蟻ぎりすではNINOさんがペンギン姿に変身。しばらくして旭化成の打ち上げを終えて日本海の疾風さんも合流。いろいろな話題で盛り上がり大変楽しかった。終電がなくなるといけないので、23時半ごろにお開きとし、大阪駅で皆と別れる。本日の宿泊先の新阪急ホテルアネックスへと戻り、大変充実した一日を終える。

 月曜は普段通り関西出張だったため、10時前にホテルをチェックアウトし、新大阪駅のコインロッカーに走る荷物を預けて伊丹へと向かった。