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21世紀、草創期のWebマーケティング事例集

case019 スターバックスコーヒー
2001.09.19東京第10回 事例報告−1

スターバックスコーヒーのコーポレートブランド戦略

スターバックスコーヒー ジャパン株式会社
経営企画部門長 オフィサー 平井孝志氏
http://www.starbucks.co.jp/

はじめに

 お話の機会を戴き感謝いたします。今日の冠テーマが「セグメンテーションからコミュニティへ」と伺っております。例えばご存知のデル・コンピュータはまさしくセグメンテーションを明確にした戦略での成功例です。それに対して私どもスターバックスコーヒーはある価値観を同じくする人々、あるいは我々がご提案する価値に共鳴してくださる方々、つまり「コミュニティ」をベースにした事業ということができると思われます。考えの一端をお話させていただき、ご参考に供したいと存じます。また、アドバイス等いただければ幸です。

“スターバックス・エクスペリエンス”

 ブランドについてアメリカ・マーケティング協会のケラー氏は「売り手の製品・サービスを競合の製品・サービスと差別化する名称、言語、サイン、デザイン、あるいはそれらの組み合わせ」であると定義しています。またコーポレート・ブランドに関しては「顧客に対する付加価値の約束を通して顧客のリテンション(継続利用)を獲得する」ためには、ブランドがもたらすプレミアム(エコノミック・ヴァリュー)が極めて重要であると言っています。
 私どももブランドということには強い思い入れをもっている企業です。付加価値を約束し、事業ドメインを明確化し、新しいビジネスへの発展をも視野にいれていこうとするとき、意図的なブランド戦略なしには事業は成り立たないと考えております。
 そうした思いを私どもスターバックスコーヒーでは「顧客との約束を果たすエクスペリエンス」という表現で共有しています。店舗における体験、経験こそが顧客が価値を決める原点であり、ブランドの価値もその積み重ねの上にしかあり得ないと認識しております。

スターバックスコーヒーと市場環境

 当社はアメリカのスターバックスコーヒー本社と日本のサザビー社の50:50出資の設立という珍しいケースです。サザビー社の「半歩先行く暮らしを!」という考えと、「手の届く贅沢」というスターバックスコーヒーの考えとが一致したことが大きいと思われます。そのシナジーがあってこそ顧客の評価を得てきているのではないでしょうか。おかげさまで96年に1号店をスタートしてこの10月には300号店を大阪に開店するまでになりました。
 ところで日本は緑茶の国ではありますが、コーヒーでも世界第3位の消費国になっています。1人1週間の消費が83年8.6杯から00年11.0杯となり、需要量も大きくかつ成長してもいる、極めて魅力的な市場といえます。ただしその中でも喫茶店市場は94年の約13,000億円から04年には約11,000億円へと縮小傾向が予測されており構造的な変化の時にあります。またドドールコーヒーに代表されるカジュアルコーヒー分野は順調に推移しており、かつ未だ市場は小さいながら私どものジャンルであるスペシャルティコーヒー市場も急成長しているというのが概況です。
 しかし私どもは単に既存市場のシェアをどうやって獲得していくかが重要であるとは考えておりません。コーヒー飲料における新しいスタイルを創っていこうとしているのであり、それが顧客に受け入れられるよう日夜腐心しているのです。ジャーナルではスペシャルティ市場の7割をとっているなどと言われますが、それは私どもが日本の市場に受け入れられたということのひとつの側面でしかないと考えています。しかも当面の状況の断片を指しているに過ぎません。

スターバックスコーヒーという“ブランド”

 メルヴィルの小説「白鯨」中の人物でコーヒー貿易船の1等航海士スターバック、また北欧神話の中で船乗りたちを惑わす海の女神セイレン、この2つから私どものシンボルであるロゴの発想が誕生したと伝えられています。男のロマンとコーヒーの魅力!というわけです。
 さてスターバックスコーヒーのミッションステートメントは世界共通です。私どもスターバックス コーヒー ジャパンも例外ではありません。

  ●ミッションステートメント
   スターバックスの使命は、会社として成長しながらも主義・信条において妥協せず、
   世界最高級のコーヒーを供給することである。

  ●行動指針
  *お互いに尊敬と威厳をもって接し、働きやすい環境をつくる。 
  *事業運営上での不可欠な要素として多様性を受け入れる。 
  *コーヒーの調達や焙煎、新鮮なコーヒーの販売において常に最高級のレベルを目指す
  *顧客が心から満足するサービスを常に提供する。 
  *地域社会や環境保護に積極的に貢献する。
    *将来の繁栄には利益性が不可欠であることを認識する。

 これらを戦略に落とし込むとすると、スターバックスコーヒーの戦略は下図のような3つの項目に整理されると思います。

 ここで ‘Third Place’とは、家庭でもなく職場でもない第3の空間を意味しています。本当の自分を取り戻す場所、いわばスターバックス・エクスペリエンスを楽しんでいただく空間ということになります。
 以下、若干のご説明をさせていただきます。

「最高級のコーヒー」ということ

 この写真の人は私どもの社員であるコーヒーのバイヤーがカップリングをしている光景です。年中、世界のコーヒー原産国を旅していて、最高級の豆を探し買い付けています。高くて普通の何倍もするものでもいいものを買い付けます。それは生産者にも利益をもたらし歓迎されています。商社に任せるやり方ではありません。彼は30年来それを続けておりカップリングは1年に50,000カップに及ぶそうです。
 またたいていのお店では豆の焙煎は1回(1回ポップ)です。私どもは2回ポップさせています。良い豆と技術によほどの自信がなければ、しかも生焼けや炒り過ぎというリスクも高いので2回ポップはやれません。スターバックスコーヒーのこだわりは徹底しています。
 またスターバックスはアメリカだけで3,500店以上の展開となっていますが、このスケールメリットがなければなかなか出来ないこととも言えるでしょう。
 またエスプレッソドリンクを日本へ本格的に導入したのはスターバックスコーヒーです。蒸気を使って1ショット17〜23秒で出すのですが、ベスト・ショットが出るまでは妥協はありません。これが私どもの本物に対するこだわりです。
 なおフードですが、第一はコーヒーですので、それに合うと思われるものに限り、朝、昼、夜の時間帯別にいろいろと試みています。店内で焼きたてパンを提供したらなどのご提案も耳にしますが、ポイントがずれるため取り入れていません。またマグカップなどのグッズもコーヒー主体の考え、及びブランドイメージの向上という観点から吟味しています。多様性は採り入れるがあくまで中心はコーヒーという戦略をとっています。

くつろぎの空間“Third Place”

96年8月に銀座に1号店を出してから、当初は東京と大阪に集中出店してきましたが、ここへ来て北海道から九州まで地域展開も増えています。とは言え100万都市で10店以上の出店は東京、横浜、大阪しかありませんから、まだまだこれからというところです。
 いろいろな店舗の写真をご覧下さい。フリースタンディングの店、オフィスビルのロビーの店、ビルインで路面展開の店、SC内の店、百貨店の店、駅ビルの店、空港内の店、などいろいろ展開があります。地方のSC内店舗などになりますと、ビジネスマンや若い人ではなく家族ずれが中心などということにもなってきます。
 これらの店舗のタイプとしては次のようなものがあり、様々なデザインと組み合わせて多様性を演出しています。

  ・Standard(全ての機能装備でコンパクト型)
  ・A-Store(大型でマグや豆もフルで展示)
  ・Doppio(Box型、限られた場所でテイクアウトが多い)
  ・Brevo(大きめのBox型、テイクアウト多い)
  ・Custom(手作り型、TSUTAYA渋谷店など)

 因みにTSUTAYA渋谷店は全世界のスターバックスの中で一番売上げが大きい店です。
 いずれにしてもそれぞれの場所にそれぞれのニーズに合わせて多岐にわたる展開をしていますが、ブランドイメージを統一しつつ多様性を出し、かつコストを抑えることに成功しています。

人=ピープル・ビジネス

 さて、以上のような空間づくりは”Third Place”のための必要条件には違いありません。しかしおいしいコーヒーや快適な店舗だけだったら競合にも真似の出来ないことはないかも知れません。競合にも真似ができなくて、そして私どもが最も大切だと考えていることは、お客様と接するパートナーの存在 . . .“人”の要素です。本物のコーヒーと洗練されたデザインと季節感のあるプロモーション、それらを材料にしてスターバックス・エクスペリエンスを感じていただけるように行動する人がいなければ”Third Place”は成り立ちません。
 私どもは自分たちのビジネスを「ピープル・ビジネス」と呼んでいますが、これこそ”Third Place”のための必要条件であると認識しております。
 下図はその考えを表したものです。

 地域におけるお客様とパートナーとの信頼関係、パートナーとスターバックスとの信頼関係、その構築と維持は規模がいかようになろうとも、スターバックス・ブランドづくりの基礎であります。そのためのマネジメントが極めて重要であることは明白です。
 本部と言うより個々の店舗が主体になって、地域のアーチストを呼んだ催し物や、中学生たちによる体験学習など、コミュニティにおけるコミットづくりは益々重要性をもってくると考えています。

 さてそういう人をどうつくるのか、人材戦略について少し触れてみます。優秀な人材というといかめしくなりますが、まずは「スターバックスが好き!」という人に参加してもらっています。私どものおいしいコーヒーについてのマニュアルは素晴らしいものがありますし、その研修教育は相当徹底して行います。しかし一方で接客等のマニュアルはありません。ただ”Just say yes!”という考え方になっています。その根底には「多様性には多様性をもって応えよ」という哲学ないしはポリシーが貫かれているといってもよいでしょう。勿論、言いなりではなく創意工夫と笑顔での対応を、個々人の判断で誇りと責任をもって果たそう、という考え方です。また、成功を分かち合うというカルチャーも存在します。この3月、社員は勿論、アルバイト社員に対してもストックオプションを導入したのもそうした考え方の結果です。カルチャーをシェアし、成功もシェアしよう、です。人の価値がブランドの価値となり、それが企業の価値に帰結すると考えています。

今後の方向性と課題について

 日経レストランの調査によれば、お客様が評価する店とその項目においてスターバックスコーヒーは56社中第1位をいただきました。特に店員の態度、店舗のデザインなど、まさに私どもの重要視している通りの評価となりました。勿論、混雑など今後の課題も浮き彫りにされました。
 またスペシャルティコーヒーの分野でも数社の追撃が現実化してきており、いろいろな面で総合的な対応を迫られることにもなっています。

 それに関して、お客さまのブランド決定の第一の要因は「過去の経験」となっています。まさしく存在そのものがブランドだという認識に立たねばなりません。そのとき最も重要なことはオペレーショナル・エクセレンス、つまりは“人”の要素がキーであることに間違いありません。私どもこれまでTV、雑誌等のマス広告は一切してきませんでした。これからもその考えはありません。従って一層、エクセレンスのマネジメントに注力する必要があるわけです。
 更にイノベーション、新しい提案の開発にも注力しなければなりません。それがなければブランドは陳腐化します。例えば銀座ですが1号店の後、同じ界隈に次々と出店して5店になっています。コーヒーの商圏は元々小さいこともありますが、むしろ同じお客様でも日によって使い分けていただくことも意図しております。これも一つの提案の形です。そういう可能性は地方でもまだまだ沢山あります。事業計画によるスピードの問題でもありますが、努力しているところです。またアメリカでは導入しているボトル飲料やアイスクリーム等も早晩、検討課題になるでしょう。いずれにしても「本物、快適、親しみ」と「驚き、発見、わくわく」とのバランスによってお客様の生活の一部にしていただき、新たな成長をしたいと考えております。
 ブランドというものは、時代によってタイプは変わっていくが、クォリティ・レベルは変わらないものだと思います。最後に私どものオフィスの玄関に掲げてある言葉を紹介したいと思います。

    “One cup at a time, one customer at a time.”

「コーヒーでの一期一会!」とでもいいましょうか。ご静聴ありがとうございました。(文責:事務局)
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