−3日目−
今回の旅の主目的だった琵琶の滝とかずら橋は、しかしちょっと呆気ない感じで、大歩危周辺もこれで終り、というのもいささか寂しい。それもあって、離脱の前にガイドブックにも載っていた渓流下りのお船に乗ろうじゃないかという事に相成った。切り立った崖の下を流れる川の流れは結構きつくて、スリルと水飛沫でさぞかし涼しげな事だろうと期待も高まる。 荷物をまとめて、またお宿の車で川下りの乗船所まで送って頂く。この乗船所の入り口にも例の“おぼけ処”の看板発見。ホント、どこにでもあるなぁ…。そしてチケットを買うべく売り場で、かかる時間や降りる場所の確認なんかをしてみると、一周30分程になりますという不可解な説明をされるのである。一周って、なに? 川下るんじゃないの? もっともな疑問をぶつけてみると、係の人はにこやかにこう言うのであった。「途中まで下ってここまで戻ってきます」(え゛?)。 渓流下りのお船は、実はエンジン付きの遊覧船だった。コースは水深の深い極めて流れのゆったりとした場所を、流れに任せて15分程で下り、そこから反転、今度はエンジン吹かして戻って行くのだ。川下りと言えば、川底に竿差し急流に翻弄されながら下って行くのしか知らなかった向きとしては、これはかなりな拍子抜けである。空はあくまでも青く、水は澄んで深さ5mとか言うのに水底が見える程、両側は切り立った崖で大きな岩もゴロゴロという絶景なのだが、船はひたすらゆったりゆったり流されて、降り注ぐ夏の日差しはただただ暑い。ぼーっとしていると眠くなって来る。当初の期待が大きかった分、流石にこれにはメゲた。もっとも、雨の少なかった時ですら水深5mでは竿なんか差せる訳も無く、行けども行けども絶壁では船を上の道まで引き上げられる筈も無く、一度下ってしまった船が最初の乗り場に戻るには結局エンジンで戻るしかない訳で、こういうシステムになっているのは致し方ないのかもしれないと、後になって思うのではあるが。 さて、列車の時間まで後少し、大歩危の駅まで向かうことにする。そして駅の時刻表を確認した、それが間違いの元だった。乗ろうと思っていた列車のホンの5分ほど前に、もう一本特急があるではないか。へぇ、案外詰め詰めで走ってるんだぁ…などと妙な感心をして、でも指定券を持っているのだし、その特急が出てから動くべぇ、という話になる。あまり時計も気にせず一本列車を見送るつもりで、それでもホームには出てみる。ホームにある小さなかずら橋もどきを笑いながら待っていると、程なくして列車が到着。列車番号など見てみるが書いていない。そしてふと時計を見て、あれ?と思う。この列車、指定席取ってる列車の時刻に来てるよ? 実はこれには前段があった。行きしのJR土讃線が、いささかの遅れを以って到着していたのだ。それでこの列車も遅れてるんじゃないか、という結論を勝手に出してしまった。そして目の前の列車を見送ったその直後、どうにもそれが不可解だという事に感づくのである。そもそも1時間に一本みたいな本数ゆえ、敢えて指定券を取っておいた様な状況下で、五分の間隔で特急など走っている筈がない。駅の時刻表を再度しっかり確認して唖然。5分前の列車、止まる番線が違う!そして行き先も違う!それはたぶん、たま〜にイリーガルに走る列車なのだ。だから今日は来なかったのだ。パッと見て、一本見送れば良いや…と思い込んでしまった、それが“おぼけ処”ですっかりボケてしまったせいなのかは、今でも判らない。
地場産(じ〜ば〜さんの)の歩危マート は? ぼ・ぼけマートぉ? 爺〜婆〜さんの? 呆けマートっすかぁ? 何を考えているのかわからない、ほとんど自虐的とすら言えるこのネーミングセンスにくらくらしながら、取り敢えずその歩危マートに入ってみる事にする。 歩危マートは普通のマーケットだった。街のコンビニくらいの大きさで、大概のものは揃います…って感じ。ただ、基本的には食料品のみ。ごく普通のこのマーケットに、あまり普通じゃない感じのものがひとつあった。それは豆腐。今日びの豆腐はパックに入っているけれど、豆腐屋で売っている豆腐でも木綿豆腐だって水に放って売っている。その豆腐が、ここ歩危マートではプラトレーにそのままデンと乗っているのだ。大きさは2丁くらいか。ラップもされずちょっと黄色っぽい肌でどっしり座っている。普通ならちょっと置いておくと汁が出るのが、そんな形跡もない。それはいかにも迫力満点な豆腐なのであった。要するにこの祖谷周辺の豆腐には、沖縄の島豆腐のような堅い豆腐があるのだろう。だからそんな風にドテっと売ってるのだろうけれど、やっぱり見た時には呆気に取られるのだった。ちなみにビニールに入って売られているのもあったのでそっと指で押してみたら、思ったとおり堅かった。 その他と言えば取り立てて何の変哲もないマーケットなので、流石に何十分も過ごせるものではない。まだ1時間もある時間をどう潰そうかと、しばし思案。先程の川下りの乗船場の近くにあった石の博物館でも見に行くべ、という事になった。この博物館、大概のガイドブックにも載っている大きな施設らしい。見学所要時間も2時間となっていて時間足りないんじゃない?という感じではある。それでも時間の許す限り…と、そこへ向かってみる事にした。しかし、その博物館でもいささか時間を持て余した。光る石とかは面白いが、それでも30分は保たない。所要2時間というのも工作体験などの時間を組み入れているのだろう、そういうのに興味のない向きにはちょっと退屈だったか。なにせ鉱物は動かないしな。 そんなこんなで何とか時間を潰しつつ、大歩危駅まで戻ってきた一行であった。改めて見回せば、この駅にも“おぼけ処”の看板がある。ちなみにこの看板について帰宅後調べてみると、下記のような資料が見つかった。 http://www.river.or.jp/kawa/mi0403/04-03_045.pdf (PDFファイル) これを読んで、やっと“歩危マート”の看板の意味が判った気がした。文字通りあれはボケをかましていたのだね。知らぬままに大ボケかました我が一行も、やっぱり“おぼけ処”故のことだったのかもしれない。
ここで土讃線はお終いである。そのまま乗って行ったら岡山に戻ってしまう。徳島の方へ行くのは徳島線なのである。阿波池田はその分岐点なのだが、なんとこの駅にもかずら橋もどきがあるではないか。この橋、長さ2mくらいで、見たところかずら橋と同じ植物の蔓で編んで作ってあるらしい。けれど、本物の橋と違って掛け替えたりしてない分、あっちもこっちも汚れてボロボロなのである。実はこれ、同じ物を大歩危のお宿の中でも見た。勿論大歩危駅にもあった。でもここ阿波池田にまであるのはちょっと意外なのであった。もしかして土讃線沿線の駅には実は全部あったんじゃないか…というのが、その時出た憶測だったが、そんな事が有り得たかどうかは今となっては謎である。さて、このかずら橋もどきが徳島線七不思議のひとつであったのだが、乗り換えた特急の窓の向こうで最大の不思議と遭遇することになる。 出発を待つ列車は2つのホームに挟まれた2本の線路の片側に止まっていた。ぼーっと反対側のホームを眺めていたその時だった。窓の外にいきなり駅員さんが現れて隣の線路を越え、すたすたと向こうのホームに上がって行ったのだ。え゛? ちょっと待て! 駅員さん、あなたは今どこから現われました? 座っていた車両は列車の真ん中付近、連結器の近くでも無い。こちらのホームと列車の隙間は僅かで、人が下に降りられるスペースも有りはしない。窓の外を見ていたのだから、列車に沿って歩いて来ていれば気付いている筈。どう考えても列車の下から湧いて出たとしか思えない。起こったこと自体は単純だったけれど、この一件がこの旅最大の謎であったのは事実である。 さて、“怪奇電車の下から湧き出る駅員さん”の正体は判らないまま、列車は阿波池田を出発する。そして3つ目停車駅「貞光<さだみつ>」で、駅名表示板をぼーっと見ていた若干一名が何かを発見した。 「あわぱんだ〜ぁ?!」 前後の駅名が書いてある駅名表示板、当駅は「貞光」、次の駅は「こじま」、そして前の駅は…、確かにそこには“あわぱんだ”と書いてある。“あわぱんだ”って、何? “泡パンダ”ですか? 頭の中には既に全身泡だらけのパンダの像が浮かんで来る。その泡をシャワーで落すと果たしてパンダは白熊になるのか黒熊になるのか…なんぞというギャグまで出かかったその一瞬、当然気付くのである。“泡パンダ”じゃないだろう!? 目を凝らすと“あわぱんだ”の「は」の字に付いている「゜」が微妙に不自然である。それもその筈、それは誰かが白ペンキか油性ペンで書きこんだのか、はたまたパンチで開けた書類の穴を補強するためのドーナツ型のシールを貼ったのか、お茶目な悪戯の結果なのである。前の駅の本当の名前は「あわはんだ」。漢字で書けば「阿波半田」なのであった。そんな下らない一件ではあったが、いささかに退屈な列車の旅の一服の清涼剤にはなった。 阿波池田にもあったかずら橋もどき、怪奇駅員さん、そして泡パンダ、これが徳島線の七不思議の3つなのであった。後の4つがあったかどうかは判らない(無責任)。そして予定より2時間以上の遅れを以って、徳島駅に到着したのである。午後の3時前、徳島駅上空は曇りだった。独特の強い風が吹いている。ここに至って台風が着実に追い付き始めているらしいが、何はともあれ腹ごしらえである。駅の近所の大衆食堂で徳島ラーメンを食べる。これで、讃岐うどん、祖谷そば、徳島ラーメンと、四国の麺類を3つ制覇したことになった。そして時間は4時近く。この後をどうするか、それが大きな問題だった。
渦潮を見る方法は幾つかあるが、ひとつは「渦の道」を渡るというものだ。また、淡路側から渦潮のど真ん中へ突っ込む遊覧船もある。「渦の道」というのは鳴門公園に入り口があり、大鳴門橋の中を徳島側の半分まで歩いて行ける道である。車道の下にあるその道の床には随所にガラスが張ってあって、下の海を直下に眺める事ができるのだ。そこでバスの乗り場で聞いてみると、なんとバスは鳴門公園を通らないと言うではないか。これでは途中下車も意味がない。しかし、今の時間と天気から考えるに、淡路へ渡ってしまうのは余りにリスクが大きい。時間的に鳴門へ戻ってこれるのか? この天候で果たして遊覧船は出ているのか? そもそも極めて三半器官が弱い一行が、この悪天候の中荒波に揺られる船に耐えきれるか、というのもある。 多分、予定通りの列車で昼過ぎに徳島に着いていたなら、天気もここまで悪化はしていなかっただろうしチケットもある事だしで、何の疑いも無くバスで一気に淡路島へ渡っていただろう。しかし、2時間以上到着が遅れたせいで、色々な事が切羽詰まった。逆にそのお影で、バスのチケットを捨ててでもこのまま渦の道へ行ってしまおう、という気になれたとも言える。風はどんどん強くなってくる。橋の構造は知らないが渦の道まで閉鎖になっては元も子も無い。一行はタクシー乗り場の先頭に止まっていたタクシーに乗り込んで、一路鳴門公園を目指すのであった。 さて、車の中で事情を話すと運転手さんが不安な事を言い出す。曰く「渦の道は5時までじゃなかったか?」。がび〜ん! 5時までもう僅かじゃないか! 果たして辿り着けるのか? というか、あーゆー施設って閉館時間の30分前には入場終了してたりしません? 親切な運転手さんは無線で本社に問合わせまでしてくれます。無線の向こうの人も「5時までです」とのお返事。仕方が無い。もしも開いていなかったらその時のこと。暴風で閉鎖の可能性だってあるのだし、あの列車に乗りはぐらず、淡路へ渡って引き返していたとしてもやっぱり間に合いませんよ。と、既に酸っぱいブドウを覚悟しながら、車は公園の入り口に到着する。気さくな運転手さんは、帰りも是非ご利用くださいと、名刺を渡してくれる。そこには「徳島第一タクシー」とあった。 しかし、運転手さんも本社の人も勘違いをしていた。渦の道の閉館時刻は6時。まだまだ時間はあったのだ。渦の道は大鳴門橋の車道の下の構造内にあって、徳島側から450mの所まで歩いていける。これは鳴門海峡の中間点、恐らくは海上にある徳島の県境の位置までなんじゃないかと思ったりしたが、本当のところは未確認。そしてこの道、上が車道なため車が通るたびにガタガタ揺れてなかなかにスリリングである。構造材の隙間から海が見える。途中の休憩所と突き当たりの展望室では、床材の一部がぶち抜いてあってガラスがはめられているので、海を真上から眺める事もできる。 鳴門の海峡は狭い。資料によれば、幅はたった1.3kmしかないそうだ。そこへ持ってきて、徳島側は陸の出っ張りや小さな島が多くて想像以上に浅いのである。かなり行っても眼下には波に洗われる岩が見える。そして異様とすら思えるのが、海である筈のこの海峡が巨大な川に見えることだ。明らかに水が一方向に流れる太い太い帯がある。帯の中側と外側では波立ちも水の色もまるで違う。帯は大きくカーブを描いて海峡に流れ込んでいる。これこそが潮の流れなのだろう。潮というものがはっきりと視認できる不思議さ。話に聞く、写真でも良く見る渦潮よりもはるかに、想像もしていなかったこの風景には脳天をガーンとさせるだけの感動があった。残念ながら巨大な渦は見られなかったが、渦の子供みたいなのは幾つも見る事ができたし、とにかくあの川のような流れを見ただけでも来た甲斐は十二分にあったというものだ。 満潮の時間も過ぎ、入場終了のアナウンスが流れ、ぼちぼち渦の道を後にする。いい加減淡路へ渡らないと疲れはもうピークである。せっかく頂いた名刺なので、取り敢えず配車を一台お願いする。電話をして公園の入り口まで行くと…そこには徳島第一タクシーが2台止まっていた。そのひとつのおっちゃんが話し掛けて来る。「今電話してたのあんた方?」。しかしそのタクシーに乗れる訳ではないらしい。配車された車は山の方からこちらに向かっていると言う。おっちゃんはその車の運転手の確認すると、おもむろに値段の設定を始めた。基本的に徳島からタクシーで淡路に向かうと、行きの高速代の他にその車が向こうから戻って来るための高速代も必要となるのだそうだ。それがぼったくりなのか常識なのかは判らないけれど、今はさっさとお宿に着きたいばかりで、こんな所で値引き合戦をしている気力もない。かくしてやって来た車の運転手ナンペーちゃんに、そのおっちゃんは既に決定済みの値段を告げ、メーターは倒さず、対岸で迷ってもその値段で行くようにと一方的に指示するのであった。 確かにナンペーちゃんは迷った。橋を渡る前からして自分の携帯でさっきのおっちゃんに道の再確認をしていた。対岸でもお宿への道を曲がりそこなったりした。ナンペーちゃんの話では、そのおっちゃんは既に10年選手、元々東京の人なのに徳島は勿論、淡路から大阪、近畿一円まで物凄く詳しいのだと言う。だからいつだって、ナンペーちゃんは道に迷うと先輩のそのおっちゃんに聞くのだそうな。そして、結果的にはおっちゃんの指定した金額はかなりお安かったらしい。兎にも角にも無事お宿に到着。徳島第一タクシーのナンペーちゃんとその先輩、ホントーにお世話になりました! 今度徳島に行くことがあったら、またきっと利用しますよ〜。 風はますます強くなり、雲も異様な色になっている。明日の予定は立てていないけれど、天候次第で決めましょう。チェックインしたそのお宿に、タングラムはありませんでした。気が付けば淡路島は兵庫県。タングラムは四国のお宿だけのサービスなのかもしれません。 |